016 だけどこれで事態が好転するきっかけをつくれるなら占めたものだ。
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パンツスーツの女性の目的地は、道の突き当りにある堅牢な石造りの建物だった。
他の店のような絵入りの看板はない。
騎士団の扉みたいに、紋章みたいな飾りが扉の上についている。
女性はかっちりとした雰囲気だし、ここは役所なんだろうか。
「おや、お疲れ様でス。そちらの方ハ?」
女性に向かってへつらうように声をかけてきたのは、へらへらとした笑みを浮かべた中肉中背の男だった。
赤みがかかった茶髪はなんとかオールバックに整えられている。
灰色の瞳は垂れ目。
少しふくよかな体型で、スーツがちょっとぱんぱんに感じる。
年齢は……わたしに近いような気もするし、歳上のようにも見えた。
「客人だ。余計な詮索はするな」
「へっへっへ。訳アリですカ」
男性がヴェールを被り直したわたしを舐めるように見つめて、もみ手をしてきた。
「ワタシはアービルと申しまス。もしもお困りの際は、金さえあれば何でも承りますので、是非是非」
「さっさと行け。これ以上かかわるな」
「はいはい。ギルド長はお厳しイ」
アービルと名乗った男は、へらへらしながら去って行った。
ギルド長! この女性は、建物の主なんだろうか。
そしてつまり、ここはファンタジーによく出てくる、ギルドという場所?
で、ギルドってなんだっけ。
ギルド長と呼ばれた女性はすたすたと歩いて中に入っていくと、職員らしき人々はたしかにお帰りなさいと口々に声をかけてきた。
わたしはとりあえず黙ってついていく。
おしゃれな階段を昇った廊下の一番奥、扉を開けると、奥のデスクにギルド長は着席する。
所在ないわたしは扉の前に立った。
「自己紹介がまだだったな。私の名はフエルテ。見ての通り、ギルド長をしている」
「あ、あの。イロハといいます。助けてくださってありがとうございました……」
「イロハ。あんなところで何をしていた? 王子に幽閉されているのだろう?」
言葉に詰まる。
この人は事情通のようだけど、どこまで肯定すればいいのか判断に困る。
くすくす、とフエルテさんは笑った。
「ギルド長たるもの、それくらいの情報は把握済みだ。もっとも、この館のなかでは私しか知らぬだろうから用心は続けることだ」
「そ、そうでしたか」
「さて、質問に答えてもらおうか」
路地裏で何をしていたか?
隠すこともないだろうし、正直に答えることにする。
「本物の聖女を、探そうと思いまして」
「ははっ!」
フエルテさんが手を叩いた。
「面白いことを言う。興味が湧いたよ。条件によっては手伝ってやらなくもない」
「え……!」
なんと、ここにきて強力な仲間ができるとはっ。
食い気味になったわたしを制するように、フエルテさんは椅子の背もたれに体を預けて息を吐き出した。
「私は利益の出ないことでは動かぬ。偽りの聖女は、どんな恵みをもたらしてくれる?」
利益……。
思い当たるのはひとつしかない。
「レ、レース編み、なら……」
ポケットからレースモチーフを取り出して、恐る恐るデスクの上に置いた。
フエルテさんは細長くきれいな指で持ち上げると目を見開く。
「これは……!」
大きく頷いてみせる。
グラシア王子が上流階級へ密かに流しているというなら、フエルテさんだって知っているかもしれない。
特別な力を持っている、このレースモチーフのことを。
当たりだったようで、フエルテさんは唇の右端を優雅につりあげた。
そして引き出しを開けて、デスクの上に紙幣らしきものを置く。
「ふむ。いいだろう。取引成立だ」
「あ、ありがとうございます!」
やった!
レフィナド王女への分と合わせて、たくさん編まねばなるまい。
だけどこれで事態が好転するきっかけをつくれるなら占めたものだ。
フエルテさんがわたしの頭のてっぺんからつま先までを舐めるように見て、さっきとは違う笑みを浮かべた。
「しかしその恰好じゃ目立つだろう。次は服を用意しておくから、まずはギルドに立ち寄るといい」
服。
フエルテさんの言うとおりだ。
すべてが真っ黒だとかえって目立つと、否応なく思い知らされた。
至れり尽くせりでありがたい話である。
深く深くお辞儀をする。
「何から何まで、感謝します」
フエルテさんは、大したことじゃない、とばかりに答えた。
「その分、レースモチーフを要求するだけのこと。今回は契約料として、この紙幣を持っていくといい」
やっぱりデスクの上に置かれたのはこの国のお金だった。
ありがたく頂戴する。
「ありがとうございます。次に来るまでに、たくさん編んでおきます」
「期待しているよ。さぁ、お嬢さん。今日はもう帰るといい。手段はあるかな?」
「は、はい」
精霊王が迎えに来てくれます、とは口が裂けても言えなかった。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
さすがに街灯もついている。ほのかな明かりが照らす街並みは幻想的でちょっとときめく。
建物の裏に回り込んで、辺りに誰もいないことを確認。
さて、呼んだらほんとうに来てくれるんだろうか?
「精霊王ー。塔に戻りたいんですがー」
『承知』
「うわっ!」
秒で現れないでほしい。びっくりして心臓が口から出るかと思った。
送ってきてくれたときと同じサイズの銀の狼は、無言で乗れと促してくる。
「ありがとうございました。おかげで、ギルド長と取引できることになりました。あと……」
〈この国では誰も信用してはいけません〉
キエトのことを言いかけて、やめる。
あれはどういう意味だったんだろう。
せっかくの転移仲間だったのに……。
「旅行みたいで楽しかったです」
『そうか』
心底精霊王は興味なさそうだ。
まぁ、興味ないって言ってたもんね。それでもこうやって協力してくれて助かる。




