50話 帰宅
評価、ブックマーク、本当に嬉しく思います。
やる気が上昇中です。
家に着き、一息つこうと思ったのだが、まだやることは残っている。
兄さん、ティア。そしてアイリスの容態が芳しくない。
焦燥しきっている二人。
未だに起きる気配のないアイリス。
「セリニスは大丈夫なのかい?」
「え、あ、うん。大丈夫かな」
「相変わらず、セリニスは強いのさ!」
精神年齢は身体に見合っていないから。
俺は、生前の記憶、経験がある。
だから、精神面的にはそれなりに強い。
「二人をリビングに、アイリスは部屋があるからそこに寝かせよう」
「わかったさ」
「あ、部屋はこっちです」
アイリスは男が背負っているから、部屋に案内しなくてはいけない。
ちらっと男の顔を見て、部屋の方へ向かった。
どうしても圧迫感を感じる。やり辛い。
部屋に入り、アイリスをベットに寝かせた。
アイリスの呼吸は弱く、目を覚ます気配が無い。
さきほど、瀕死の状態になっていたアイリスを思い返すと、心配で心配で仕方がない。
「ありがとうな」
「え、あ、いえ。アイリスが無事で良かったです」
俺は男の顔をまともに見ることが出来ない。
この男には、早くも苦手意識が定着してしまった。
「なあ、さっきやってた蘇生魔術なんだけどな」
はあ。
やはり、忘れていてはくれなかったんだ。
これからの話の展開が見えてくるようだ。
詰問する男。
まともな回答が出来ない俺。
そうすれば良いんだって言うんだよ。
「どこで覚えたんだ?」
やっぱりだ。
どうやって説明しようか。
表に出さないようにしているけど、俺の疲労はピークに達しているんだ。
「えぇっと。なんだかそうすると良いような気がして。無我夢中で」
「はあ、良いような気がしてってなあ。あの行動には、確固たる意志を感じたんだがな」
と言われても。
無我夢中だったんだから、なりふり構っていられなかったんだ。
一縷の望みにかけて、一か八かの行為だったんだ。
もう、放って置いてくれないだろうか。
「……」
もう、話す気になれない。
疲れた。
「助けられたのは確かだ。坊主、有難うな」
髪の毛を掻き分けられる感覚がした。
悪い人では無いと思うんだけれど。
どうしても苦手意識が離れない。
「姫さんは、しばらくここで寝かせてやってくれ」
そう言って、男は立ち上がった。
俺の後方で足音が聞こえる。
部屋を出ていったのだろう。
「よかった。アイリス」
てのひらに、さらさらと感じる髪の毛が心地よい。
静かに聞こえるアイリスの寝息。
(さっきの男の魔力、どこか気持ち悪いですね。注意した方が良いと思いますよ)
ケット・シーの言葉で、男に感じる忌避感がさらに強まった。
感じた違和感は間違っていなかったか。
そうだ、魔力を供給しないと。
アイリスの手を握り、いつものように魔力を流し込む。
髪の輝きが増し、どこか顔の血色が良くなった気がする。
微かにだが、アイリスの指先が動いた気がする。
アイリスが生きているという実感が湧いてきてまた少し安心できた。
「よし」
兄さん達はどうしているだろうか。
◇
リビングに戻ると、膝を抱えているティアと、項垂れている兄さんが居た。
イオと目が合う。
「まだ――ゆっくりと休ませてあげて」
「うん、そうする」
心が疲弊しきっているようだ。
そっとしておくのも忍び無いけれど、掛ける言葉が見つからない。
「あ、そうだ。カイル達の泊まる場所用意しないと」
「そうだったさ。宿を探しても良いんだけど――ヘリオス達が心配さ」
「カイル達が居てくれたほうが助かるよ、取り敢えず、今日はリビングで良いかな」
「ああ、問題ないさ。ソファもあるしね。そこで寝かせてもらうさ」
ソファは二人分あるから大丈夫か。
すると、アニーとイオの場所をどうするか……
しょうがない、母さんの部屋を使わせてもらおう。
二人なら変な事はしないだろうし。
「アニーとイオは、部屋用意するからちょっと待ってて」
「悪いわね」
シーツを軽く干すだけでいいか。
この間、アイリスが来た時、ついでに洗濯したからな。
