第17話 とある部屋の違和感
入浴の時間まで、まだ少しあった。けれど、だからといって、気分が落ち着くわけではない。
――まったく。
応接間を出てからも、胸の奥に残る苛立ちは消えず、私は小さく息を吐いた。余計なことを考えないよう、歩調を早め、そのまま寝室を通り抜けようとする。
はあ、またなの? どうして、ああいう——。
思考が途中で止まった。足を踏み入れた瞬間、いつもとは空気が違っているように感じた。……軽い。拍子抜けするほど、何も引っかからない。
香の匂いが強いわけでもないし、冷えているわけでもない。ただ、息がすっと通る。
私は眉をひそめ、足を止めた。くしゃくしゃだったはずの天蓋の布は、均等に張られている。装飾の縁に積もっていた埃はなく、床は淡く光を返していた。
……綺麗。そう思いかけて、否定する。違う。これは単純に「綺麗」なだけではない。整いすぎている。まるで、使われていない部屋みたいに。必要なものが揃っている、という感覚とも違う。誰かが使っている部屋のはずなのに、そこにあるべき“重さ”がない。
私は、無意識に床へ視線を落とした。……おかしい。見慣れているはずの場所なのに、視線が迷う。あるはずのものを、探している。
胸の奥が、じわりと冷えた。あれ? 私、何か間違えた? 苛立ちは、いつの間にか形を変えていた。怒りではなく、不安に。理由は分からない。ただ、この寝室は——問題がなさすぎる。
私は一度、視線を逸らし、それから、もう一度だけ床を見る。そこには、何もない。……けれど、指先が、無意識に強張っていた。
「……あの床の染み、確かにあったはずなのに」
呟いた声は、返事もなく、静かな寝室に沈んでいった。




