【第二十話】コスプレ行列と、山伏(やまぶし)メソッド
決戦の朝が来た。 僕たちは頼光の屋敷の前に整列していた。 プロジェクト名『酒呑童子討伐』。 その第一フェーズは「敵地への潜入」だ。
「よいか。敵は大江山の鬼どもだ。正面から乗り込めば多勢に無勢。ここは知略を用いる」
源頼光が低い声で訓示を垂れる。 彼女が身につけているのは、いつもの煌びやかな鎧ではない。 麻で作られたボロボロの衣。背負った葛籠。そして頭には頭巾。 いわゆる「山伏(修験者)」の変装だ。
「どうだカケル。これなら鬼の目も欺けよう」
頼光が胸を張る。 僕は彼女の姿を上から下まで眺めた。 素材は粗末な麻布だが、彼女が着ると「ダメージ加工された最新モード」に見えてしまう。隠しきれないオーラが凄まじい。 むしろ「訳ありの美女が世を忍んでいる感」が出ていて、逆に目立っていた。
「頼光さん、覇気が漏れてます。もっと猫背になってください。あと、その腰の刀も隠して」
「む。難しい注文だな。こうか」
彼女は背中を丸めようとするが、体幹が強すぎて変なポーズにしかならない。
「カケル殿! 私の衣装はいかがですか!」
渡辺綱がクルリと回ってみせる。 彼女の山伏姿は、なぜか丈が短くアレンジされており、絶対領域が見え隠れしている。
「綱さん、それ誰のアレンジ?」
「季武殿です。『機動性を確保するためにスカート状にしました』とのことですが……少しスースーします」
「ただの趣味だろ! 痴女山伏になってるよ!」
「痴女。なんて背徳的な響き。山道で襲われて『いけませんお坊様』という展開ですね? わかります」
綱はまたしても独自のデータベースにアクセスし、妄想の世界へ旅立っていた。
「おいモヤシ! 早く行こうぜ! 腹減った!」
坂田金時は、山伏の格好をしていても中身は変わらない。 背中には改造されたママチャリを背負い、その荷台には大量の食料(主にお菓子とパンケーキ)が積まれている。 移動式兵糧庫だ。
「私は……どうせ山に入っても遭難して、熊に食われて死ぬんです」
碓井貞光は、地面に「人」という字を書いては踏みつけている。 彼女の周りだけ空気が重い。天然のステルス迷彩だ。
「みなさん! 見てください! 金時のチャリにサスペンションを付けましたよ!」
卜部季武は、金時の背負うママチャリに竹と蔓で作った衝撃吸収装置を取り付けて興奮している。 山伏の格好をしているが、腰には大量の工具がぶら下がっており、どう見ても業者だ。
「よし。全員、キャラが濃すぎるが、行くしかない」
僕は深呼吸をした。 SEの極意。それは「仕様(現状)」を受け入れ、その上で最適解を出すことだ。 この変装作戦は、セキュリティ(鬼の門番)を突破するためのソーシャルエンジニアリングだ。 僕たちは「怪しい武装集団」ではなく、「道に迷った哀れな修験者一行」になりきる必要がある。
「総員、出発! 目指すは大江山!」
「おう!」
僕たちの奇妙な行列は、京の都を出て北へと進路を取った。 頼光の背負う葛籠の中には、あの特級呪物「愛妻毒酒」が揺れている。 一歩間違えれば、鬼に会う前に全員が毒死する危険物を抱え、デスマーチが始まった。