多少、日にちは経っているけれど、誰も使ってないし問題ないだろう。
「えっと……」
この人はどうしよう。
家に泊まってもらっても良いのだけど、場所がなあ。
ソファに寝てもらうか、父さんの部屋が空いてるけど、どうしようか。
「ああ、俺は気にすんな。適当に寝るとこ探すわ」
「あ……分かりました」
俺はどこかほっとした。
気疲れするのは避けたかったから、申し訳ないが助かった。
「そうだ、今日は有難うございました。とても助かりました」
「ああ、間に合って良かった」
「そうさ。村についた時には、もう出たって聞いてさ。慌てたさ」
そうだった。
カイル達はギルドの依頼で村に来たんだった。
「依頼が出ててよかったよ、でなければ今頃――」
ほぼ間違いなく死んでいただろう。
あの状況はどう考えても、ひっくり返すことなんて出来なかった。
「それでも助かったんだ! 喜ぶ所なのさ!」
確かにそうだ。
気持ちを切り替えなきゃ。
二人には辛いだろうけど、ここは俺がしっかりしないと。
「そうだね! ありがとうみんな!」
カイルに、ぽんと肩を叩かれた。
一瞬、鼻がつんとしたけれど、なんとか耐えることが出来た。
「カイル達は、兄さんとティアをお願い。僕は食事を作るよ。食べるでしょ?」
「もちろんさ! セリニスの料理は美味しいからな、楽しみさ」
「街ほど食材がないから、良いもてなしは出来ないけどね」
台所にある食材を確認した感じ、なんとか人数分用意できそうだ。
そうだその前に兄さん達に落ち着けるものを。
農家の人にもらった牛乳があったな。
牛乳を人肌程度に温め、砂糖を少し入れてかき混ぜる。
ふわっと香る、優しい匂いが立ち上がってきた。
少しでも落ち着ける良いけれど。
その他の人には、あたたかいお茶を用意する。
「兄さん、ティア、これでも飲んで落ち着くと良いよ」
兄さんとティアは俺からコップを受け取ると、ゆっくりと口をつけた。
弱々しくもミルクを飲む二人をみていると、こころがざわつく。
いたたまれない気持ちで一杯になる。
「みんなは、お茶飲んで待ってて」
「わたしも手伝うわ」
アニーと、イオが立ち上がって、俺の後に着いてきた。
「ティア、大丈夫さ。もう敵は居ないのさ」
カイルの声が後ろから聞こえて振り返ると、両手でコップを持つティアの目からぽろぽろと涙が溢れていた。
そんなに、すぐ立ち直れる訳が無いか。
「イオ、アニー。ティアの側に居てあげてくれないかな」
「良いけどさ……」
「私がティアを診ておくから、アニーはそっち手伝って」
アニーは困っているような顔をしていたが、イオに言われた通りにするのだろう。
俺の後に着いてきていた。
「あれ、そう言えば、あの男の人はお手洗い? 場所わかるかな」
「いや、外に行ったさ。気になることがあるから調べに行くっ言ってたのさ」
「あ、そうなんだ。食事いらないのかな」
「あの人なら大丈夫よ」
大人だし、大丈夫か。
余計な心配をする必要は無いな。
「じゃあ、アニー、お願い」
「うん」
台所へで、今日の献立を考えてみるが、あまりいいものが浮かんでこない。
ワイルドラビットの肉は、明日には駄目になっている可能性が高い。
使わない手はない。
野菜は、少し物足りない気がする。
今から農家に訪ねて――いや、疲れたし、地味に多いし止めておこう。
ミルクは未だ残ってるし、これを使えばいいか。
ざっと考えた献立を、アニーへ説明をする。
と言っても、何時も通り、肉を焼いたもの、サラダ、パンで代わり映えはしない。
余っていた牛乳で作ったクラムチャウダーを作るのが、いつもと違う位だろうか。
「ねえ、あんた。あんたは怖くなかったの?」
「怖かったよ。でも、もう大丈夫かな」
「ふーん……」
アニーは不服そうな顔で、野菜をぺりぺりと千切っていた。
何か思う所でもあるのだろうか。
実際、怖かったけど、今、俺達は無事生きている。
早く、兄さんとティアが元気になってもらわなければ。
そのためには、飯を腹一杯食べて、たっぷり寝る。
