俺が警戒しなきゃいけない人は、一人じゃなかったようだ
「晃。負けたら承知しねーぞ」
「俺の屑運でどうにかなると思うか?」
「まあそこは気合で」
「絶対無理だ…」
健に送り出され、競技に向かう。次の競技は借り物競争だ。
正直、俺の屑運じゃ、負けるのは目に見えている。だいたいなんで俺なんだよ。健とか仁美とかの方がクジ運圧倒的にいいだろ。
『まもなく、借り物競争を行います。選手の皆さんはグラウンドにお集まり下さい』
アナウンスが響く。はぁ…。やりたくねぇなぁ…
競技が進み、いよいよ、俺の番になる。
競技の様子を見ていたが、どうやら、一組に一枚、とんでもないお題が交ざっているようだ。例えば、『猫の手』だったり、『虎の威』だったり、『あの子のハート』だったり。あの子のハートってなんだよ…
そんな訳で、俺はそのヤバいやつだけは引かないようにしたい。引きそうだなぁ…
スタート位置に並び、少し待つ。
前のレースが終わり、ついに俺番だ。やだなぁ…
「位置について、よーい」『バン!』
鉄砲の合図でスタートする。そして、数メートル先にある札を取る。そこに書かれていたお題は、
『女の子』
あ、死んだわ。ヤバいやつじゃないが、別の意味でハードルが高過ぎる。誰に声を掛けるべきか…
ここで俺は、声を掛けられそうな人物を考える。
『候補一 仁美』
勝樹がいるのに申し訳ない。よって却下。
『候補二 成瀬』
割と普通に引き受けてくれそうではある。だが、あの噂が蔓延している以上、火に油を注ぐ様な真似はしたくない。よって却下。
『候補三 鈴井』
引き受けてくれるだろうが、条件が付きそう。これ以上弱みを握られるわけにはいかない。よって却下。
『候補四 荒川』
普通に引き受けてくれるだろう。それに、変な条件とかもなさそうだ。恐らく、今まで出た案の中で、一番いい。よって採用。
(ちなみにここまでの思考時間は約一秒)
俺は荒川を探しに行く。さて、どこにいるのかしら。
「あれ?晃くんじゃん。何探してるの?」
不意に声を掛けられる。水無月先輩だ。
「いや、お題が女の子なんで、誰かいないかと」
「なるほど〜。じゃあ私がついていってあげようか?」
おっと、ここで新しい選択肢の登場だ。
『候補五 水無月先輩』
ここで先輩を選べば、荒川を探しに行くより、いくらか時間短縮になるだろう。しかし、この人の場合、何を考えているかがさっぱりだ。正直、今回も何か企んでる気がしてならない。よって却下。
申し訳ないが、ここは断らせてもらおう。
「あの、やっぱ」
「決まり!じゃあ行こっか!」
「え?いやちょっ、まっ!」
強引に腕を取られ、引っ張られる。何この人、めっちゃ力強い。
『おっと!一人目がグラウンドに帰って来ました!何やら引っ張られている様ですが、どうしたのでしょう』
俺の状況を見て、実況も少々困惑している。そりゃあそうだ。当人だって困惑しているのだから。
先輩に引っ張られながら、ゴールする。一位なのに、なんだろう、この複雑な感情は…。
「良かったね。一位とれて」
「その分思いっきり目立ったので、プラマイで言えば圧倒的マイナスですね」
「またまた〜、美女に腕取られて、嬉しかったでしょ〜?」
「しょっちゅう幼馴染に取られてたんで、なんとも思わないっす」
嘘です!本当は嬉しかったです!強がってるだけです!
「ふーん、まあいいや。私、次の競技あるから。じゃね〜」
そう言って、先輩は去っていった。ほんと、嵐みたいな人だな。
レースを終え、自分のクラスのテントに戻ると
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人の女子が俺を睨んでいた。怖いからそれ止めてって言ったじゃん…
「な、なんでございましょうか」
「別に、せめて一言くらい掛けてくれても良かったんじゃない?」
「相変わらず女たらしなのね。呆れを通り越して、殺意すら覚えるわ」
「晃くんて、可愛い子なら誰でもいいんだ。サイテー」
「…………」
だからなんで仁美は何も言わないんだ。怖いっての。
それからしばらく、四人の視線を受け続けた。俺が何をしたと…
『まもなく、男女混合二人三脚を行います。選手の皆さんはグラウンドにお集まり下さい』
遂にこの時が来てしまったか…。嬉しいよ?美女との二人三脚が嬉しくない訳がない。ただ、それ以上に恐怖が勝っていて、正直やりたくない。しかし…
「何をしてるの?さっさと準備しなさい」
この通り、何故か鈴井はやる気満々なのだ。これもう分っかんね〜な。
鈴井と共にグラウンドに向かう。するとそこには、
「やっほー、晃くん。晃くんも二人三脚に出るの?」
水無月先輩がいた。今日はよく会うな。
「あ、はい。不本意ながら」
「不本意とはどういう意味かしら?」
「いやだって、別に俺、お前とはやりたくなかったし」
「嘘をいいなさい。私と体を密着する事に性的興奮を覚えているのでしょう?どうせ女の子と体を重ねる機会なんて今後無いんだから、今の内に堪能しておきなさい」
「勝手に俺の未来を決めないで下さい」
最悪、そういう系のお店にお世話になります。
「へー、その子がパートナーね〜」
あ、ヤバい。先輩の目が獲物を狙う獣の目になってる。
「鈴井、逃げろ」
「え?何故?これから競技が始まるでしょう?」
「いいから。早く逃げないと」
「黒髪美少女ちゃんいただきまーーーす!!!!」
「え!?キャッ!!!」
遅かったか。物凄い勢いで鈴井に抱きつく水無月先輩。歌作れそうだな。『物凄い百合ってる水無月先輩の物凄い歌』とか。最悪レベルで酷い歌詞になりそうだからやめとこう。
「透き通るような肌!最高なプロポーション!そして何よりサラサラでこの世の物とは思えないほど綺麗な黒髪!!間違いなく、一級品の美少女ね!!!」
「い、いきなりなんなんですか!離れて下さい」
流石の鈴井も、平静を保っていられないようで、多少語気が荒くなっている。というかちょっと涙目になってね?
