五つの花 『十二.作戦』
七月上・中旬の越後戦線は、次第に『新政府軍』が有利になりつつあった。
兵力の増強を図る『新政府軍』と来援の乏しい『旧幕府軍』との武力の差が、歴然となっていった。
このままでは、いずれ『旧幕府軍』は『新政府軍』に駆逐されてしまう。
戦局を一気に有利にさせる『起死回生の作戦』が、『旧幕府軍』にとって必要急務であった。
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夜半、継兄さんは『参謀』花輪求馬様を自分の寝室に招いた。
≪長岡城奪還作戦≫を、伝える為であった。
「河井様!!
花輪です!!」
すると、部屋から継兄さんの力強い声が聞こえて来た。
「花輪か!!
入れ!!」
花輪様は、継兄さんの寝室に入った。
継兄さんは目を爛々と輝かせながら、花輪様を近くに呼び寄せた。
そして、興奮しながら言った。
「座れ!!」
「はい!!」
花輪様が座ると、継兄さんは腕を組みながら花輪様を見つめ、言った。
「俺は、何としても長岡城を取り戻す!!」
「はい!!!」
「花輪!!
俺には、『起死回生の作戦』がある!!」
「『起死回生の作戦』!?
一体、どのような!?」
「『奇襲作戦』だ!!」
「『奇襲作戦』!?」
「夜、地理に詳しい少数の兵を新政府軍陣地まで進ませ、夜が明ける前に長岡藩兵が夜戦を仕掛ける!
その後、『旧幕府軍』の四軍を八分し、予め決めておいた戦闘方向をそれぞれが襲撃するのだ!」
「なるほど!!」
「長岡藩兵の城下突入と同時に、全ての『旧幕府軍』が一斉蜂起して『新政府軍』に攻撃を仕掛け、戦局を一気に有利にする!!
この一斉蜂起の中心となるのが、米沢藩兵だ!!」
「米沢藩・・・?」
「そうだ!!
米沢藩兵が『新政府軍』前線を撃破し、『新政府軍』兵力を長岡城周辺から柏崎、高田まで追い落とす!!」
「しかし、河井様・・・。
米沢藩を・・・信用して良いのでしょうか・・・?」
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当時長岡藩は、米沢藩に対してこう考えていた。
『米沢藩は、地理に詳しく無い』
『米沢藩は、総指揮者が不在のような状態が続いてる』
『米沢藩は、戦闘意欲が無い』
『米沢藩は、かつての本拠地である越後を取り戻そうとしている』
継兄さんを含む長岡藩兵は、米沢藩に不審を抱いていた。
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花輪様の言葉に対し、継兄さんは眉間に皺を寄せながら答えた。
「・・・分からぬ。
しかし大きな兵力を持つ米沢藩がいなければ、この作戦を遂行する事は出来ない。
今は、米沢藩を信じるしかない・・・」
「・・・」
「この戦いは、一年や二年では終わらない・・・。
必ず、長引くだろう・・・。
だが、長引けば長引くほど国は疲弊し、民は苦しむ・・・。
一日でも早く、内戦を終わらせなければならない!!」
「はい!」
「俺は、今年の冬に戦を終わらせるつもりだ!!」
「冬に・・・?
それは、我ら東北諸藩兵が雪国出身だからでしょうか?」
「そうだ!
我らにとって有利な事は、我らが雪国出身だと言う事だ!!
我らの武器は、『東北越後の寒さに慣れている』と言う事だ!!
南国育ちの『新政府軍』には、東北越後の寒さに耐える事が出来ない!!」
「なるほど・・・!!」
「それに、冬の寒さで信濃川は凍る!!
信濃川が凍れば『新政府軍』は武器も、食糧物資も、兵も運ぶ事が出来ない!!
『新政府軍』は積雪で孤立し、力が弱まる!!
そこを、我ら『旧幕府軍』が衝くのだ!!」
「しかし、もし冬に決着がつかなければ・・・?
『新政府軍』は、一気に長岡を攻めて来るのではありませんか・・・?」
「大丈夫だ!!
春になって雪が溶けたとしても、直ぐに『新政府軍』は攻撃を仕掛けて来る事は出来ない!!
雪解けで増水した信濃川を、『新政府軍』が渡る事は困難だ!!
『新政府軍』が『旧幕府軍』への攻撃を躊躇している間に、『旧幕府軍』は態勢を整え、猛攻撃を仕掛ける!!
攻撃を続け、『旧幕府軍』が『新政府軍』よりも有利であると全国に示すのだ!!
もしこの作戦が成功して『新政府軍』を駆逐し、『旧幕府軍』が有利だと知れば、『新政府軍』を裏切る藩も出て来るはずだ!!
『新政府軍』側に付いていた徳川に恩顧のある『親藩』や『譜代大名』も『旧幕府軍』側につき、形勢が逆転する可能性も出て来る!!」
「しかし、我らは冬まで持ち堪える事が出来るのでしょうか・・・?
今は、まだ七月後半です・・・。
冬まで、まだ時間があります・・・」
「問題ない!!
我らが冬まで持ち堪える事が出来る作戦は、既に考えてある!!」
「既に!?
では、その作戦とは!?」
この花輪様の質問に、今まで饒舌に話していた継兄さんが黙り込んだ。
そしてしばらく考えた後、覚悟を決めたように花輪様を見つめ、言った。
「城下を焦土に帰す!!」
継兄さんの言葉に、花輪様は驚きを隠せなかった。
花輪様は、目を見開きながら呟いた。
「城下を焦土に・・・!?」
「長岡突入と同時に、長岡藩兵に町に火を放たせるのだ!!」
「町に火を放つ!?」
「そうだ!!
火を放ち、『新政府軍』に混乱と恐怖心を与えるのだ!!
『新政府軍』を、攪乱させるのだ!!」
「・・・」
「『新政府軍』全てを完全に長岡から排除する為には、城下に家一つ、木一つ残してはならぬ!!
そして城を奪還した後、城も町も破壊する!!
全てを破壊するのだ!!」
「破壊・・・!?」
「そうだ!!
全てを破壊した後、我らは栃尾山中に籠って戦い続け、積雪で孤立する『新政府軍』を完全に駆逐するのだ!!!」
継兄さんのこの作戦を聞いた花輪様は驚愕し、叫んだ。
「恐れながら申し上げます!!
全てを破壊する必要は、無いと思います!!!
しかも、自分達の故郷を焼くなど・・・!!!
長岡藩兵達は・・・!!!
・・・長岡城を取り戻した後、籠城して戦えば良いのではありませんか!?」
それに対し、継兄さんは目を爛々と大きく見開きながら叫んだ。
「籠城など出来ぬ!!
前の落城で長岡城は破壊され、最早、籠城など出来る状態ではない!!
そもそも長岡城は、戦う為の城ではない!!
それは、落城した時に経験したはずだ!!」
「しかし!!!」
「たとえ籠城したとしても、援軍が必ず来ると言う保証は無い!!
兵糧も武器も、人も、『新政府軍』には敵わない!!」
「・・・」
「我らは城を奪還した後、城もろとも全てを破壊し、迷いを無くし、勝つ為だけに戦うのだ!!」
「では、我らは城を、町を、破壊する為に、城を奪還しに行くと言うのですか!?」
「・・・そうだ!!!」
「河井様!!!」
「全てを破壊すると言う犠牲と覚悟がなければ、この戦に勝つ事など断じて出来ぬ!!」
「河井様!!」
「たとえ俺がこの先『鬼』と呼ばれ、憎まれようとも、これだけはやらねばならぬ!!
勝つ為には、どんな事でもしてみせる!!」
「・・・しかし・・・!!」
「戦機は、熟している!!!
もう、これ以上待つ事は出来ない!!」
「河井様・・・!!!」
「前の戦で城を奪われたのは、我らの攻撃が遅れたが為だ!!
機先を制さなければならない!!