心が落ち着くまで休む。
そうすれば、立ち直れるだろう。
肉を焼く音と、スープがぐつぐつ煮立つ音だけが台所に響いている。
もう少しで完成だ。
「相変わらず手際が良いのね」
「いつもやってるからね」
「え、そうなの? そう言えば両親は?」
「国から呼ばれて出ていって、そのまま――あれ? 前話してなかったっけ?」
「あー……そう言えばそんな事言ってたわね」
アニーはしまったと言うような表情をして、顔を伏せた。
「気にしないでよ。だって、アニー達も一緒でしょ」
「え? あ、えぇ、そうよ」
「だから一緒だよ」
「そう……だね」
「さ、出来上がったよ。食事にしよう」
アニーに手伝ってもらい、配膳をし終えた。
「さ、兄さん、ティア、用意ができたよ」
兄さんはお腹が空いていたのだろう、ゆっくりと、無言ながらも、用意された食事を口に運び続けている。
良かった、食事が喉を通らないわけではなさそうだ。
しかし、ティアはスプーンを持ったまま呆然としていた。
「気分は優れないだろうけど、食べないと元気が出ないよ」
「……うん」
そう言いつつも、食事が進まない。
心配だけど、どう接していいか全然分からない。
どんな言葉をかければ良いのか、全く浮かんでこない。
「無理しなくても良いよ。このミルクのスープなら食べられるかも」
スープを注いで、ティアへ渡した。
受け取ったティアは、ゆっくりと、スープをすくって口に運ぶ。
「……おいしい」
ゆっくりながらもスープを飲み続ける様子を見て、すこし安心した。
食事が出来ないほど堪えていたらどうしようかと。
そうなっていたら、俺では、本当にどうしようも無かったかもしれない。
「やっぱりセリニスの料理はおいしいのさ。いつになったらお嫁に来てくれるのかな!」
「行かないからね」
「残念だなあ。そうさ、代わりにアニーを鍛えておくれよ。そうしたらアニーをお嫁に貰えるようになる!」
「カイル、この後で外に出て。今度こそは決着を付けてあげる」
「アニーは手加減しないから、止めておくさ……」
食事を終え、兄さんとティアはソファで寝てしまった。
「疲れてたんだと思うさ」
「あんな事があったんだから、そりゃそうよ」
「なんであんな事に――こんな辺鄙な村でこんな事はないと思ってたんだけど」
「そうだなぁ。セリニスも疲れただろう、今日は早く寝てしまうのさ」
「そうするよ」
アニーとイオを寝室へ案内する。
軽く掃除をして、布団を叩いたから、ほこりっぽくは無いはずだ。
「じゃあ、おやすみ」
部屋から出てドアを閉めようとした。
「待って」
イオに声を掛けられて、再びドアを開ける。
「来て」
手招きをされた。
が、何の事だか分からなかった。
「こっち」
「何?」
イオの方へ近づいた。
直後、イオの両腕に捕まった。
そして、そのまま抱きしめられた。
何が起こったのか、全く理解できない。
俺はこのまま絞め殺されてしまうのだろうか。
「え、どうしたの?」
「無理しなくて良いよ」
掛けられた言葉が理解できなかった。
無理なんてしていない。
いつも通りの自分のつもりだ。
「なんともないけどな」
頭の上に、ぽんと手が添えられる感覚がした。
「嘘。だって、何時もと違って顔が暗いもん。ずっと、目が泳いでるし」
アニーからそう言われて、手を顔へ持っていき、自分の顔を確認する。
変化は全く感じられない。
「お疲れ様、頑張ったわね」
水滴が、顔を伝う感覚がした。
雨でも降っているのかと、一瞬錯覚したのだけど、そんな訳がないと理解する。
「あれ、なんで、おかしいな」
自分の感情と、身体の反応の違いに戸惑い、混乱してしまう。
悲しいという感情は全く無いのに、勝手に涙が溢れてくる。
さらに強く、イオにぎゅうっと抱きしめられ、感情が溢れてくる。
しかし、負の感情とは別に、イオの包容力で心が落ち着いてきているのが分かった。
そうか、頭では「俺はもう大丈夫だ」と思い込んでいた。
けれど、実際はそんな事無かったんだ。
しばらく、イオの温もりを感じていた。