「ほら、嫌がってるだろ。離れてあげろ」
水無月先輩の後ろからイケメンな男がやって来て、鈴井から先輩を引き剥がす。
「ぶー。亮平のいけず」
「はいはい。文句はあとで聞くから。うちの香織が迷惑を掛けた。ごめんな。本人には多分悪気は無いんだ。許してやってくれ」
「い、いえ、そんな大した事はされてませんので。それにあなたがお気になさる事ではありません」
「そう言って貰えると助かる。ほら、お前もいう事あるだろ」
「うちに嫁にこない?」
「お前は何を言っているんだ…」
頭痛がするのか、男は頭を抑えている。
「あ、そうだ。まだ名前を言ってなかったな。俺の名前は」
「柳澤 亮平 でしょう?」
「知られていたとは、嬉しいな」
「あなたは有名人ですもの。当然です」
俺はついこの前まで知らなかったんだよなぁ。
「そういう君も、なかなかの有名人だよ。鈴井 玲華 さん」
「知っていただき光栄です」
「君のような美人を、この学校で知らない人なんざいないさ」
「…………」
鈴井は俯いてしまった。真っ向勝負で言い負けるとは。いくら鈴井でも、正統派イケメンには弱いのだろうか。
「君は、話に加わらないのかい?」
イケメンは俺の方を向いて言う。
「俺、影薄いんで、てっきり気付かれていない物だと思ってました」
「君が影が薄い?そんな訳ないだろう?君ほどの有名人はなかなかいないさ」
「鏡を見て下さい。そこにいるのが俺以上の有名人ですよ」
「生憎、鏡を見るのはあまり好きじゃなくてね」
「奇遇ですね。俺も好きじゃないです」
「嫌いなのに、鏡の事が分かるのかい?」
「知らなきゃ嫌いにはならないんで」
「どういった所が嫌いなんだい?」
「真実を映さないところです。そこに映るのは、少なくとも左右反転した虚像なんで」
「ははっ!やっぱり君は面白いな」
やっぱり?俺は初対面だと思うが。
「君の事は、灰田と香織から聞いてるよ。面白い奴がいるって」
「あの野郎…どんな紹介をしたんだ…」
「それにしても、ここまでとはね…」
「さっきの会話で、そんな面白い所なんてありましたかね」
「君は異常なほど頭の回転が早い。さっきから何を言っても、必ず一捻り加えた返答をする。普通はありえない」
「そっすかね。別に普通にいそうですけど」
「まあ確かに稀にいるだろう。けどそれは才能じゃない。膨大な経験でのみ培われる。君はそれを、いったいいつ、どこで手に入れた?」
この人はカマをかけているのか?それとも…
「適当に過ごしてたら身についたんじゃないですかね」
「…なるほど。やっぱり君は面白い奴だ。少しは本性を引き出せるかもと思ったけど、その外装は思ったより頑丈のようだ」
「本性なんてものはないですよ。これが俺の素です」
「君がそう言うなら、今は深くは詮索しないさ。ただ、いつまでも隠し通せるのもではないという事は、憶えておいてくれ」
「肝に銘じておきますよ。柳先輩」
「また会おう、白峰」
そう言って、柳澤先輩は水無月先輩を連れて去って行った。
「ねえ晃くん。さっきの話なんだけど」
「あ?別に、何でもねーよ」
「そうかしら。私には何か、あなたが隠し事をしているように見えたのだけど」
「気のせいだ。それより、二人三脚の方が大事だろ」
「……それもそうね」
鈴井は訝しみながらも、納得してくれたようだ。
それから、俺たちは二人三脚で、グループ一位を獲得した。それは喜ばしい事なのだが、どうしても、さっきの柳澤先輩との会話を思い出してしまい、他の事があまり考えられなかった。
恐らく、柳澤先輩は、俺との会話の中に僅かな違和感を感じ、カマをかけてきた。もしくは、かつての俺を知っていたのかもしれない。何れにせよ、彼が俺をマークしているのは間違いない。
しかし、何故俺に接触したのか。目的が全く見えない。彼が俺に対して、強い興味を示しているのは間違いないが。
だが、柳澤先輩、あなたには一つだけ誤算がある。あなたの探し求めているものは、絶対に見つからない。
あなたが本性だと睨んでいるものは、もうどこにも存在しないのだから。




