49:海上戦 紅蓮の過去 前編
久しぶりの更新です。
よろしくお願いします!
紅蓮の過去では、残酷描写が出てくるので、苦手な方はごめんなさい。
「俺が……その怒りと悲しみを全て吹き飛ばしてやる。俺のカオティックアーツで」
その一言で、ヴァネッサの心に渦巻いている何かに気が付いた。
ずっと、見て見ぬふりをしていた何か。
ヴァネッサの心の奥底に渦巻いた、憎しみ、憎悪、怒り、悲しみ、ありとあらゆる負の感情。
魔女を守る、助ける、そういいながら、心の中は黒くて醜い。
でも、その奥には、別の何かがある気がした。それが、心が揺らぐ原因。きっとそうに違いないとヴァネッサは思った。
ヴァネッサが放った魔法により、激しく荒れる海。その影響か、揺れ動く船の上に立つことすら難しい。
そんな中で、さらに楓が心の奥を刺激してくるので、正直立っているのがやっとの状態だった。
ヴァネッサには楓が理解できない。なぜ、魔女を助ける。なぜ、普通の人間なのに、魔女と親しそうにしている。だから、戦え、あの事を思い出せ、そう心に言い聞かせながら楓をにらんだ。
「はん、あたいの何がわかるってんだい。
悲しみを、怒りを吹き飛ばすだって」
「ああ、俺はお前を救いたいんだ」
「お前に、お前に何がわかるってんだよ。何も知らないくせに適当なことほざいてるんじゃねえ」
「ああ、何も知らないさ。だけど、自分自身の感情に本当の自分を塗り潰されているかのようで、凄く辛そうに見えたんだよ」
ヴァネッサは、楓の言葉に、何かを見透かされたような、そんな感じがした。
あの日から、魔女のためだけに戦ってきた。
今でも鮮明に思い出せるあの日。
そう、あの惨劇の日から全てが変わったのだ。
***
ヴァネッサが、まだ炎の魔女とよばれていたころ、とある村で妹のプリシラと二人暮らしをしていた。
プリシラは、たまにおっちょこちょいなところがある、普通の女の子だった。
ヴァネッサが魔法をうまく使いながらお金を稼いでいたので、プリシラ自体はあまり魔法を使ったことがない。だからこそ、ほんのちょっと魔法が使える、ごくごく普通の女の子だったのだ。
プリシラは、村で一番の人気があり、男たちが言い寄っていた。
そこらへんは、ヴァネッサが追い返していたが。
誰にでも、優しくしてあげて、誰にでも救いの手を伸ばす妹と、いつも適当だが、妹を大切にしており、いざというときに頼りになる姉がいる。そんなうわさが流れるほど、有名で仲睦まじいしまいだったのだ。
そんなある日、その姉妹の家の前に、大怪我をした一人の男が現れた。
男は騎士のような恰好をしており、ヴァネッサは聖騎士かもしれないと警戒した。
だけど、プリシラは、「怪我をしているんだから助けないとダメ」と男を家の中に入れて治療してあげてた。
「もう、お姉ちゃんも手伝ってよ。この人、大けがだけじゃなく、ちょっと熱っぽいんだけど」
「っち、しょうがないな。プリシラは言い出したら止まらないしな。猪のように」
「もう、馬鹿言っていないで、濡れタオルでも持ってきてよ!」
「ははは」と、プリシラをからかいながら、ヴァネッサは、水瓶から必要分の水を別容器に移して、タオルを濡らした。
この時も警戒は怠らない。ヴァネッサ自身は襲われても大丈夫だと思うが、プリシラが心配だったヴァネッサは、魔法による攻撃をいつでもできる状態にして、プリシラと男がいる場所に戻った。
だけど、そんな心配はいらなかったみたいだった。
ヴァネッサが戻ってくる前に目を覚ましたらしい男が、プリシラと楽しそうに話していた。
いや、楽しそうに話していたのはプリシラだ。
傷はそこまで深くなかったが、それでも多くの傷を受けていた。