もう迷っている時間は、ない!!!」
すると突然、隙間から冷たい風が入って来た。
風が吹いて来る方向に、二人は顔を向けた。
その先には、長岡城下があった。
二人は、城下の方向をじっと見つめた。
風は『ヒューヒュー』と音を立てながら、継兄さん達を包んだ。
冷たい風を受けながら、継兄さんは悲しそうに呟いた。
「長岡を・・・燃やさなければならぬのだ・・・」
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この≪起死回生の作戦≫の基は、長岡藩士・酒井貞蔵様の進言だった。
酒井貞蔵様は、長岡藩校『崇徳館』の『造士寮長』だった。
酒井様は長岡藩士・小林虎三郎様と並び、長岡藩家中でも名声のある朱子学者だった。
継兄さんとはほぼ同輩で、性格も何となく似ていた。
酒井様は幼少の頃から気性が激しく、少年の頃、友人を傷つけて脱藩した。
江戸に出た酒井様は萩原緑野様の門に入り、努力が認められ、遂には『塾頭』にまでなった。
当時のお殿様は酒井様の江戸での名声を聞き、脱藩を許し、江戸藩邸『就正館』の教授方にした。
酒井様は『勤皇派』で、江戸では西南諸藩の志士とも良く交流した。
酒井様は、その後長岡へ戻った。
戊辰戦争前、『勤皇派』の酒井様は『老公』牧野忠恭様へ非戦を説いた。
また、戦をしようとする継兄さんを暗殺しようと企てた事もあった。
慶応四年 二月
酒井様は藩校『崇徳館・教授方』山田愛之助様、陶山善四郎様、長沢金太郎様、神戸万右衛門様、飯守七久郎様と共に、長岡城下・殿町の屋敷に向かった。
其処には、『老公』牧野忠恭様がいらした。
酒井様は、老公へ非戦を説きに伺ったのだった。
酒井様は、老公を真っ直ぐ見つめながら言った。
「殿は我ら家臣には何も知らせず、此度の『大政奉還』は幕府の一大事として藩士達と共に上京されました。
幕府の御指図も受けぬまま、幕府への『忠義』を果たすと言う名目でお行きになられました」
「・・・」
「しかし、もし京都で戦に巻き込まれたら、牧野家の行く末は如何なっていたでしょう?」
「・・・」
「殿は、『忠義』の殿であります。
しかし一時の感情により今回の事変に当たられたのは、藩主としてあまりにも軽はずみな行動ではありませんか?」
「・・・」
「会津公、桑名公は幕府の職を免ぜられ、恭順をしておられると聞いております」
「・・・」
「それに徳川慶喜公も謹慎されておられるのですから、牧野家もそれに倣い、恭順すべきではありませんか?」
「・・・」
「志を貫く事も必要かもしれませんが、却って主君の謹慎の道を閉ざす者は忠臣とは言えません。
徳川家の家臣である牧野家は、『臣子の道』を固く守り、慎み深く『忠義』に励むべきです。
それを守らねば、『主君に仇なす者』となりましょう」
「・・・」
「もし牧野家の家臣の中に
『殿様は、幕府の為に戦うべきだ』
と唆す者がいれば、牧野家はその者のせいで『無実の咎』を受ける事になりましょう。
そうならない為にも、直ぐにでも、その者を取り押さえるべきです」
「・・・」
「『忠義』を貫いて幕府の為に戦う事は、幕府の為にもなりません!!
却って、幕府の恭順の差し障りになりましょう!!」
酒井様の言葉をじっと聞いていらした老公は、酒井様に尋ねられた。
「酒井・・・。
長岡藩は『忠孝』が『藩祖』忠成公以来の藩論であるが、如何すれば良いか?」
酒井様は、はっきりと申し上げた。
「ただ一心に、恭順の意を以て朝廷からの『勅使(天皇の使者)』を迎えるべきです。
そして、それと同時に幕府の嘆願も行うべきでありましょう」
「・・・」
「しかし万が一朝廷方に粗暴の振る舞いがあり、しかも不敬であり、牧野家の御名を汚せば・・・」
「・・・」
「・・・戦も、致し方無いと思われます・・・」
それを聞いた他の『崇徳館・教授方』に、動揺が走った。
まさか戦を止めに来た酒井様が、参戦を進言するとは思わなかったからだ。
『崇徳館・教授方』は、酒井様を止めようとした。
しかし老公の言葉が、それを遮った。
老公は息を呑み、少し興奮した面持ちで再び疑問を投げ掛けられた。
「・・・もしそうなった場合、たとえ一藩になったとしても・・・長岡藩は、最後まで幕府をお守りするつもりだ。
私は、幕府への『恩義』に報いたい」
「・・・」
「戦も・・・選ばざるを得ないだろう・・・」
「・・・」
「もし戦となった場合・・・長岡藩に、勝算はあるか・・・?」
それに対し、酒井様は自分の意見を力強く述べた。
「万が一にも戦の決議となれば、天下の大半は敵方となりましょう」
「敵・・・」
「当然です。
朝廷に、楯突くのですから。
我らは、『朝敵』となりましょう」
「・・・」
「大軍に立ち向かうには、
『寡を以て、衆にあたる』
と言う案しかございません。
長岡藩のような少数勢力では、接戦に持ち込んで勝利したとしても、最後には勝つ事は出来ません。
古来から聖人が申しますように、『良い謀』を以て戦を進める事が肝心です。
この事は牧野家としても、御深慮を以て対処せねばならない問題であります」
「では、その『良い謀』とは何か?」
「家臣一統は団結し、上下は一致して対応する事が有効かと思われます。
そして『間諜』を放って敵の情勢を察知し、攻撃を仕掛けるのです」
「その攻撃とは・・・?」
「必勝を期す為に、牧野家は飽く迄も恭順、謹慎の形を取り、十分に彼らを誘い出し、残らず圧殺するのです。
その第一が、『水攻め』です」
「・・・」
「『勅使』が長岡藩に来藩する事になりましたら、先ず川袋、草生津の渡船場に誘い出し、乗船させます。
気取られぬよう、徹底して慇懃に応接します」
「・・・」
「そして護送者全てが乗船したら、予め募った『決死隊』が船を沈没させると言う策です」
「・・・」
「しかし、これは直ぐに出来るものではありませんから、今から『決死隊』を三名ほど募っておかれたら如何でしょうか?」
「・・・」
「また、『火攻め』にして圧殺するのも良いでしょう。
『火攻め』は、敵兵を一カ所に誘導して焼き殺すもの。
地の利のない敵兵は火を掛けられる事よって逃げ場を探し、戦意を失います」
「・・・」
「一番宜しくない策は、『籠城戦』です。
長岡城に籠もって防戦するのは、敗戦と言っても過言ではありません。
籠城すれば、藩士達は家族の安否を気にします。
それは、藩士一統の士気に関わります。
人心は、瓦解致しましょう。
断じて、避けなければなりません」
「・・・」
「また、もし領内で戦をする事になれば、先ず城下の民全てを避難させなければなりません」
「『火攻め』・・・。
『焦土作戦』・・・」
老公は酒井様の言葉をじっくり聞きながら、満足そうに呟かれた。
酒井様は、興奮しながら続けた。
「万が一!!
万が一必戦の決議となれば、『水攻め』『火攻め』もやむを得ません!!
私は武士として、長岡藩の勝算を考えます!!
私には、必死の覚悟がございます!!!」
その言葉に、老公は嬉しそうに深く頷かれた。
それを見た『崇徳館・教授方』は、もうこれ以上、老公を止める事は出来ないと思った。
老公が、酒井様の進言に既に心動かされている事が目に見えて分かった。
『崇徳館・教授方』は、『火の海』と化す長岡を憂いながら退出して行った。
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私は時々、継兄さんの姿を見掛けた。
でも、話し掛ける事が出来なかった。
もし継兄さんと話をしたら、私はきっと戦を始めた継兄さんを罵倒してしまうと思ったからだ。
ただただ、私は継兄さんを見つめ続ける事しか出来なかった。
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ある日、私は薬研で薬種を砕いている望月忠之丞様に話し掛けている継兄さんを見た。
継兄さんは望月様に近づき、尋ねた。
「弾薬を、作っているのか?」
それに対して、望月様は嬉しそうに答えた。
「はい!!
次の戦に備えて、出来るだけ多くの弾薬を作っておこうと思いまして!!
この弾薬で、『新政府軍』を駆逐して見せます!!!」
すると、継兄さんはその弾薬をじっと見つめ、悲しそうに、そして少し自嘲気味に呟いた。
「自分達の町を焼く弾薬を・・・拵えるとはな・・・」
「え・・・?」
望月様は継兄さんの言葉に驚き、継兄さんの顔を見つめた。
継兄さんは望月様の視線に気付くと、悲しそうに微笑み、何も言わずに立ち去って行った。
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またある日、継兄さんは土ヶ谷辺りを回っていた。
其処では、兵達が台場を築いていた。
弾丸に当たらないように必死に台場を築いている姿を見て、継兄さんは
『ははははは』
と、大口を開けて笑った。
そして、何も言わずに帰って行った。
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継兄さんは一体この時、何を考え、何を思っていたのだろうか・・・?
