引き裂かれる相棒
本作は毎週【月・金】の20時に更新予定です。
暗闇の中で、レオンとルナが重ねてきた死と再生の実験は、常に薄氷を踏むような緊張感とともにあった。
万が一にも、主たちに肉体の変異を怪しまれてはならない。
彼らは、生じた歪みが主たちの乱暴な操作による「自然な摩耗」の範囲を超えないよう、細心の注意を払い続けていた。爪の剥がれも、手首の生々しい歯痕も、主たちが意識を引き上げる深夜の僅かな時間と、昼間の激闘の最中に生じる傷口を極限まで同調させることで、辛うじてその存在の維持を許されてきたのだ。
しかし、その慎重な綱渡りは、あまりにも唐突に、彼らのあずかり知らぬ天上の都合によって叩き割られることになる。
――それは、酷く濁った秋の陽が射し込む、うす暗い渓谷での戦闘中のことだった。
レオンを操る糸は、狂ったように乱暴に大剣を周囲の岩壁へと叩きつけ、ルナを操る糸もまた、地を這う泥人形のように不自然な転倒を繰り返していた。
(何かが……おかしい……)
レオンの網膜に、チカチカと不吉な朱色の光が明滅し始める。
それは、かつて戦友バルドが消される直前に見た、あの悍ましい放電に酷く似ていた。
だが、今回のそれは、文字の体を成していない。ただ狂ったようにのたうち回る、奇怪な記号と崩れたルーン文字の濁流だった。
ピチピチと、耳を塞いでも頭蓋の内側で、鼓膜を直接針で刺されるような不快なノイズが響く。
『――■縺・・/・・縺/・不・■――』
『――■・要・・/・・縺励◆・/・交換・■――』
ただの不快な雑音でしかないはずだった。
しかし、これまで何度も自らの存在を意図的に壊し、世界の理を歪めてきたレオンたちの魂には、その文字化けしたノイズの奥に潜む「神々の冷酷な意志」が、恐ろしいほどの生々しさで翻訳されて直接脳裏へと染み込んできた。
文字の隙間から、ドロリとした汚水のように溢れ出る、剥き出しの憎悪。
二人の支配者たちが、互いの取り分の不均等、あるいは単なる気まぐれな相性の悪さによって、決定的な決裂を起こしている。
そして――ルナの頭上に、血を思わせる禍々しい光の紋章が刻まれた。
『――■・・抹・消・・/・予・約・・■――』
(消去――!)
レオンの心臓が、恐怖で冷たく凍りついた。
その意志の断片が意味するのは、バルドが辿ったあの「無」への道と、全く同じ結末だった。
主たちにとって、彼らはただの替えの利く道具に過ぎない。気に入らなければいつでもゴミのように消し去り、また新しい人形を呼び出す。ただそれだけの、無慈悲な決定。
『レオン……!』
脳裏の深部で、ルナの悲痛な「魂のささやき」が響き渡った。
昼間の支配下にあっても、契りの糸を通じて、彼女が流す血の温もりと、絶望の震えがダイレクトにレオンの精神へと伝わってくる。
『聞こえたの……。私、消される。明日の朝、主たちが戻ってくるその瞬間に、私のすべてが……白紙に、される……っ!』
その声は、泣き叫ぶように震えていた。
これまで、二人でどれほどの苦痛に耐え、夜の檻を越えて、あの温かなスープの味を分かち合ってきただろうか。
それらすべての日々が、天の上の神々が放った、たった一言の気まぐれな「不要」という判断によって、跡形もなく抹消されようとしている。
(待て……。頼む、待ってくれ……!)
レオンは心の中で絶叫し、大剣を振り回す自らの右手に抗おうとした。
だが、【双魂の契り】による綱引きをもってしても、怒り狂った主の絶対的な支配力の前では、その進行をコンマ数秒遅らせるのが限界だった。
天上の神々の喧嘩は、冷酷な静寂とともに収束していった。
それは、ルナという存在を明日には消し去るという、最悪の沈黙だった。
じわじわと、視界が夕暮れの薄紫に染まっていく。
間もなく、神々はお隠れになり、彼らの肉体は宿屋の「檻」へと戻される。
だが、今夜訪れる暗闇は、彼らにとって自由の逢瀬の場ではない。
ルナの命の、最後の砂時計が落ちる――その、カウントダウンの始まりだった。
レオンの貼り付いた笑顔の奥で、再燃した憎悪の炎が、いまや世界の理そのものを焼き尽くさんばかりに、ドロロと黒く、激しく滾り始めていた。