パッと見ても数十か所はある、切り傷や擦り傷。
とても強い魔物から、怪我をしながらもなんとか逃げてきた、そんな風に見えた。
「あ、お姉ちゃん。やっときた」
「すまん、待たせたか?」
「ははは、冗談だよ」
「なんだよ。それよりほら、タオルとか持ってきたぞ」
「ありがとう。ヘブライアさん。体拭きますから、痛かったら言ってください」
「ああ、すまない。ありがとう」
「もう、こういう時は助け合いが大事なんですよ?」
「はは、君は本当に素晴らしい考えの持ち主だな」
「そんなことないですよ。これはお姉ちゃんの受け売りですから」
「そうなのか?」
そういって、ヘブライアと名乗る男とプリシラがヴァネッサを見る。
男に免疫のないヴァネッサは、若干顔が熱くなるのを感じながらも、「そんなことねぇよ」とつぶやいた。
それが何やらツボにはまったらしく、楽しそうに二人は笑った。
ヘブライアが来てから、一カ月は立っただろうか。
傷はすっかり良くなり、今では家のことまで手伝ってくれている。
プリシラが戦えないから、仕事中はいつも心配だったヴァネッサは、ヘブライアが家にいてくれることにより、安心して魔物討伐の仕事をすることができた。
なんでも、ヘブライアは騎士団体に所属していたそうで、剣の腕がものすごいとヴァネッサは感じていた。
目にもとまらぬ速さで剣を振るうヘブライアがかっこよく見える時もあり、二人っきりになるとドキドキした。
でも、ヴァネッサよりもいつも一緒にいるプリシラの方が距離が近く、気が付いたら恋仲のような雰囲気を漂わせるようになっていた。
ヴァネッサも、二人が幸せになれるなら、そう思って見守っていこうと思っていた。
自分には魔法がある。だから、あの二人から幸せを奪うなら絶対に守って見せる。そう心に誓ったのだ。
ガシャーン。
部屋の中で大きな音が鳴り響いた。食器洗いをしていたら、プリシラがお皿を落として、割ってしまったみたいだった。
「プリシラ、大丈夫か!」
「もう、ヘブライアは心配性ね……イタ!」
プリシラの白い手から、ツーと赤い血が流れる。
どうやら、割れた皿できってしまったようだった。
「もう、プリシラはおっちょこちょいだな。 ちょっと待ってな。消毒できるもん持ってくるよ」
そういって、ヴァネッサは、救急箱を取りに行こうとした。しかし、プリシラに呼び止められた。
「まって、お姉ちゃん。見せたいものがあるんだ。
私だって、家で何もしていないわけじゃないんだからね」
そういって、自分の傷口に月光魔法の【ムーンライト・ヒーリング】を唱えたのだ。
ヘブライアのいる前で。
ヴァネッサはドキッとした。ハーミットリングを使って、ヘブライアに魔女であることをずっと隠してきたのに、プリシラの不注意で魔法を使ってしまったのだ。
この世界にある教えで、魔女は悪しきもの。だから、魔女を見つけたら粛清しなけれいけないとなっていた。
ヴァネッサは心の奥底から不安がこみ上げてきた。
でも、魔法を使ったプリシラは、何も気にしていなかったのだ。
まるで、ヘブライアなら大丈夫だとでもいうように。
「プリシラ……お前は魔女だったのか」
「うん、お姉ちゃんもすごい魔女なんだよ」
「プリシラ!」
「もう、お姉ちゃんたら、急に怒鳴ってどうしたの。ヘブライアなら大丈夫だよ」
「そうだよね」といいながら、プリシラはヘブライアを見つめる。
ヘブライアは、困った様子をしながら笑った。
「まぁ、なんだ。魔女だったってことは驚いたけど、魔女である前にプリシラや、ヴァネッサ達だからな。大丈夫だ。他言しない」
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「ったく、下手したら襲われてんぞ。わかってんのか」