継兄さんは、もしかしたら、この戦をする事を、何処かで
『おかしい』
と思っていたのかもしれない。
戦に勝つ事は、『絶対』だ。
しかし『自分達の故郷を、自分達で攻める事』に、継兄さん自身疑念を抱いていたのではないだろうか。
これが、『本当に正しい』のか?
城を取り戻す為に、勝つ為に町を焼く事が
『本当に正しい事』
なのだろうか?
継兄さんはずっと苦しみ、悩んでいたに違いない。
私は、降り注ぐ雨を牧野図書様と見つめていた継兄さんの姿を思い出した。
継兄さんの頬を伝った雨の粒が、
『本当の継兄さんの心』
だったのかもしれない・・・。
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七月十七日(9月3日)
この日、江戸は『東京府』、江戸鎮台は『鎮将府』と改称された。
江戸は完全に終わり、東にある京都つまり『東京』となった。
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継兄さんは栃尾の『長岡藩仮本営』に『大隊長』山本帯刀様、『大隊長』牧野図書様、『大隊長』稲垣主税様、『軍事掛』川島億次郎様、『軍事掛』三間市之進様、『軍事掛』花輪求馬様、会津藩、桑名藩の諸将達を集めた。
そして皆の前で地形図を広げ、作戦計画を告げた。
会津藩、桑名藩の諸将はその作戦計画を聞くと、意見を述べた。
「やはり・・・地理に詳しい長岡藩兵を、栃尾山中に配備した方が得策だと思うが・・・」
しかしその意見に、継兄さんは難色を示した。
継兄さんは、叫んだ。
「栃尾は、最も厳しい激戦地だ!!
そのような場所で、長岡藩兵のみを戦わせる訳にはいかぬ!!
これは『旧幕府軍』対『新政府軍』の戦いではないのか!?
お互い協力して戦う事が、筋ではないか!?
それに、我が藩は何としても長岡城を奪還せねばならぬ!!
兵をこれ以上失いたくも、分散させたくもない!!」
継兄さんの言葉に、各藩の諸将は遠慮がちに言った。
「しかし・・・今までの戦でも分かったように、我らは地の利に疎い・・・。
攻めるにも、敗走するにも、地理に明るい方が有利だと思うのだが・・・」
「その通りだ!!
しかし、それでは一時は凌げても、戦局はいつまで経っても変わらぬ!!
今こそ、『起死回生の作戦』を遂行すべきだ!!」
「『起死回生の作戦』・・・?
そのような作戦が、あると言うのか?」
継兄さんはそれに対し、にやりと笑いながら答えた。
「二日前、米沢藩『参謀』甘糟備後殿と『大隊長』斎藤主計殿が、見附『軍営』から栃尾『長岡藩仮本営』を訪ねて来た。
その時、二人には既に伝えたが・・・」
そう言って、継兄さんは『起死回生の作戦』について説明し始めた。
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二日前(七月十五日)
米沢藩『参謀』甘糟備後様と『大隊長』斎藤主計様の二人は上座に座り、継兄さんと『軍事掛』三間様市之進様、『軍事掛』花輪求馬様、他長岡藩幹部を栃尾『長岡藩仮本営』に呼び寄せた。
甘糟様は疲れながらも、雄藩の威厳を保ちながら言った。
「我ら難関を出てから三ヶ月、未だに大敗もせず、また大勝利も無い。
兵は疲れ、弾薬も残り少ない・・・。
このまま策を取らずに日を過ごせば、滅亡するだろう・・・。
そこで、『起死回生の作戦』によって『新政府軍』を掃討しようと思う」
「『起死回生の作戦』・・・」
花輪様は、呟いた。
頷きながら、甘糟様は続けた。
「その作戦と言うのは、『決死隊』を募り、長呂の芦洲から潜行し、『新政府軍』の後背を衝き、その間に福井、福島、十二潟の『新政府軍』の諸塁を落とすと言うものである。
どうであろう?」
それに対して三間様は立場上、言葉を濁した。
「確かに、戦線の膠着は『旧幕府軍』には不利ですが・・・」
三間様は賛成もせず、反対もしなかった。
継兄さんは目を瞑り、三間様の言葉をじっと聞いていた。
しかし、何も言葉を発しなかった。
甘糟様は、黙ったままの継兄さんに尋ねた。
「河井殿は、如何お考えか?」
継兄さんはゆっくりと目を開け、答えた。
「その作戦も、宜しいかと思う・・・。
しかし、進撃方法については異見を申し上げる」
「異見!?」
甘粕様は自分の作戦に問題があると言われたと思い、少々怒り気味に言った。
継兄さんはそれに動じる事なく、甘粕様をじっと見据えながら力強く答えた。
「たとえその作戦が成功しようとも、それは一方を破るだけに過ぎず、全勝に繋がらぬ!!」
継兄さんの答えに、甘糟様は声を荒げて叫んだ。
「では、他にどのような作戦があると言うのだ!?」
継兄さんは、静かに続けた。
「我が長岡藩兵に、渋木成三郎と言う者がいる。
渋木は五月の終わりにあった『杉沢の戦い』で負傷し、そのまま庵寺に隠れて傷の治療をしていた。
傷が癒えた後、渋木は長岡城下の町人『綿屋』万吉の家に潜居して『新政府軍』の動静を調べ、先程戻って来た。
渋木が言うには、
『『新政府軍』は長岡城を陥れた事により奢り高ぶり、油断している』
と。
そこで私は様子を探りに、『新政府軍』が警備している場所へ兵を差し向けた。
戻って来た兵は、『八丁沖方面の警備が手薄である』と報告した」
甘粕様は少し落ち付いた様子で、言った。
「ふむ・・・。
では、この機を利用して八丁沖に攻撃を仕掛けるつもりなのか?」
「そうだ。
手薄な八丁沖から攻撃すれば、『新政府軍』は陣営を崩す。
それは必ず、『旧幕府軍』の大勝利に繋がるだろう」
甘粕様は身を乗り出して、継兄さんに聞いた。
「具体的には、どのような作戦なのか?」
「この作戦では、先ず死傷は度外視する」
「!!!」
継兄さんの言葉に甘粕様達皆は驚いた。
しかし継兄さんは気にせず、淡々と続けた。
「始め、長岡藩兵の残兵五百人が八丁沖を潜行する。
その間、米沢藩を始めとする諸藩兵は各要地で待機していてもらいたい。
長岡藩兵が八丁沖を渡河した後、長岡藩兵はそのまま長岡城下に討ち入る」
「長岡藩兵のみで、討ち入るのか・・・?」
継兄さんは真っ直ぐ甘粕様を見つめながら、力強く答えた。
「我ら長岡藩兵は城を取り戻す為にも、命懸けで戦うつもりだ。
死を覚悟して、城の奪還を実現するつもりだ。
これは、長岡藩兵でなければ出来ない作戦だ。
長岡藩兵にしか出来ない作戦なのだ!!」
「・・・」
継兄さんは、続けた。
「長岡藩兵は城下に討ち入ると同時に、火を放つ」
甘粕様は一瞬息を呑み、尋ねた。
「火を・・・放つ・・・!?
長岡藩兵が、自らの故郷に火を放つと言うのか!?」
「そうだ」
「・・・」
継兄さんは、続けた。
「その放火を合図に直ぐに諸藩の兵は諸口を破って進撃し、信濃川にいる『新政府軍』を駆逐してもらいたい」
黙って聞いていた長岡藩諸将からは、驚きと戸惑いの声が漏れた。
甘粕様と斎藤様も、継兄さんの作戦に驚愕した。
二人は、継兄さんの鳶色の目を見つめた。
その目は、覚悟と決意をした『信念の目』だった。
それを受け、斎藤様は大きく頷きながら、そして微笑みながら言った。
「我らは作戦指導にやって来たのに、却って妙策を授けられました。
承知致しました!!
直ぐに、見附『本営』にいる千坂高雅様に報告します!!
