本心
今回から、行間を作りました。多少は読みやすくなったと思います。
「やっぱりここにいた」
「…なんで、いつも分かるの…?」
「だって仁美、落ち込んだ時、いつもここに来るじゃん」
「でも…晃以外誰も来た事ない…」
「小学校の頃からの付き合いだからね。仁美の事なんて何でもしってるよ」
「何それ…変なの…」
「それで、何があったの?」
「…バスケの事で、春香ちゃんと喧嘩しちゃった…。それで、もう一緒にバスケやらないって…」
「そっか。大変だったね」
「春香ちゃん、あまりパス出さなくて…。それで、私がもっとパス回してって言ったら…、私の方が点決められるからって…」
「春香ちゃん、上手だもんね」
「でもさ…私…もっと楽しくバスケやりたい…。勝ち負けとか関係なく…。そう言ったら、春香ちゃん…勝ちたいって気持ちがない人と一緒にバスケなんか出来ないって…。どうしたら…いいかな…」
「そうだね。俺はもちろん仁美の気持ちも分かる。でもね、春香ちゃんの気持ちもよく分かるんだ」
「どういう事…?」
「俺もね、前に勝樹と揉めたんだ。同じ様な事でね。それで気付いたんだ。色んな考え方を持ってる人がいて、それは皆正しいんだって」
「よく分かんない…」
「要するに、楽しみたい人がいて、勝ちたい人がいる、って事。どっちも正解で、どっちも大切な思いなんだって。だからさ、仁美も、春香ちゃんの気持ちとちゃんと向き合ってみてもいいんじゃないかな」
「…でも、喧嘩しちゃったし…」
「でもさ、ずっと喧嘩したままってのはもっと辛いと思うよ。今まで一緒にやってきたんだから、春香ちゃんも仲直りしたいと思ってるよ」
「…うん。分かった。でも、少し怖いから…一緒に来てくれる…?」
「もちろん。俺はずっと、仁美の味方だよ」
「ずっと…一緒にいてくれる…?」
「もちろん。俺はずっと、仁美の友達だよ」
「…ありがとう…私も…ずっと…友達…」
「じゃあ行こっか」
「…うん」
『…………嘘つき…………』
――――――――――――――――――――
「…見つけた」
体育館裏の人目の付きにくい場所。仁美はそこで、膝を抱えて座っていた。
中学時代、仁美は落ち込んだ時、悲しい時、必ずそこに来ていた。学校が変わっても、その癖は変わっていないと思ったが、その予想は的中していたようだ。
俺は仁美に近づき、声を掛ける。
「やっぱりここにいたか」
「なんで…分かったの…?」
「だってお前、なんかあるといつもここに来るだろ」
「でも、晃以外誰も来ない…」
「身内以外では一番付き合いが長いからな。他の奴が知らない事まで知ってるつもりだ」
「…そっ…か…」
「それで、何があった?」
俺は仁美の隣に座り尋ねる。
だが、仁美は俯いたまま、何も答えない。
「皆心配してたぞ。鈴井も成瀬も荒川も、それにクラスの皆、勝樹なんてお前を探して走り回ってる」
「…………」
「あ、そうだ。勝樹には知らせとかなきゃいけないな。見つかったって」
「…………」
「今からじゃ、応援合戦には間に合いそうにないな。見たかったな〜。皆のチア姿」
「…なんで……」
「ん?なんか言ったか?」
「なんで怒らないの!私、皆に、晃にいっぱい迷惑掛けたのに!なんで…そんな優しく……」
「なんで怒る必要あるんだよ」
「…………え?」
「お前がこうやっていなくなるのなんて、俺にとっちゃよくある事なんだよ。それに、お前は何か無いと、こんな事しないだろ?」
「…………」
「それで、何があった?」
仁美はしばらく黙っていたが、意を決して話し始めた。
「ずるいよ…晃は…。いつだって優しくて、頼りになって、それで、いつも一緒にいてくれて…」
いつも一緒…か…
「なのに…いつからか…一緒にいてくれなくなって…どっか遠くへ行っちゃったみたいで…凄く…淋しかった…」
あの時の事か…。ほんと、仁美には申し訳ない事をした…
「それで…帰ってきてくれたと思っても…あの時の晃はもういなくて…。今いる晃は…別人みたいにカッコ良くて…。あの時の晃は…どこ行っちゃったのかなって…」
あの時の俺か…。そんな物…もうこの世には存在しない…
「今の晃は…凄くカッコ良くて…色んな女の子達と仲良くなって…私と…話す事が少なくなっていって…」
確かに以前は、何かあると仁美と話していたな。今ではめっきり減ってしまった。
「もう…晃にとって…私は必要ないんだって…いなくてもいいんだって…。そういう事なんでしょ…」
「そんな事はない!俺は、ずっとお前が大切だって思って」
「ずっと…一緒にいてくれるって…言ったじゃん…」
『うるせーんだよ!付きまとってくんじゃねぇ!俺の前から消えろ!』
いつか俺が言った言葉が、俺の頭を過る。
…そういう事か。仁美の中には、あの時、俺に拒絶された事がずっと残っていて、今もそれが尾を引いてるのか。俺はそれを、清算したつもりでいたが、それは俺だけだったのか。
自分だけが一方的に謝罪して、相手の心も考えずにに、自分だけが満足して…。あの時と、何も変わってねえじゃねぇか…
あの時の俺とは違うと、俺は変わるんだと心に決めてたのに、その結果がこれかよ…。本当に、救えねぇ屑だ…
「でもそれも…晃にとっては迷惑だったよね…。私…もう他の人と付き合ってて…それなのに晃に付きまとって…。だからもうやめる…。晃も…ちゃんと…幸せになってね…」
そう言って、仁美は立ち上がり俺から離れようとする。俺は、それを黙って見ることしか出来ない。
『こんな感じで話せるのも、もしかしたらもう何回もないのかな、なんて思っちゃって』
あの時の言った仁美の言葉は、今、本当の意味で現実の物になってしまった。そんなように思えた。
待て。本当にそれでいいのか?