「お姉ちゃんは、ヘブライアを警戒しすぎなんだよ。でも、お姉ちゃ。これで私たちの夢に近づいたと思わない?」
「それは……確かにな」
ヴァネッサとプリシラが目指した夢。それは、魔女と人間の共存だった。実をいうと、魔女であることを隠しながら村で生活しているのを、心苦しいと思っていたのだ。
だってそうだろ。いつも優しくしてくれる村人たちに、正体を偽って生活してるのだから。
それにば、バレたときの恐怖もあった。
だからこそ、お互いに手を取り合える関係になりたかったのだ。
その夢が一歩近づいた。ヘブライアが魔女であるプリシラとヴァネッサを認めてくれたからだ。
こうやって、人間と魔女は一緒に生きていける。そう証明できたような気がしたのだ。
やっぱり、魔女や人間じゃなくって、ココロが大事なんだ。
お互いに助け合うことに、魔女も人間も関係ない。
こうして、お互いに手を取り合っていけるじゃないか。
そう思うと、ヴァネッサの心の心が躍った。それだけうれしかった。
「お前らが魔女であっても、中身が急に変わるかけじゃないんだろ。だったら俺がお前らを守ってやるよ」
「わぁ、ほんとですか。やったね、お姉ちゃん」
「ああ、そういってくれると嬉しいよ。やっぱり、魔法があったといても、女だけでやっていくにはつらいところがあるからな」
ヴァネッサがそういうと、プリシラとヘブライアが大笑いする。
それで、若干恥ずかしくなったヴァネッサは、話題をそらすために、プリシラに質問した。
「ところで、なんでプリシラは【ムーンライト・ヒーリング】なんて使えるんだ」
「ふふ、よくわからないけどできたの。私って万能型の魔女だったのかな?」
プリシラは、ヴァネッサと同じで、炎の魔女だった。しかし、怪我を治す時に使ったのは月光の力。基本的に一種類の属性魔法しか使えない魔女なのだが、たまに、複数の属性を扱える魔女がいる。
それが万能型。どうやら、プリシラが万能型の魔女だったから使えたみたいだった。
「へぇ、万能型の魔女なんているんだ」
「たまにな。ほとんどの魔女はそうじゃない」
「なるほど。ということは、稀に見る天才ってやつなのか」
「もう、私はそんなんじゃないですよぉ」
こうした、日常的な会話。魔女も人間も関係ない、ただの普通の会話だ。
それでも、楽しいと感じることができ、いつまでも続けばいいなとヴァネッサは思った。
でも、それは長くは続かなかった。
ヴァネッサは、大型の魔物討伐の仕事を請け負い、三日間の遠征に行っていた。
ちょっと日数が立ってしまったが、戻ったらまたいつもの日常だ。
あの楽しい日々が戻ってくる。
魔女であっても関係ない。俺が守ってやる。
ヘブライアの言葉を思い出したヴァネッサは、ヒヒっと笑いながら、家のドアを勢いよく開けた。
「………は?」
ヴァネッサの目に映ったのは、血まみれになった室内だった。家具はぐちゃぐちゃに倒れており、机や椅子は、足が折れている。
異常とも思える血が壁や床にこべりついていた。
そして、家の中央にあたる位置にあった机は、端にどけられており、机のあった場所には、肉塊が置いてあったのだ。
「これはいったいどういうことなんだ」
困惑した頭で、必死に考えたけど、何も思い浮かばなかった。
そして、嫌な予感が頭によぎった。
もしかして、この肉塊は……
ガタッ
奥の方から音がして、誰かが近づいてきた。
「やぁ、おかえりなさい。ヴァネッサ」
血まみれのヘブライアがニタァと笑った……
読んでいただきありがとうございます!
海上戦、まだ終わらない……
いや、過去のシーンをどうしても入れたかったんです!
次回もよろしくお願いします!




