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017 自分で稼いだお金で食べるものってなんて美味しいんだろう。

 夜の風は夕方よりも涼しくて、あっという間に塔まで戻ってきた。

 

 銀の狼の背中から下りる。

 もふもふから離れると夜の寒さを一気に感じた。


 そして精霊王もまた、人型に変わる。

 夜だからかもしれないけれど、その輪郭がちかちか瞬いているように見えた。


「精霊王、あの」

『なんだ』


 うっ。デセオ並みに表情がないのでテンションが分かりづらい。


「名前を聞いていなかったのですが、教えていただけますか」

『ベルダー』


 ベルダー。精霊王の名前は、ベルダー。

 よし、覚えた。これからはベルダーって呼ぼう。


「ベルダー。今日はありがとうございました」

『また街へ降りたくなったらいつでも呼べ』


 精霊王、完全にタクシーじゃん。

 空飛ぶもふもふタクシー。


「はい。よろしくお願いします」


 するとベルダーは身を翻してあっという間に姿を消した。

 塔の入口へまわると、門番がすぐに声をかけてきた。


「聖女様。遅かったですね、もう少ししたら騎士団長に報告しようと思っていたんですよ」

「ご心配をおかけしました。森の方まで行ったら迷ってしまって。でも、ちゃんと見つかりました!」


 かぎ針を示すと、門番は安堵した様子だった。

 そうだよね。

 聖女が行方不明になったらしゃれにならない。いや、実際は行方不明なんだけど。

 もしも今、聖女がいないとなったらデセオがとんでもなく怒りそうだ……。


 塔に入って、聖女の部屋に戻る。

 灯りをつけて最初にするのは、ポケットから、丁寧に折りたたまれた紙幣を取り出すことだ。

 編んだレースで得た、初めての対価。


 聖女の横顔が描かれている一枚の紙幣。


「……」


 この世界で手に入れた、初めてのお金。

 胸の奥から込み上げてくるのは喜びしかない訳で。


「わーい! やったー!」


 ヴェールを外し、そのままベッドに大の字で飛び込む。

 ごろごろごろ。

 ベッドが広いので寝返りを打っても落ちない。


 日本でOLとして働いているときはあんなに毎日八時間・週五日労働がいやでいやでたまらなかったというのに。

 社畜なんか辞めたいと思っていたというのに。

 こうして自分の何かと引き換えにお金を貰えるのは、こんなにもありがたいことだったのだ。


 まぁ、だからといって元の世界に戻ってがんばって働くかは別の話だけど。


 でも、お金! うれしいなー! お金!



★ ★ ★




 この街は、やっぱり卒業旅行で訪れたヨーロッパの風景にどことなく似ている。

 寧ろ、子どもの頃に観た何かの映画かもしれない。


 ということで早速、日を改めてわたしは昼下がりの街を訪れていた。

 ぽかぽか陽気が心地いい。新緑が目に眩しい。

 塔から見るのとは、全く違う景色だ。

 海外旅行している感がすごくある。

 なにせこの世界に来てから、ほぼほぼ幽閉というか軟禁生活だったから。 


 前回の反省を踏まえて、髪の毛は結んでつばのひろい帽子に隠した。

 変装セットはギルド長が貸してくれた白い襟に青いブラウスと、綿麻っぽい白いパンツ。ライトベージュのパンプスはヒールが低めのものにしてもらった。

 石畳の道を歩くのにピンヒールはきっとしんどい。確実に転ぶか、ピンヒールを折ってしまう。


 日本ではこんな格好をしたことがないから、それもちょっと新鮮で楽しかったりする。


 さて、前回と最も違う点は、お金を持っていることだ。


「ふっふっふ……」


 お金があるということは、お店に入れるということで。

 テラス席のあるカフェに入ってみたわたしは、緊張しながらケーキセットを注文した。


「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」


 ブルーグレーの皿の真ん中には、大きなカットケーキ。

 頼んだのは表面が真っ黒焦げのチーズケーキだ。

 日本で流行っていたバスクチーズケーキに近そうだ。


 赤ワインを勧められたけれど、飲み物はアイスカフェオレにした。

 Lサイズかってくらい大きなグラスになみなみと注がれている。

 周りを見渡せば、ケーキと一緒にワインを飲んでいるひとが多い。

 どうやらそれが普通らしくって、やっぱり海外旅行に来たみたいだ。


「いただきますっ」


 チーズケーキ。

 表面は真っ黒なのに、中はずっしりどっしりとしていて、程よい酸味とほのかな甘みがあって、食べ応えがある。

 確かにこれはワインでもいいかもしれない。


 アイスカフェオレはストロングコーヒーのようで、ふんわりとした苦みがありつつも、濃厚な牛乳がマイルドな味に仕上げているみたいだ。


「はぁ、美味しい……」


 自分で稼いだお金で食べるものってなんて美味しいんだろう。

 いや、他人のお金で食べる焼き肉やお寿司も美味しいけれど。それはまた別の話。


 本来の目的前に黙々と堪能していたら、不意に、聞き慣れた言葉が飛び込んできた。


「……聖女様が」


 !?


 何よりも先に、肩がぴくりと反応してしまった。

 どうやら後ろの席で、中年男性二人がお酒を飲みながら聖女の話をしているようだった。

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