この作戦を成功させる為にも、我らも力をお貸し致します!!」
「感謝する!!」
継兄さんは、満足そうに答えた。
米沢藩の二人が帰る際、継兄さんが斎藤様に少し遠慮がちに尋ねた。
「失礼かもしれぬが、其処許の鉢巻の中に紙切れが少し覗いているのだが・・・」
「ああ・・・」
そう言って斎藤様は笑いながら鉢巻を外し、鉢巻の中からその紙切れを取り出した。
そして、継兄さんにその紙切れを見せてくれた。
継兄さんはその紙切れを覗き込みながら、聞いた。
「お守りか・・・?」
斎藤様は、笑顔で答えた。
「はい・・・。
越後で戦が勃発し、我が米沢藩は六百人程出征しました。
しかし老兵や少年兵であるばかりか、先祖伝来の鎧武具を身につけて参戦すると言う始末・・・。
恥ずかしながら、戦力不足で全く役に立ちませんでした・・・。
そこで越後の農兵を取り立てて、米沢藩直属の『済民隊』と言う隊を結成させました」
「・・・」
「彼らは、本当に良く働いてくれました。
その彼らが、このお守りを我ら米沢藩兵にくれたのです。
彼らは、
『『旧幕府軍』の勝利を『摩利支尊天』に祈念した』
と言っていました」
「・・・」
「その時、私は思ったのです。
我々が彼らを『救う』のではなく、我々が彼らに『救われている』のだと・・・」
「・・・」
「彼らを守る為にも、我々はこの戦に勝たねばなりません!!」
斎藤様は嬉しそうに、そして固い決意と共に継兄さんにそう言った。
そして、お守りを握り締めながら続けた。
「彼らの思いが、きっと我々を救ってくれるでしょう!!」
そう言って、甘粕様と斎藤様は見附『軍営』へと戻って行った。
二人が帰った後、作戦を聞いていた一人の長岡藩幹部が継兄さんに駆け寄り聞いた。
「先程の作戦ですが・・・。
本当に、実行されるのですか?」
継兄さんはその長岡藩幹部の顔を見つめながら、当然と言う風に答えた。
「ああ!!」
その答えに対し、長岡藩幹部は戸惑いながら聞いた。
「八丁沖は底無し沼と言われ、誰も近寄らない場所です・・・。
時々魚を釣りに出掛ける鬼頭熊次郎殿以外の者が沼に近づいたなど、聞いた事がありません・・・」
「俺も、聞いた事は無い」
「ならば、何故・・・!?
八丁沖には、大蛇や怪魚も棲むと言われております!!
昼も薄暗くなる程の背丈の芦が茫々と生え、水深も分かりません!!
そのような所、何の保証もなく長岡藩兵を渡らせるなど危険極まり無い行為だと思います!!」
継兄さんは長岡藩幹部をじっと見つめ、そして静かに聞いた。
「それで?」
それに対して長岡藩幹部は、継兄さんの眼力に少し狼狽えながら答えた。
「河井様の作戦が成功すれば、『新政府軍』に打撃を与える事は出来ましょう・・・。
しかし、もし八丁沖を渡る途中で兵に何かあれば、作戦も水泡に帰すのでは無いでしょうか?」
その言葉に、二人の会話を黙って聞いていた他の長岡藩幹部が異を唱えた。
「しかし、生半可な作戦では直ぐに『新政府軍』に気付かれ、益々兵や武器を失う事になり兼ねぬ・・・。
『新政府軍』は大量の武器と共に、続々と越後に入って来ている。
我らはこれら『新政府軍』の侵入を防ぎ、短時間に、効果的に、『新政府軍』を一気に破らねばならぬ。
『新政府軍』も想定が出来ぬ程の大胆な『奇襲作戦』でなければ、『新政府軍』を駆逐する事など出来まい。
私は、河井殿の作戦を遂行すべきだと考える!!」
その叫びに、他の長岡藩幹部も口々に叫んだ。
「何の考えもなしに、河井殿がこの作戦を立てるとは思えない!!」
「『新政府軍』に勝つ可能性があるのなら、私もそれに懸けたいと思います!!」
「私も、河井殿を信頼しております!!」
「私も!!」
「私も!!」
その内、難色を示していた長岡藩幹部も皆の思いに心が揺れ動き、結果、一同が賛成する事になった。
継兄さんはそれを眺めながら、満足そうな笑みを浮かべた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この二日前の話を静かに聞いていた会津藩、桑名藩の諸将は、感心しながら言った。
「なるほど・・・。
そのような事が・・・。
では、何時その作戦を遂行するつもりなのか?」
「七月二十日の夜に、我ら長岡藩兵が八丁沖を強行渡河するつもりだ」
「三日後・・・」
「先程申した通り、この作戦は長岡藩兵のみで遂行する!!
我々の愛すべき故郷を、我々長岡藩兵自らが奪い返さなければ意味が無いからだ!!
自分の国は、自分で守りたい!!
それが武士に課された『宿命』であり、『運命』であり、『役割』であり、『使命』だ!!
この気持ち、皆様ならご理解出来るだろう!!」
「・・・」
すると、継兄さんは少し遠慮気味に続けた。
「ただ・・・少し問題が有る・・・」
「問題・・・?
それは、何か?」
「今、長岡藩兵は数百名しかおらぬ。
そして作戦遂行の為には、少々時間が足らぬ。
先ず第一段階として、栃尾方面に散開している長岡藩兵を引き払い、見附の漆山村付近に集結させねばならぬ。
その為には会津藩兵と米沢藩兵に、我らの代わりに栃尾方面の警護に回って頂きたいと考えておる。
如何だろう・・・。
会津藩の方・・・。
桑名藩の方・・・」
二藩の諸将は真っ直ぐ継兄さんを見つめ、力強く答えた。
「分かり申した!!
我らは、貴藩が城を奪還する手助けを全力で致そう!!
故郷を思う気持ちは、皆同じだ!!
必ず、故郷を取り戻そう!!!」
継兄さんは、その言葉に息を呑んだ。
そして、少々涙声で答えた。
「感謝・・・する!
必ずや、我らは故郷を取り戻す!!!」
「うむ!!」
「では、作戦について更に詳しく説明致す!!
先ず栃尾に入る際についてだが、貴藩の兵の人数を『新政府軍』に公にし、勢い良く栃尾に入って頂きたい。
これは『新政府軍』を栃尾に引き付ける為でもあり、民を安心させる為でもある」
「承知した!!」
会津藩、桑名藩の諸将もこの作戦に同意した。
その後、大まかな≪長岡城奪還作戦計画≫が以下の通り決まった。
=====================================
≪長岡城奪還作戦計画≫
一.七月十九日(攻撃実施前日) 昼間
一部隊が、小貫口から栃尾山中に向かって進撃を開始
突入する部隊は、平野部で戦っている米沢藩・仙台藩・会津藩などの
『旧幕府軍』
その際、銃を担ぎ、軍鼓を鳴らしながら堂々と山中の陣地に入る
これは『新政府軍』に大規模な山地戦が行われると思わせる為であり、
山中に住む人々や逃亡潜居中の家族を安心させる為でもある
一.七月十九日(攻撃実施前日) 夕刻
栃尾方面の長岡藩兵は、密かに撤兵
『新政府軍』に気付かれないよう、見附町南方の漆山村付近
へ向かう
漆山村で人馬を休憩させ、待機
一.七月二十日(攻撃当日) 夕暮れ
長岡藩兵は、作戦を開始
長岡藩兵約四百名は、漆山村を出発
その際、たとえ漆山村で見つかって発砲されても狼狽せず、
ただ真っ直ぐに進む
兵を、密かに見附付近まで前進させる
四ッ屋村から、八丁沖を渡る
宮下、小曽根を通って長岡城に押し入る
『新政府軍』を混乱させる為、長岡藩兵は『新政府軍陣』深く潜行して
斬り込み、城下に放火
長岡城に火の手が上がると直ぐ、『旧幕府軍』は一斉攻撃
諸方面は、以下のように進軍
中之島口:与板口と連絡してから夕暮れより、長呂、品之木、
大保から猛烈な射撃を行い、前進の勢いを示す
大口口:三百人の兵は午後五時から大口の『新政府軍』の塁に接近し、
隠れて待つ
火の手が上がるのを見た後、十二潟の『新政府軍』を破って
下条に放火
押切口:三百五十人の兵に渡河材料を準備させ、機を見て筒場
に突入
福井口:三百五十人の兵に『新政府軍』を猛射させ、直ぐに
大黒に前進
田井口:長岡の火の手を見た後、前進し、桂沢の『新政府軍塁』
を破る
ただし、一部は耳取、田井に集合
小貫口:百人の兵は本道を避けて前進し、桂沢を攻撃し、死守
栃尾口・荷頃口:少数の兵で監視し、斥候が森立の茶屋を焼く
『新政府軍』退却後、森立峠へ向かう
=====================================
この作戦は長岡藩の『奇襲作戦』が成功した後、米沢藩を中心に『新政府軍』を攻撃すると言う『協同作戦』だった。
寡兵である長岡藩兵が敵陣に斬り込み、城下に火を放って『新政府軍』を混乱させる。
そして、長岡城下と中之島、福井の間にいた『新政府軍』を一掃する。
この作戦が成功するかどうかは、米沢藩に掛かっていた。
米沢藩の協力は、『必要不可欠』であった。
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七月十八日(9月4日)
銃を背負い、小刀を腰に差し、黒い軍服を着た長岡藩『伝騎』が栃尾の山間を走っていた。
戦の始めの頃は、陣笠を被ったり、蓑を着たりする者がいた。
しかし、次第にズボンのような小袴を履くなどの略装になっていった。
『古騎法』を伝授されていた『伝騎』は、銃弾が飛び交う中を毅然と馬を走らせ、『伝令』に向かった。
時には、駆けながら馬上から小銃を放つ者もいた。
馬を失った者は、自分の足で走って『伝令』を務めた。
『何としてでも、故郷を取り戻す!!』
その思いが、死をも恐れぬ度胸の源だったのだろう。
彼らは各所を馬で駆け廻り、叫び続けた。
「明日、夕刻までに陣替えをする!!
