015 しまった。黒髪は、それはそれで目立つのだ。
おかっぱの銀髪。尖った耳の先。
奥二重の、瑠璃色の瞳。
白いローブ? は月光を浴びて静かに瞬いている。足元は裸足だった。
自分で叫んで自分の両手で口を覆ったわたし。
心臓に悪い。悪すぎる。
「あの、城の外に出たいんですが」
『承知』
え、快諾?
あっという間に精霊王は人型から狼になる。
一瞬、初日の夜を思い出してどきっとした。
だけどあのときよりサイズはひと回り小さい。
ほんとうにその節はすみませんでした。
「訊かないんですか、理由」
『興味はない』
「はぁ」
『我が興味を抱いているのは、主の行動そのものだ』
恐る恐る背中に乗らせてもらう。
馬のような獣くささは全くなかった。
『適当に毛を掴んでおけ』
「い、痛くありませんか?」
『我に痛覚はない。飛ぶぞ』
「はい、って、きゃあっ!!」
ふわっ。
翼もなければ、助走もない。
だけど浮いて、一気に上昇する。そのまま夜空を駆けて行く。まるで、精霊王の足元には道があるみたいだ。
もふもふ、あったかーい。
夜風、心地いーい。
まさか異世界で銀の狼に乗って空を飛べるとは思っていなかった。
今、あらためて感じる。
ここはファンタジーの世界なんだ……!
そして、あっという間に街中らしき場所のどこかに到着した。
衝撃もなくふわっとした着地。
わたしは精霊王の背中から降りる。
「ありがとうございます、その」
『戻るときは呼べ』
「あ、ありがとうございます」
うーん……?
精霊王を空飛ぶタクシーみたいに使ってしまっていいんだろうか?
それでも、初めての街だ!
ヴェールを外す。
その方がわたしの正体は隠されるに違いない。
道は整備された石畳。歩く度にアスファルトとも地面とも違う感触が伝わってくる。
建物も煉瓦? 石? がっしりとした造りで、道の両幅に連なっている。
商店街のようで建物の上部には灯りが点っていて、明るい。
灯りの下に小さな看板。
イラストで、何の店か表しているようだ。
海外旅行に来たみたいでわくわくする。
……いやいや違う違う。本来の目的は聖女に関する手がかりを探すことだ。
「あ、でも、お金が無い」
お金がなければ何もできない。
すっかり忘れていた。
この世界に来てからいい意味でも悪い意味でも大胆になっているというか、無鉄砲になっているというか。
「まぁいっか。とりあえず、歩いてみようっと」
「黒髪……!?」
後方から聞こえてきた低い声が驚きに満ちていた。
その主へ向けて思い切り振り返る。
石畳に絵を並べて売っている絵描きのようだ。
絵具で汚れた白かっただろうシャツと、ゆったりとしたベージュのパンツを履いている。銀縁のスクエア眼鏡をかけている。その眼鏡の、奥。
明らかに長い髪の毛も瞳も黒かった。
勢いよく座り込んで、猫背の男性をまじまじと見つめる。
顔のつくりもこの国の人たちと明らかに違う。
「もしかして」
「「日本」」
声が、ハモった。
えぇー!?
ここにきてわたしと同じ異世界転移者ー!?
「あ、あああの」
「おれの名はキエトといいます。おそらく君の質問に対する答えはイエスでしょう」
眼鏡の奥の瞳は明らかに戸惑っている。
困ったように、だけどどこか嬉しさをにじませたように、キエトさんは言った。
ようやく聞き取れるくらいのボリュームだった。
「わたしはイロハといいます。こんなところで同じ境遇の方に出会えるなんて思ってませんでした」
すると言葉を遮るように、キエトさんはわたしの唇に己の右人差し指を近づけた。
「この国では誰も信用してはいけません」
「え?」
どういう、こと?
「勿論、おれのことも」
彼は広げていた絵をまとめると足元のリュックに入れて、わたしを待たずに立ち上がって去って行く。
「まっ、待って……!」
すたすたと歩いて行ってしまう。歩いているのに、速すぎでは?
……しかたない。またどこかで会えると信じよう。
街歩きを再開する。
店の外にテーブルを出している居酒屋もあって、お酒を飲んでいるひとたちもいる。
城に関係していないひとたちを見るのも初めて。濃淡はあれど金髪のひとが多い。瞳の色ははっきりとはわからないけれどバリエーションが豊富のようだ。
生ハムとワインに視線がつられて、お腹が鳴った。
不意に、見られているのはわたしだと気づく。
ひそひそと話しているのは一組だけじゃないようだった。
しまった。
黒髪は、それはそれで目立つのだ。
だって皆、金髪なんだから。
一旦態勢を整えようと、慌てて物陰に隠れたときだった。
「きゃあっ!?」
強い力でそのまま路地裏に引っ張られる。
尻もちをついて目を瞑ると、頭上から嫌な笑い声が降ってきた。
「珍しい色だな」
さーっと血の気が引いていくのが分かった。
海外旅行の基本中の基本。路地裏に連れ込まれてはならぬ。
うわっ。つまりめちゃくちゃピンチということだ。振り返って見上げるのすら、恐ろしい。
急に心臓が早鐘を打ち出す。
そして、わたしの鼓動よりもゆっくりなリズムで、何かが石畳を打ち付けて近づいてきた。
仲間が増えた!?
冷や汗が伝うのと同時に、張りのある声が響いた。
「私の目が届く場所で人攫いとは」
闖入者はわたしの後ろに立ったようだった。
恐る恐る振り返ると、視界にはピンヒール。
今の音は、ピンヒールで歩いてきた音だったのだ。
舌打ちと共に誰かたちは走り去っていく。
ゆっくり見上げると、ピンヒールの人物もまた身を屈めてわたしを見下ろしてきていた。
女性だ。
ベリーショートの金髪。
白い、パンツスーツ。すらりとしている。
「……おや」
翡翠色の瞳と視線が合うと、女性は妖艶な微笑みを浮かべた。
恋愛対象は男性のわたしでも、どきっとするくらいに、美人だ。
「子猫ちゃん。噂には聞いていたが、聖女にしてはオーラが足りないな」
「!」
今、このひと。
聖女、って言った……?
さっきとは別の意味で冷や汗が流れる。
「こんなところじゃ話もできないから、ついてきなさい」
「……は、はい」
ただ、それこそ敵か味方かわからなかったけれど、拒否することはできなかった。




