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カオティックアーツ  作者: 日向 葵
第三章
62/74

61:ウトピアのさわやかな朝?

 見た目は残念、味は一級品の料理が優勝するという残念な結果に終わった料理大会。その疲れもあったのか、夜はぐっすり眠れた楓は、久しぶりかもしれない快適な朝を過ごしていた。


 窓から入る日差しで目を覚まし、ゆっくりとベッドから体を起こした楓は、背筋をぐっと伸ばす。

 少しばかし固くなった筋肉をほぐすため、ベッドの上で軽くストレッチをした後、身だしなみを整えて部屋を出る。


 今いる場所はウトピアにある大きな宿屋。数ある部屋の中でも、気持ちの良い日差しが入る一番人気のその部屋に、楓は一人泊まっていた。


 とは言っても、隣の部屋にはティオがいる。「女性陣と部屋を近くにするのは断固拒否、間違いがあったら許さないから!」と、もじもじしながら言う宿屋の魔女っ子さんの可愛らしさに心折れてしまったクレハとヴァネッサ、フレアは少し離れた別館に泊まっている。


 そっちの方は転移魔法か何かで引っ張ってきている温泉が近くにあり、お風呂好きに大人気な宿なので、案外エンジョイしているのでは、と楓は思っている。


 ちなみにブラスがどこに泊まったのかは不明だ。料理大会の時に発揮した変態っぷりに、生理的に受け付けられないようになってしまった宿屋の魔女っ子は、ブラスを見ただけで、体中に蕁麻疹じんましんが出て、泡を吹いて気絶してしまった。


 目が覚めた魔女っ子は、目をギュッと閉じ、クマさん人形を震えた体で抱きしめながら、勇気を振り絞ってこう言ったのだ。


「へ、変態さんはお断りなのですよ~」


 こう言われては仕方がない。ブラスは肩を落とし、まるで売られていく子牛のような哀愁を漂わせ、夜の街に消えていった。


 そこからブラスを見ていないので楓にはよくわからないが、激しい警報音が朝っぱらからなっているあたり、どこかでやらかしているに違いないと楓は確信している。


 ブラスが変態なのは今に始まったことじゃない。楓はなるべくブラスのことを気にしないようにし、ティオの部屋に訪れた。


 もう朝食時なのに、ティオはぐっすりと眠っていた。楓から見てもまだ小さい男の子なのに、クレハたちに負けないぐらい一生懸命頑張っている。でも、ウトピアにたどり着いて、気が緩んだのか、それとも今まで溜まっていた疲れが出てきたのかわからないが、窓から入る日差しがあるにも関わらず、「すぅすぅ」と寝息を立てて気持ちよさそうに寝ているのがその証拠だと楓は思う。


 宿の決まりでは、決まった時間に決まった場所で朝食を食べないと朝食が抜きになってしまう。だけど、疲れているであろうティオを起こすのは何とも心苦しい。


 どうしたものかと悩んでいると、ティオはゆっくりと目を覚ました。


「ん、ふぁ、あ~お兄さん……おはよう……」


 寝起きで、少し寝ぼけているのか、ティオは微睡んだ目で楓を見つめた。目が覚めたら大好きなお兄さんがいてうれしいのか、ちょっぴり微笑みながら、ゆっくりと体を起こす。


「ティオ、もうすぐ朝食の時間だから起こしに来たんだが、疲れているところ悪いな」


「ん? 僕なら大丈夫だよ。それに、ご飯はちゃんと食べたいな」


「そっか、俺は部屋の外で待っているから、着替え終わったら、食堂に行こう」


「うん。早く着替えるから待ってて」


 楓が部屋を出て数分。ティオはいつもの服に着替えて、部屋から出てきた。


「ごめんね。待った?」


「いや、そんなに待っていないよ。

 まぁ、クレハたちが待ちくたびれているかもしれないがな」


「あわわ、それじゃあ早くいかないと」


 少し慌てたように小走りしようとしたティオを「危ないぞ」と言って、楓が止める。

 別に大きな危険があるわけでもないし、そこまで急がなければいけないこともない。朝食の時間も、まだ余裕がある。

 転んでしまわないように、しっかりとティオの手を握った楓は、食堂を目指して二人で歩いて行った。

 その光景をほかの人が見たら、仲の良い兄弟だと思うほど、緩やかな光景だった。


***


 食堂に到着すると、おいしそうな朝食の香りが鼻を刺激する。

 お腹が鳴ってしまいそうなのを抑えつつ、クレハとヴァネッサが座っている席を見つけて、そこに座る。

 宿といっても、ここは魔女の国。観光客がいるわけもないので、宿に泊まっている客は誰もいないが、この宿の料理は評判がいいようで、朝から賑わっていた。


「ごめん、待たせたか?」


「別にそんなに待ってないよ。危険があるわけじゃないんだし?」


 クレハはそう言ったが、それを呆れた目で見たヴァネッサは「はは……」と小さく笑う。


 大方、お腹を空かせたクレハがダダこねていたのだろうと楓は思った。

 それが正解だといわんばかりに、クレハのおなかが「くぅ~」と可愛らしくなる。

 赤面するクレハを「よしよし」とヴァネッサが慰めた。その光景はヴァネッサと出会った時では、予想もつかない光景だった。


 過去の鎖から放たれたヴァネッサは、憎しみに囚われていた時よりも、ずっと清々しく、笑顔が絶えない感じになっている。とてもいい傾向だと、楓は思った。

 それに、クレハも年が近そうなヴァネッサという友達ができたことに喜んでいるようだった。フレアは少し年の離れたお姉さん的な立ち位置でもあり、友達というよりは家族だった。