ただし交代の兵が入り次第、隠密裏に行わなければならない!!
行き先は、見附町郊外の南方諸村!!」
『伝令』を聞いた『槍隊』は、高揚感よりも虚脱感に苛まれた。
『槍隊』は、七月五日から峯陣地で戦っていた。
しかし、皆、銃に慣れておらず、次第に不利な戦いを強いられていた。
その為、『槍隊』は峯陣地を放棄して高待山へ転陣する事にした。
高待山に陣を敷いた『槍隊』は鍬を取り、土俵を拵え、塁壁を三か所築いて『新政府軍』を待ち受けた。
しかし、そんな時に『伝騎』が見附への集結を伝えて来た。
折角転陣し、築いた塁壁は全て無駄になってしまった。
皆が、疲れ切っていた。
それでも、見附には向かわなければならなかった。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
南方諸村に、多くの長岡藩兵達が集まって来た。
私と團一郎は、其処で様々な噂話を聞いた。
長岡藩兵達が、数人で話をしていた。
「噂では、幼い天子様のお父上であらせられた前の天子様(孝明天皇)は、岩倉具視と言う貧乏公家に殺されたらしい・・・」
「何?
岩倉具視とは、文久三年(1863年)の『八月十八日(9月30日)の政変』において、都落ちした七人の公卿の一人か?」
「『八月十八日の政変』とは、朝廷を牛耳っていた『尊皇攘夷派』公家を、前の天子様の命により会津藩・薩摩藩を中心に一掃した変の事だな・・・。
そう言えば、失脚した三条実美や岩倉ら七卿は長州へ下ったとか・・・」
「そうだ。
都落ちした岩倉は裏で薩長と手を結び、前の天子様を亡きものにした」
「私も、その噂を聞いた事がある・・・。
前の天子様は病に伏せられてはいたが、徐々に回復に向かっておられたと言う・・・。
しかし突然、容態が変わり御隠れになったと・・・。
『岩倉に、毒殺されたらしい』
と・・・」
「毒殺・・・」
「『攘夷』と言う点では、朝廷と長州藩は共通していたのかもしれない・・・。
しかし前の天子様は過激な長州藩を疎んじ、会津肥後守(松平容保公)様を大変信頼されておられた。
薩長や岩倉にとって、前の天子様は邪魔だったはずだ・・・」
「だから殺した・・・と?」
「ああ・・・。
真偽は、分からぬ・・・。
しかし真しやかに噂されるのは、それなりの理由があるのかも知れない・・・。
だが薩長は、自分達が徳川家に代わって権力を握る為には、尊い天子様さえも殺すだろう・・・。
それは、今までの奴らの所業によって明らかだ」
「殺す・・・。
何と言う事だ・・・!!
『尊皇』と叫びながら、奴らは天子様を全く敬っていないではないか!?」
「一体薩長は、どこまで卑怯で汚いんだ!!」
「天子様が御隠れになってからは、薩長の思う通りに事が運んでいる!!
薩長なら、天子様を殺す事くらい何とも思わないだろう!!」
「そんな奴らに長岡を、日本を汚されてたまるか!!」
「絶対にこの戦、勝たねばならん!!」
「そんな奴らが国の政権を握ったら、美しいこの国を滅びへと導くだろう!!」
「もし奴らが政権を握ったら、奴らは自分達の行いを正当化する為に、世に偽りを広めるだろう!!」
「『天網恢恢疎にして漏らさず』
と言う!!
『真実』を隠しても、嘘はいずれ露見する!!
『真実』の証拠を残す為に、我らは負けると分かっていても戦わなければならない!!
後の世の人の誇りの為にも!!
自分達の誇りの為にも!!
どんな犠牲を、払おうとも!!!」
長岡藩兵達は、そう力強く誓っていた。
『前の天子様を亡きものにした』
この言葉が『本当の事』なのか、『間違った事』なのか、私には分からない。
戦時下ではどの言葉が『正しい』のか、どの言葉が『間違っている』のかを判断する事は難しい。
言葉は錯綜し、人々は混乱し、平常心は保てず、人は自分の都合の良い言葉を信じてしまう。
人は、『言葉』に振り回される。
惑わされない為にも、私達は『信念』を持たなければならない。
少ない『言葉』から、私達は『正しい言葉』を選ばなければならない。
それは、『分かっている』。
しかし私達の今の状態では、どうしても
『前の天子様を亡きものにした』
と言う言葉を、
『信じよう』
『信じたい』
と思ってしまう。
この『言葉』は私達の正当性を高め、大義を与え、反骨心を持たせ、自尊心を高め、使命感を抱かせ、勇気を与え、そして戦意を高める、私達には『都合が良く、心地良い言葉』だからだ。
『天子様の為に私達は戦い、勝たなければならない』
『正義の為に私達は戦い、勝たなければならない』
その決意は、私達を強くする。
私も、この決意に支えられたいと思ってしまう。
私がそう思っていると、團一郎が私の横で呟いた。
「『誠は天の道なり。
これを誠にするは、人の道なり』」
その言葉を聞き、私は團一郎を見上げ、聞いた。
「『誠は天の道』・・・?」
團一郎は、微笑みながら答えた。
「『中庸』の言葉の一つです」
「『中庸』・・・『四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)』の一つ・・・」
「そうです」
「『誠は天の道・・・』とは・・・どう言う意味?」
「『誠』とは、『真実』。
『天の道』とは、『天より定められた道』の事です。
つまり『真実』とは、『不変の真理』と言う意味です」
「・・・」
「人は、『不変の真理』である『真実』を『現実』にしなければならない。
それこそが『人の道』である、と言う事です。
そして、これには続きがあります」
「続き・・・?」
「『これを誠にするは、善を択んでこれを固執する者なり』。
『真実』を『現実』にする為に、人は何が『善』であるかを弁え、それを固く守り、『善』を貫かなければならないのです」
「・・・」
「『前の天子様を亡きものにした』。
この言葉が『本当の事』であろうとなかろうと、私達のやるべき事は、確固とした信念を持ち、何が『真実』であるかを見極め、『真実』を『現実』にする為に『正しい事』を貫くだけです。
それが『人の道』、更には『天の道』へと通じるのです」
そう言って、團一郎は議論を続ける長岡藩兵達を真っ直ぐ見た。
私も、そんな團一郎を見つめた。
團一郎を見つめながら、私は思った。
『言葉』に、惑わされてはいけない。
私達がやるべき事は、一心に、自分が『正しい』と思う事を貫く事なのだと思った。
でも、自分が『正しい』と思っている事が、本当に『正しい事』なのだろうか?
『正しい事』とは、一体『何』なのだろうか?
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七月十九日(9月5日)
栃尾付近にいた長岡藩兵十個小隊と砲二門は、前日から見附へ前進した。
朝から降る雨は大雨となって、見附に集結して来る長岡藩兵に激しく降り注いだ。
しかし、彼らにはそれは苦ではなかった。
これから行う≪長岡城奪還作戦≫に、皆、興奮していたからだ。
長岡藩兵のほとんどは見附に集結して来たが、荷頃にいた長岡藩の砲三門のうち一門と砲手十余名は動かす事が出来なかった。
突然砲声が聞こえなくなれば、『新政府軍』に『旧幕府軍』の作戦が気付かれるかもしれなかった。
だから兵力不足にも拘わらず、一部の長岡藩兵を荷頃に残さなければならなかった。
午前十時頃から午後六時頃までには、長岡藩十個小隊と砲二門の移動はほとんど終わった。
『槍隊』と『刀隊』を率いる『稲垣林四郎隊』は、栃尾町から見附へ向かった。
その途中、栃尾『陣地』を長岡藩兵の代わりに警備する米沢藩兵、仙台藩兵、村松藩兵に出会った。
彼らは、これから決戦に向かう長岡藩兵に声を掛けた。
「城を奪還する事を、我らも願っている!!