イオの心臓のおとが聞こえる。
乱れる事がなく、一定のリズムで刻まれる音。
優しい匂いがする。
とても落ち着く匂い。
嫌いではない匂いだ。
お蔭で、とても落ち着いた気がする。
「もう、大丈夫。ありがとう」
イオから開放されたのだが、気恥ずかしくて目をあわせられない。
「こ、今回は特別にね」
イオは、視線を横にずらして、体をもじもじとさせていた。
「なんだ。セリニスって、やっぱり子供なんじゃない」
「うっ」
複雑な心境だが、否定は出来ない。
「お、おやすみ」
俺は寝室から出て、自分の部屋へ向かう。
「はあ」
自然とため息が溢れる。
(おや、どうしたんですか、主様。あんなに羨ましがられるような状況だったというのに、いったい、何が不満なのでしょうか)
(お前は、羨ましいとは思っていないだろ)
(それはそうですよ。皮肉ですよ、皮肉。少しは考えて欲しいものです)
くっ。
せっかく、イオに癒してもらったというのに。
ケット・シーは言葉のブローで俺の心を傷つけてくる。
(あの時の、いやらしい表情。わたしの記憶をそのまま見せてあげても良いのですよ?)
(え、俺、いやらしい表情をしてたの? 嘘でしょ、あんな状況で!?)
(ええ、それはもう。あの二人の身が危ないと、はらはらどきどきしていたのです。あんなに幼い少女が、主様のような、むくつけき男に何をされるのか心配でなりませんでしたよ)
(むくつけきって。そんな男には見えないと思うんだけどな。自分で言うのもどうかと思うんだけど)
(むくつけきていますよ、むくついているのです。明日からはむくつき男とお呼びしてあげましょう)
(それだけは止めて下さいお願いします)
ケット・シーは肩をすくめていた。
ふよふよとこちらに飛んできて、いつものように頭の上に乗っかって来て、ふわあと欠伸をしているようだった。
そうか、ありがとう。
ケット・シーに対して、そっと心の中で感謝をしておいた。
◇
寝ようとしたのだが、今日起こったことが頭をぐるぐる回ってしまい、眠気が来ない。
あいつらは何だったんだろうか。
あんな生物が居るなんて想像もしていなかった。
いや、この世界だからこそ、居ても可怪しくはなかったのだろう。
想定している事を上回る出来事が連続していて、俺の処理が追いつかない。
生前の経験なんて、あっても無いような気がする。
ゲームのようで、ゲームでは無い。
ご都合主義で、誰でも分かるように、数値で強さが分かるわけでも無いし、これを使えばなんでも解決する必殺技なんてものなんて無い。
俺は、多少この世界の他の人間と比べたら、良い能力を持っているのだろうけど、そんなの、より強い力を持っている存在には勝てやしない。
今回の件がいい例だ。
「なんだったんだ、本当」
本日、何回目のため息かも覚えてい無い。
(ほんとに何だったのでしょう。気配も直前まで全く分かりませんでしたし)
確かにそうだ。
いつもよりケット・シーセンサーの反応は悪かった。
普通の魔物が近づいて来たのだったら、あんなに接近を許すわけが無い。
(なんで分からなかったんだ。いや、ケット・シーを攻めるわけでは無いんだけど)
(それが、近づくまでは、本当に気配がなかったんですよ。気がつけばそこに気配があったのです)
(魔力を感じ無いって事?)
(そう――あ、なるほどそういう事なんでしょうか)
(あれ、そういう事なんじゃないの?)
ケット・シーって、いつも魔力を感じて、俺に気配を教えてくれていたんだったと思ったのだけど、違ったのだろうか。
俺には、その感覚が分からないから特に言える事は無いのだけれど。
(んんんー、ちょっと確認するんで。分かったらお伝えします)
そう言って、ケット・シーは何かを考えるかのように、心ここにあらず状態になってしまった。
何を言っても「そうですねえ」「んあー」としか答えない。
なんなんだコイツは。
ケット・シーが相手をしてくれなくなったから、俺は一人でうんうん唸りながら考えたけど、特に何も思い浮かばない。
気づけば寝てしまっていた。