 魔女であるために同性の友達がいなかったクレハにとっても、良い経験となるだろうと思ったが、この考えは父親みたいな考え方なので、楓は心の中で苦笑する。


 食事の注文をして、緩やかに話していると、宿の扉が大きな音をたてて開かれた。


 扉の向こうからやってきたのは、汗だく状態で息を切らせる、半裸のブラス。


 女しかいない国であるためか、「きゃー」といった声がちらっと聞こえる。


「はぁ、はぁ、かかか、楓。待たせたか……」


 気持ち悪い笑顔をしながら近づいてくるブラスを、あとから来たフレアが引っぱたく。


「ったく、こいつは。聞いてくれ、楓」


「どうしたんですか、フレアさん……」


「どうもこうもないよ。こいつったら、風呂を除いていて、審問官の魔女に追いかけられていたんだよ。さっき私が引き取りに行った」


「ブラス、お前は何をやっているんだ……」


「ち、違う楓。聞いてくれ」


 俺は無罪だといわんばかりに、ブラスは声を荒げる。この場にいる全員は、ブラスに視線を向けた。


「この宿を追い出された俺は、別の場所に泊まれないかと探したんだが、他の宿がなかったんだよ。

 仕方がないから寝られそうな場所を探したら、世界茸に何故か生えている、寝るのにもよさげな木があった。俺はその上で休んでいただけだ!」


「それで、その木が生えている場所が、温泉の近くだったってこと。ブラスは覗き犯に間違われて追っかけられ、つかまってしまったのを私が引き取ってきたという訳よ」


 楓は言葉を失った。というより、あまりにもバカげたことをやらかしたブラスに呆れてしまった。

 クレハやヴァネッサは、昨日温泉を堪能したのだろう。顔を赤くして、ブラスを睨みつけている。今にもブラスに向けて魔法を放ちそうな雰囲気を漂わせていた。


「俺は審問官の魔女に何度も言ったんだ。俺は覗きをやっていない。そもそも楓以外に興味がない。女の裸なんて、覗いて何になる!

 まして、クレハやヴァネッサが風呂入っていたのは気が付いていたが、そんなものを覗いても、俺に何の価値もない。

 俺が覗くのは楓だけだ!」


 その言葉にゆっくりと楓が立ち上がった。その手には、いつものように【インフィニティ・マークⅤ】が握られていた。

 楓の後についていくかのように、クレハとヴァネッサも立ち上がる。ブラスの言葉は二人の女としてのプライドを傷つけていた。

 確かに覗かれるのは嫌だろう。だが、何の価値もないという言葉はさすがに言い過ぎた。

 つまり、ブラスは二人を女性として見ていないのだ。ただそこに知っている人がいる。ぶっちゃけ性別なんて知ったこっちゃない。ブラスの認識はその程度なのだ。

 恋は人を盲目にするというが、そこまで行くか……と楓は呆れて何も言えない。

 ティオでさえ「それは言い過ぎじゃないのかな?」と言う始末。


 怒りが頂点に達している二人と一緒に、堂々と楓を覗きしています宣言をしたブラスに制裁を加えようとしたところで、ガシャーンと何かを落としたような大きな音が響いた。

 一同は音が響いた方に視線を向けると、真っ青な顔をした宿屋の魔女っ子が立っていた。

 今にも泣きそうな目をして、体を震わせながら、呆然と立っている。よく見ると蕁麻疹じんましんが出てきているようだった。


「い、いやぁぁぁあああぁぁぁああぁぁ、変態がいるぅぅぅぅぅぅぅ」


 宿屋の魔女っ子は涙腺が崩壊したように涙を流し、盛大に叫んだあと、その場に倒れてしまう。近くにいたほかの魔女が、落とした食器の上に倒れないように支えてくれたので、怪我はないだろうと、楓たちもホッとした。


 魔女っ子の無事を確認した後、とてもさわやかな笑顔をした楓、クレハ、ヴァネッサは、ブラスを食堂の外に連れ出して、盛大なお仕置きをするのであった。


「あああ、そこ、そこがイイよぉぉぉぉぉぉぉ」


 お仕置き中、ブラスの気持ち悪い声が食堂内にも響いてきて、この宿ができて以来、最も最悪な時間が流れた。

 この日を境に、この宿屋ではブラスのイラストにバツを描いて『変態お断り』という文字が大きく記載されたポスターが張られるようになったらしい。

読んでいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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