我らも、力をお貸し申す!!」
それに対し、長岡藩兵達は意気揚々と口々に答えた。
「助力、感謝致す!!!
必ずや、我らは城を取り戻してみせる!!!」
「我々は残らず命を捨て、貴藩の力を借り、城を取り返し、一藩の恥を雪ごう!!」
「藩主様方は会津へ向かわれ、我々の父母も妻子も行方が分からない!!
その上、先祖代々の墓を失い、実に断腸の至りである!!
しかし、此度の作戦により、ようやく恨みを晴らす事が出来る!!!」
「我々はたとえ死んだとしても、故郷を取り戻したい!!
しかし、我らの力だけでは足らない!!
本当に、貴藩のお力添えには何度礼を言っても足りぬ!!
だから、我らは城の奪還と言う形で感謝の気持ちを示す!!!」
米沢藩兵、仙台藩兵、村松藩兵は、これから始まる戦の過酷さを知っていた。
声を掛けた時、幾分、同情的ではあったが、長岡藩兵達の輝く顔を、眩しそうに、そして羨ましそうに見つめた。
彼らは、城へと向かう長岡藩兵の背中をいつまでも見送っていた。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
実はこの時、継兄さんの≪長岡城奪還作戦≫を全長岡藩兵が知っていた訳ではなかった。
『大川市左衛門隊』は十九日午後二時、命令によって栃尾町に引き揚げていた。
疲労困憊だった兵達は、『伝騎』の言葉に耳を疑った。
「何!?
『本陣』は何としても、本日中に見附に入れと!?
何故だ?」
大川様は、怒気を露わにした。
『伝騎』は、戸惑いながら答えた。
「分かりません!!
理由は聞かされず、ただ『進軍せよ』との事です!!」
「我らは連日の戦で、立っているのもやっとだと言うのに・・・」
「兵は、道具ではない!!
『人間』だ!!
休まなければ、戦う事も出来ぬ・・・!!!」
大川様は、命令に不満を持った。
しかし、『本陣』の命令に逆らう事は出来なかった。
無理を押して栃尾町を出発し、午後八時には見附に到着した。
しかし、到着後も彼らに詳しい作戦内容は知らされなかった。
情報が錯綜していたせいなのか、それとも秘密裏に作戦を遂行する為だったのかは分からない。
しかし、ただ言われた通りに動かざるを得なかった大川様は、悔しい思いをした。
もし正確な情報さえあれば混乱も起こらず、懐疑心を持つ事もなかっただろう・・・。
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七月二十日(9月6日)
「これでは・・・渡れないな・・・」
『長岡藩本陣』から八丁沖に偵察に来た兵は、見附南方から八丁沖を見渡して溜息をついた。
八丁沖は、前日の雨により大きな湖のようになっていた。
「今夜、八丁沖を渡河して『奇襲作戦』を敢行する事は不可能だ・・・」
兵は直ぐに『長岡藩本陣』へ戻り、この状況を報告した。
そして『長岡藩本陣』は、攻撃開始を二十日夜から二十四日夜に変更した。
見附町には既に多くの長岡藩兵が待機していたが、混乱は起こらなかった。
寧ろ多くの部隊が集まった事により、今まで行方が分からなかった父母、兄弟、妻子、親戚、友などの安否を尋ねる事が出来た。
また、避難していた家族に自分の無事を伝える事も出来た。
町の辻や宿の中で兵はお互いの無事を喜び、酒を酌み交わしたり、休息を利用して今まで着ていた軍服を乾かす者もいた。
「久しぶりの城だ!!
綺麗にして、城へ挨拶しようぞ!!!」
この休息が、兵に余裕と安心感を与えた。
そして、それらは兵士達の力となった。
その頃、見附北方の『会津藩陣地』に、長岡藩の者だと称する『軍夫』の姿をした男が現れた。
その男は怒りながら、会津藩・佐川官兵衛様に言った。
「我らは長岡城落城のおり、百姓に交じって『新政府軍』の『人夫』を勤め、長岡に残っていたものです!!
今、長岡には数百人程の『新政府軍』の兵が居ますが、家を壊し、婦女を犯し、実に言葉では言い尽くせぬ狼藉が横行しております!!
城を取り返すのは、この時と思います!!
会津藩の協力を、是非お願いしたい!!」
佐川様は、長岡藩兵の意気込みに感心しながら言った。
「勿論!!!
必ず我らは、長岡城を取り戻す手助けをする!!!」
それを聞いた長岡藩兵は満足そうに笑みを浮かべ、深く頭を垂れ、踵を返して走って『会津藩陣地』を出て行った。
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≪長岡城奪還作戦≫はこの日延期され、ほとんどの兵達は休息する事が出来た。
しかし『使番』は戦場を駆け廻って偵察し、『長岡藩本陣』に戦況を報告し続けていた。
『使番』槇三左衛門様も福井村『西照寺』に赴き、砲戦を視察しては逐一『長岡藩本陣』に報告した。
「『新政府軍』の弾は速く、砲弾量も大量です!!!」
それを聞いた継兄さんは、槇様に言った。
「そうか・・・。
ご苦労だった!!!
引き続き、偵察を頼む!!!」
「はっ!!」
『長岡藩本陣』は多くの情報を『使番』から得て、作戦計画を慎重に練った。
『絶対に作戦を、成功させる!!』
その為には、どんな情報も欲しかった。
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作戦の延期により私も團一郎も、皆と同じ様に家族や親類、知り合いを探した。
父上は、会津へ向かったと聞いていた。
母上は、六助ときよと一緒にいるはずだ。
でも、姉上達や他の親戚の人達、作助さん、さよちゃん達の所在は知らなかった。
私達は、探して探して探して探して探した。
でも、夜になっても皆を見つける事は出来なかった。
『皆、無事に逃げる事が出来たのだろうか?』
何の情報も無い、見つける事も出来ない、私達は不安で不安で堪らなかった。
私は、空を見上げた。
其処には、きらきらと輝く星々があった。
辛いはずなのに、苦しいはずなのに、久しぶりに見る星はとても美しかった。
落城して逃げている時は、『言葉』から逃れる為に見ていた星だったけれど、今はその星が私を落ち着かせてくれる。
私はこの頃から、少しずつ落ち着いて筆を執る事が出来るようになってきていた。
この星と同じ星を、家族も町の人達も見ているのかもしれない。
そう思うと、心が少しだけ楽になった。
_____________________________________
七月二十一日(9月7日)
「今日も、『本陣』からは進軍命令が出なかったな・・・」
「ああ・・・。
兎に角今日も身体を休めて、来る進軍に備えるしかないな・・・」
「何時になったら、進軍出来るのだろうか・・・」
見附にいる長岡藩兵は、鬱屈した思いで進軍命令を待っていた。
一方、『協同作戦』を行う予定の米沢藩兵も、長岡藩の進軍を今か今かと待ちわびていた。
『狩野鉄之助隊』『鈴木源五郎隊』は十二潟、川辺村に対する深田の前に銃列を敷き、『桐生源作隊』『大国大作隊』『大熊左登美隊』は土手に散開して攻撃の機会を伺っていた。
米沢藩上層部は不満を持ち始め、話し合った。
「長岡の町に、火の手は上がったか!?」
「雨が降っていて良く見えないが、まだのようだ・・・」
「長岡藩からの連絡は、無いのか?」
「まだのようだ・・・」
「早くしてもらわねば、こちらの身が持たぬ・・・。
昨夜からの雨で、兵の体温は奪われている・・・。
長引けば、いざと言う時に十分な働きが出来ぬ・・・」
「『大砲隊』が『新政府軍陣地』に向けて発砲したが、数倍の砲弾が返って来るだけだ・・・。
戦況は、全く変わっていない・・・」
「もしかしたら、襲撃が一日延びたのかもしれぬ・・・」
「そう判断するのは、早計かと・・・。
長岡藩から『使番』が来るまで、勝手に判断すべきではない・・・」
「しかし、もう申の半刻(午後五時頃)だ・・・。
今日の攻撃は無かろう・・・」
「兵の体力も、落ちている・・・。
せめて、兵糧を使うよう指示しよう・・・」
「兵糧を今使えば、戦の時に困るのでは?」
「今現在、兵達が苦しんでいる!!
今使わずに、何時使う!?
誰か!!
兵士達に、兵糧を使うよう指示しろ!!」
その半刻(約1時間)後、 米沢藩の大口村『陣地』に『伝令』が走って来た。
「間も無く、長岡藩兵が長岡城へ攻め込みます!!
