第28話:元パーティの噂
「……何か、あったんですか」
問いかける自分の声に、耳を澄ます。抑揚の抜け落ちた声が空気を震わせた。自分自身の声でありながら、他人の発した音のように鼓膜へ届く。腹の底から湧き上がるはずの動揺を探すが、見当たらない。
「詳しいことは、あたしもよく分からないんだけどね」
バーサ婆さんはカウンターの向こう側にある背もたれの無い椅子を引き寄せ、腰を下ろしながら続けた。体重を預けられた木の椅子が軋む音を立てる。彼女は杖を壁に立てかけ、年齢を刻んだ指先で顎を撫でた。
「依頼で、失敗を重ねてるらしいよ。どんどん実力が落ちてるんだとか」
「そう、ですか」
心臓の鼓動に手を当てる。リズムは一定のまま、早鐘を打つ気配はない。かつての仲間たちの不調を聞かされれば、追放された身からすると、溜飲を下げるような反応が自分の中にあると予想していた。しかし、胸の奥は風の止んだ水面のように、波一つ立たない状態を保っている。不思議なほど、心が動かなかった。もう少し動揺するかと思っていたが、思いのほか、自分の反応は水を打ったように静まり返っていた。
「あんた、それだけかい? 昔の仲間だろうに」
バーサ婆さんが、呆れたように眉を上げた。
「もう、随分昔のことなので」
「随分って、まだ一年も経ってないだろうに」
「感覚的には、もう別の人生みたいなものですから」
俺の答えに、バーサ婆さんは何か言いたそうな顔をしていたが、やがて諦めを受け入れたように息を吐いた。
「まあ、あんたがそう言うなら、それでいいんだけどね」
「ご心配、おかけしてしまいましたか」
「そりゃ、あんたのことだからね。あれだけ長くいたパーティだ、何か感じるものくらい、あるんじゃないかと思ってさ」
その問いかけに、俺は視線を落とした。グラスを並べた棚を見つめながら、思考の糸をたぐる。自分の内側に残っている感情の欠片をかき集め、言葉の形に直してみる。
「――大丈夫かな、とは思います」
「そうかい」
「無茶しなきゃいいけど、って。……それくらいです」
胸の内でだけ、そう思っている感覚を、言葉にしてみる。それ以上の踏み込んだ感情は、いくら探してもあのパーティには湧いてこなかった。はるか彼方の街で起きた火事の知らせを聞いた時のような、距離を伴う感覚。彼らの栄枯盛衰が、今の自分には直結しない事実を、俺はそのまま受け入れていた。
「なるほどねえ」
バーサ婆さんは、何かを納得したように頷いた。
「あんたらしいっちゃ、あんたらしいね」
「そう、ですかね」
「まあ、深追いする気がないなら、それでいいさ。あたしも、余計な世話焼きだったよ」
そう言って、バーサ婆さんは口元に笑みを浮かべると、杖を手にして椅子から立ち上がった。彼女が扉を開けると、外の喧騒が室内に流れ込んできた。荷馬車の車輪が石畳を叩く音、客を呼ぶ商人の声、靴音が重なり合う。扉が閉まると、再び空間が元通りになる。
バーサ婆さんが帰った後、俺は一人、箒を手にして店の片付けを続けながら、ふと元パーティのことを思い返していた。床に落ちた埃を集めながら、思考の端に彼らの名前を並べる。
レオン、ソレイユ、キリク、そしてミリア。
七年。それだけの時間を共に過ごした顔ぶれが、脳裏に浮かんでは、煙のように消えていく。
失敗を重ねている、という話。かつての「天才」と呼ばれた実力が、崩れ始めているのだろうか。
もしそうだとしたら、その原因に、思い当たることは一つしかない。
彼らが集中して力を発揮できるよう、俺は、思えば雀の涙ほど金で、過酷な荷物持ちをし、要領が悪くとも、裏方の作業をすべて引き受けて、感覚付与までしていたのだろう。彼らは自分たちの力だけで勝利を収めていると錯覚していたようだが、基盤を作っていたのは俺だと今なら言い切れる。俺が抜けた穴を塞げず、バランスを崩している光景が目に浮かぶ。
――だが。
そこから先を、深く考える気にはなれなかった。彼らの現状を憂う気も、自分の抜けた影響を誇る気もない。交わっていた道は分かれ、二度と交差することはない。過去の正解を今さら証明したところで、何の意味も生み出さない。
今の自分には、暁の雫との時間、この相談所での日々の方が、ずっと大切だった。
あと少しすれば、メンバーたちがこの場所に帰ってくる。扉を開け、笑い声を上げながら、その日の出来事を口々に報告するはずだ。俺は厨房に立ち、火をおこす。かまどに薪をくべ、火打ち石を鳴らす。炎が薪に燃え移り、鍋の底を舐める。刃の通った包丁で肉の筋を断ち、形を揃えて切り分ける。鉄板の上で肉の脂が弾ける音と、香草の匂いが空間を満たしていく。
彼らが俺の淹れた茶を飲み、俺の作った飯を食う。彼らの笑顔を守り、彼らが帰る場所を整えること。過去の残骸を掘り起こすよりも、現在手の中にあるものの方が、比較にならないほどの重みを持っている。
ただ、本当に人の温かみを教えてくれたミリアだけは、やはり気になる。
彼女だけは違った。俺が熱を出して倒れた夜、額に水を絞った布を当ててくれた手。誰もが俺を道具として扱う中で、彼女だけは俺に人としての言葉をかけ、自分の分の食事を分け与えてくれた。彼女の存在があったからこそ、俺はあの七年を狂わずに生き延びることができた。
「無事だといいんだけど……ミリアに恩を返してない」
小さく呟いた言葉が、誰に聞かせるわけでもなく、店内に落ちる。
窓枠に指を這わせながら、俺は目を閉じた。彼女の無事を祈る。
それ以外の感情は、やはりどこを探しても湧いてこなかった。