お前はまた、逃げるのか?
大切な物を手放すのか?
「待て!仁美!」
気がつくと俺は、仁美を呼び止めていた。何を言うか、思いついた訳でもなく。ただここで言わなきゃ、大切な物を失うと思ったから。
「仁美!俺は!俺は!!」
何かを言わなきゃいけないのに、何も言葉が出ない。なんでだよ…。いつもは次から次へと出てくるのによ…
「もう晃も、無理して私に構う事なんてないんだよ…。私、晃に笑ってて欲しいからさ…」
そう言って、振り向いた仁美の顔は、笑顔にしては酷く悲しげな顔をしていた。
俺が…そうさせたのか…。なのになんで…お前は…俺を…攻めないんだ……
「…やっぱり、お前も辛いんじゃねえか…。お前こそ無理してんじゃねえよ」
気がつくと、俺はそう言っていた。殆ど無意識だったように思える。
「無理…なんかしてないよ…。それに、私といると、晃がもっと辛くなっちゃうでしょ…?」
「ふざけんな!人の気持ちを勝手に決めつけてんじゃねえ!俺がいつ、辛いなんて言った!」
何故か俺は怒鳴っていた。何に怒っているんだ俺は…
「だって…あの時…私にどっかいけって…近づくなって…」
「そうだな、確かに俺はそう言った。最低最悪の屑やろうだよ俺は…」
頭では、今言うべき事ではないのは分かっている。だが、何故だか言葉が止まらない。
「違う!晃は最低なんかじゃない!私が…何も考えずに…話しかけたりするから…」
「最低だよ…俺は…。お前はずっと救いの手を差し伸べてくれていた。なのに俺は、それをずっと振り払って…」
俺の意思に反して言葉が出る。いや違うな…
「…………」
「怖かったんだ…。また、皆に拒絶されるかもしれないと、ずっと考えてて…。だったら、始めから誰とも付き合わなければ、拒絶されることなんてないと思って…。だから俺は、ずっと一人、閉じ籠っていたんだ…」
これはきっと俺の本心だ。ずっと、閉じ込めてきた。俺はそれをぶちまけて、楽になりたいんだ。
「…………」
「だから、お願いだから…。俺から離れないでくれ…。俺は…誰かに拒絶されるのは…もう…嫌なんだ…」
俺は言い終わると、立っていられず地面にへたり込んでしまった。本当情けねぇ。
最早説得でも何でもない、ただの懇願だ。それも、自己中心的な最低レベルの。
都合のいい事を言っているのは分かっている。拒絶したのに、拒絶されるのは嫌だなんて。
「それが…晃の本当の心…?」
「ああ、これが俺の、俺という屑の本心だ…幻滅したろ…」
俺は顔を上げる事が出来ず、ただただ下を向いて答える。
「そっか。良かった。やっと、話してくれた」
俺は仁美に正面から抱きしめられる。仁美はそのまま話し始めた。
「私ね、怖かったんだ。晃があんな風になって、それから晃の心が全く分からなくなっちゃって…。でも、晃の心の声が聞けて良かった。晃も、私も、皆おんなじ事を思ってるんだなって」
「同じ…事…?」
「うん。おんなじ事。私も、晃に、誰かにそっぽ向かれるのは悲しい。だから、そうならないように仲良くやるの」
「悲しい…」
「それに、皆の気持ちとちゃんと向き合わないと、何もわからないでしょ?」
「そう…だよな…」
「晃は私にとって一番大切な人なの。だから、晃にはずっと笑ってて欲しい。だから…私も…晃と笑ってたいから…、少しくらいは、話して欲しいな…」
「そう…か…」
大切だと思っていたのは、俺の方だけじゃなかったのか。
俺は、ずっと仁美と向き合わずに、彼女の心の声に耳を向けずにいた。だから、その事に気づかなかったのか。やっぱり駄目だな…俺は…
考えるたび、涙が溢れてくる。止めなきゃと思うたび、それに逆らうように涙は出続けた。
俺は、数ヶ月ぶりに泣いた。その涙はしばらく、止まる事はなかった。
これからはこのスタイルでやっていこうと思います。また、過去に投稿した物も、随時改稿していきます。
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