大口村近辺に潜伏し、八丁沖に砲声が起こったら一斉に『新政府軍』へ砲撃願います!!!」
米沢藩兵の中に、緊張が走った。
皆、攻撃態勢に移った。
しかし、何時まで経っても長岡方面からは一向に砲声も銃声も聞こえて来なかった。
米沢藩兵は、不審に思った。
「攻撃は・・・まだなのか・・・?」
「『伝令』は、間も無くと言っていたが・・・」
米沢藩は怪訝に思いながらも、攻撃態勢を崩さず待機し続けた。
極度の緊張の中、情報も途絶え、寒さが身に堪え、兵士達の疲労は益々大きくなっていった。
夜、長岡藩から『伝令』が再び来た。
「此度の襲撃は、延期です!!」
それを聞いた米沢藩兵は一瞬にして緊張の糸が切れ、安心感と脱力感で崩れ落ちた。
慎重なのも良いけれど、時期を逸したら取り返しがつかなくなる事がある。
この攻撃延期が、後の米沢藩後援に影響を与える事となった。
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七月二十二日(9月8日)
この日は、青い空が広がっていた。
福井村と大黒村では『旧幕府軍』と『新政府軍』が日中問わず、毎日、銃撃戦を繰り広げていた。
多くの家が焼け落ち、木々も焼け焦げていた。
互いの兵士は、廃材や泥土で保塁を造って応戦した。
また雨の中で戦っていたので、火薬が湿って銃を発射出来なくなった。
銃が使えなくなった長岡藩兵の中には、そのまま『新政府軍』の保塁に突っ込む者もいた。
弾薬不足の為、村人が集めた使用済みの弾丸を買い、それを鋳つぶして使う事によって凌ぐしかなかった。
この村での惨状を聞いた『長岡藩本陣』は、守備交代の為に『銃卒』を中心とする『横田大介隊(元『牧野八左衛門隊』)』を福井村の『長岡藩陣地』に向かわせた。
『横田大介隊』は雨の中、午後六時に見附『本陣』を出発し、午後八時に村に着いた。
そして、保塁が散在している『西照寺』本堂に入った。
寺の本堂は荒れていたが、雨露を凌ぐ屋根はかろうじて残っていた。
横田大介様は変わり果てた本堂を見て、呟いた。
「どうしたのだ・・・!?
この有様は・・・!?」
ずっと福井村で戦っていた長岡藩兵は、疲れた表情のまま答えた。
「以前この本堂に大砲を据えて砲撃した事があり、このような有様になってしまいました・・・」
「本堂に・・・大砲を・・・」
「それしか、方法がなかったのです・・・」
「・・・」
神聖な本堂をこのような有様にせねばならない戦の悲惨さに、横田様は絶句した。
『これを見て、御仏はどのようにお感じになられるのだろうか』
そう思わずにはいられなかった。
すると、突然轟音が鳴った。
『ドォーーーーーン!!』
『ドォーーーーーン!!』
「何だ!?」
板戸を突き破って、突然、大小の砲弾が転がり込んで来た。
皆驚き、玄関や縁の下に隠れた。
板戸が激しく撒き散らされ、天井からも埃と塵と共に板が落ちて来た。
しばらくすると、再び大きな音が鳴った。
しかし、それはさっき聞いた音とは異なっていた。
『ゴーーーーーーン』
『ゴーーーーーーン』
『ゴーーーーーーン』
横田様は奇妙な、しかし聞き慣れた音を不思議に思った。
「・・・?
先程の音とは・・・違うな・・・?
何の音だ・・・?」
その問いに、ある長岡藩兵が答えた。
「砲弾が、寺の梵鐘に当たったのです。
銃弾も良く当たり、『カランコロン』と梵鐘を鳴らします」
「鐘の音・・・」
あの懐かしい鐘の音をこんな形で聞く事に、横田大介様は悲しみを覚えた。
「これが・・・『戦の音』・・・なのか・・・」
_____________________________________
七月二十三日(9月9日)
この日も、空に太陽が輝いていた。
継兄さんは三間市之進様、川島億次郎様、山本帯刀様、会津藩・佐川官兵衛様と共に、『長岡藩本陣』で作戦の再確認を行っていた。
その時、『新政府軍』に放っていた『間諜』が戻って来た。
「申し上げます!!
西郷吉之助らが六月十八日に柏崎に上陸し、与板を視察した後、帰京!!
京の『新政府』に、援軍を要請したようです!!
それを受け『新政府軍』約七千人と多くの軍需品が六隻の軍艦と共に、七月二十日に柏崎港、直江津港に入港した模様!!」
一同は、継兄さんの方を向いた。
継兄さんは、微かに笑みを浮かべながら叫んだ。
「薩長の兵隊、西郷吉之助らに『戦書(宣戦布告の文書)』を送れ!!!
日時を決し、戦いの雌雄を決しようぞ!!」
皆、継兄さんの意気込みに息を呑んだ。
山本様が、高揚した顔で継兄さんに言った。
「とうとう決戦の時が来たのですね!!!」
継兄さんは、にやりと笑って言った。
「ああ!!
≪八丁沖渡河作戦≫だ!!
更なる『間諜』を放って、対岸の『新政府軍』の情報を得よ!!
俺は、これから八丁沖の湖畔まで行く!!!」
「私達も、共に参ります!!」
三間様達も、同道を願い出た。
継兄さんは、満足そうに深く頷いた。
『本陣』を出ようとした継兄さんは立ち止まり、とても小さな声で呟いた。
その言葉を、偶々近くにいた小林乙三郎様は聞いた。
継兄さんは、こう呟いた。
「勝った者も、負けた者も、武士は大勢の百姓に負けてしまう・・・。
見苦しい事をせず、武士の絶えない内に潔く死んだら良かろう・・・」
「え・・・?」
それを聞いた小林様は、思わずそう呟いた。
その呟きで、継兄さんは小林様の存在に気付いた。
そして小林様の方を向いて悲しそうに微笑み、暗闇に消えて行った。
継兄さんは、武士として死ぬ事を望んでいた。
この戦で死ぬ事を覚悟し、死ぬ事を予感していたのだろう・・・。
いや。
この戦を始めた時から、継兄さんは生き残るつもりはなかったのかもしれない・・・。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
昼頃、各隊の隊長は『本陣』に集合した。
そして継兄さんは彼らの前で、『長岡城進撃』の軍令を発した。
「どんな事があっても、退いて生き残ってはならない!!
進んで、死すべし!!!」
諸隊長は、やっと進軍出来る喜びに沸いた。
「おおーーーーーーーーーー!!!」
それを見た継兄さんは満足そうに微笑み、続けた。
「進軍方法は、これから渡す地図で示す!!」
そう言って継兄さんは、進路を示しながら進軍を諸隊長に手配した。
諸隊長は、此処で初めて≪八丁沖渡河作戦≫の全貌を知った。
諸隊長は、叫んだ。
「先日の恥辱を雪ぐのは、正にこの時だ!!
城を回復する事が出来なければ、潔く皆、城下の土になろう!!!」
「おおーーーーーーーーーー!!!」
継兄さんは皆の意気に、喜びながら叫んだ。
「殿から、酒肴も賜っている!!!
我らに、力を与えて下さるだろう!!!」
それを聞いた諸隊長の目は、輝いた。
彼らの目は、生気に満ち溢れた。
「おお!!!
殿から酒肴を!!!
これで、百人力だ!!!」
「殿の為にも、必ずや城を取り戻そう!!!」
「我らが取り戻した城で、殿のご帰還をお待ちしよう!!」
諸隊長はお殿様から頂いたお酒を少量ずつ回し飲みし、固く決意した。
『必ず、城を奪還してみせる』
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
夕刻
各隊長から、他の長岡藩兵にも進軍命令が伝えられた。
「『本陣』から、進軍命令が出た!!!
明日の夜が、『決戦の日』である!!」
その言葉を聞いた長岡藩兵は、歓喜した。
皆、口々に叫んだ。
「おお!!!
とうとう、『決戦の日』が来たのか!!!」
「やっと我らの城を、取り戻せる!!」
「たとえ死んだとしても、城を取り戻せるのならば悔いはない!!」
「ああ!!!」
興奮する長岡藩兵に、各隊長が大声で叫んだ。
「静かに!!!
皆!!
聞け!!!
『本陣』から、通告がある!!!」
長岡藩兵は、静まり返った。
各隊長は皆を見回し、大声で叫んだ。
「潜行攻撃の際、たとえ味方が打ち倒されても構わず進め!!!
決して死骸を運ぼうと思わず、進軍せよ!!!
長岡藩領で、死ぬのだ!!
これ以上の幸せは無いと思え!!」
「おおーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
長岡藩兵は、歓喜した。
覚悟を、決める事が出来た。
城を取り戻す為に、自分達が『死ぬ覚悟』を。
各隊長は、続けた。
「『本陣』から、酒肴が送られて来ている!!
皆、明日の夜の決戦を思って、一同別れの宴を開こう!!」
それを聞いた長岡藩兵達は、口々に叫んだ。
「おおーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「今生の別れだ!!!
今日は、心ゆくまで飲もう!!」
「ああ!!」
「だが、飲み過ぎては戦いに支障がある!!
酒量は六、七分位にせねばな!!!」
「ああ!!!
そうだな!!!
ああ・・・!
そう言えば、『銃卒隊』は応援で各要地に出動しているのではなかったか!?
『銃卒隊』に早く進軍命令を知らせ、見附町に呼び寄せよう!!
そして、共に飲もう!!!」
「では、直ぐにでも福井村にいる『横田大助隊』や『河井平吉隊』にも知らせねばな!!」
直ぐに、『銃卒隊』が見附町に来るよう手配した。
そして、各兵達は隊舎を離れ、親兄弟や知人と集まって最期の盃を交わした。
『最期の宴に、なるかもしれない』
そう思って、皆この一時を楽しんだ。
剣舞を舞う者や、詩を吟ずる者などもいた。
また、長く苦しかった戦を思い出し、嘆く者や喚く者もいた。
私は喜び、そして悲しんでいる長岡藩兵を眺めていた。
私はこの時、ある『決意』を秘めながら其処に立っていた。
その時、後ろから声を掛けられた。
「姉上・・・」
振り返ると、其処には身綺麗にした團一郎が立っていた。
團一郎は、笑みを浮かべていた。
私は團一郎の姿を眩しそうに眺め、呟いた。
「團一郎・・・」
すると團一郎は私に近づき、私の隣に立った。
そして、一緒に宴を眺めながら言った。
「やっと、私達の城を・・・故郷を・・・取り戻せますね・・・」
私も宴の方へ目を向け、宴を眺めながら答えた。
「うん・・・」
そして、私は團一郎に自分の『決意』を言おうと思った。
私は團一郎から目を逸らしながら、言った。
「團一郎・・・。
私・・・」
すると、團一郎は真っ直ぐ私を見つめながら言った。
「『作戦部隊』に、姉上も付いて行くつもりなのでしょう?」
私は驚き、團一郎の方を振り向いた。
團一郎は、笑っていた。
そして、團一郎は続けた。
「姉上の事だから、そう言うと思っていました」
「・・・反対・・・しないの・・・?」
「反対しても、姉上の事だからどうせ聞かないのでしょう?」
「・・・」
「それに私が反対したが為に、黙って『作戦部隊』に付いて行かれてしまう事の方が困りますから」
「・・・」
「私は兄上の分まで姉上の傍にいて、姉上を守ると決めたのです」
「・・・團一郎・・・」
私は、涙が溢れ出て来た。
「姉上・・・」
「私は、この戦をこの目で見て、この耳で聞かなければならない」
「・・・」
「私は、もう二度とこんな戦をしない為に、戦の悲惨さを伝える為に、書き遺さなければならない」
「・・・」
「だから・・・。
だからこそ・・・私も、この作戦が遂行される場に、お城が燃やされる場に、居なければならない・・・。
だけど・・・」
團一郎はじっと私の顔を見つめ、私の言葉を待った。
私は涙を拭きながら、続けた。
「だけど・・・私は、迷っている・・・」
「・・・」
「『作戦部隊』に付いて行く事に、迷っているのでは無い・・・。
この事を書き遺すべきかどうかを、迷っている・・・」
「・・・」
「私は、この作戦が
本当に『正しい事』
なのか・・・分からない・・・」
「・・・」
「故郷を取り戻す為には、私達はこれから故郷を燃やさなければならない・・・」
「・・・」
「松江様は
『『鬼』となって何もかもを犠牲にしなければ、この戦には勝つ事は出来ない。
それ程の覚悟と犠牲が無ければ、この戦に勝つ事は出来ない』
とおっしゃっていた。
それは、何となく理解出来る・・・。
この作戦でなければ、そうまでしなければ、故郷を取り戻す事が出来ないのかもしれない・・・。
でも、その為に、また人が・・・町が・・・焼かれる・・・。
人が、町が・・・苦しむ・・・」
「・・・」
「勝つ為には、本当に『それ』しかないのだろうか・・・?
本当に、それで『良い』のだろうか・・・?
多くの犠牲を出してまで、故郷を取り戻さなければならないのだろうか・・・?
私には・・・分からない・・・」
「・・・」
「私が今、
『何故、何の為に、涙を流しているのか』
も、私自身・・・分からない・・・」
「・・・」
「今までは、沢山の人々が殺され、町が燃やされ、お城が奪われ、悔しくて、悲しくて、恐ろしくて、辛くて、悔んで、何度も何度も泣いた・・・。
でも、今流しているこの涙は・・・今までのものとは・・・何かが『違う』・・・」
「・・・」
「何かが『違う』・・・。
でも、何が『違う』
のかは分からない・・・」
「・・・」
「この涙が、故郷を取り戻せる『喜び』の為に流れているのか・・・。
その故郷を燃やそうとする自分達の『罪深さ』の為に流れているのか・・・。
これから自分達が行おうとしている『恐ろしさ』の為に流れているのか・・・。
人々に憎まれる事が『辛い』から流れているのか・・・。
全てがなくなる事が『悲しい』から流れているのか・・・。
私には・・・分からない・・・」
「・・・」
「私は、『作戦部隊』に付いて行くと決めた・・・。
それは、自分の『役割』を果たす為だ・・・。
長岡藩の『生き様』を伝える為に、私は付いて行くのだ・・・。
でもその『生き様』は、本当に『正しい事』なのだろうか・・・?
勝つ為に長岡の町を燃やすと言う長岡藩兵の『生き様』は、
本当に『正しい事』
なのだろうか・・・?
それを私は、
『伝えて良い』
のだろうか・・・?
それを私は、
『伝えるべき』
なのだろうか・・・?」
「・・・」
「今の私の本当の気持ちは、
『故郷を取り戻したい』
でも、
『故郷を燃やしたくない』
『犠牲を出さずに、故郷を取り戻したい』・・・」
すると團一郎は、私の目を見つめながら力強く答えた。
「犠牲なくして、故郷を取り戻す事は出来ません」
「・・・」
「私達は『長岡藩・軍事総督』である河井様に従い、町を燃やす事に同意したのです。
私達は勝つ為に、他のあらゆるものを犠牲にすると決意したのです。
それが『許されざる事』だと分かっていながら、私達は作戦を遂行すると決定したのです。
それを変える事は、最早出来ません」
「・・・」
「私達がこれから行う作戦自体が、私達、長岡藩の『生き様』です」
「・・・」
「私達は犠牲よりも、故郷を取り戻す事を選びました。
それは、紛れもない『事実』です。
この『事実』を、消す事は出来ません。
この『事実』を、隠す事は出来ません。
私達自身も、隠そうとは思っていません」
「・・・」
「だから姉上はただ、自分が見て、自分が感じた事を、ありのまま書き残せば良いのです」
「・・・」
「私達の行いが『正しかった』のか『間違っていたのか』を判断するのは、後世の人々に委ねるしかありません」
「・・・」
「後世の人々が、私達の『生き様』を『正しかった』と考えるのか、『間違っていた』と考えるのか、私には分かりません」
「・・・」
「後世の人々の中には、私達の行いは『正しかった』と考える人もいるでしょう」
「・・・」
「後世の人の中には、私達の行いを『間違っていた』と考える人もいるでしょう」
「・・・」
「『立場』が違えば、『考え方』も違います。
『時代』が違えば、『感じ方』も違います」
「・・・」
「何が本当は『正しい事』なのか、『間違っている事』なのか、私にも分かりません」
「・・・」
「もしかしたら後世の人々にも、その『答え』を出す事は出来ないのかもしれない」
「・・・」
「私は、姉上の書き残したものを読んで、後世の人々が戦などしてはならないと思ってくれる事が、何よりも重要だと思います」
「・・・」
「戦が無残なものだと伝える事こそが、姉上の『役割』だと思っています」
すると、團一郎は私の目を真っ直ぐ見据え、はっきりとした声で言った。
「『正しい事』なのか、『間違っている事』なのかを考えても、今は意味がありません。
姉上は、ありのままの『事実』を、書き残せば良いのです。
たとえそれが、長岡藩の名誉を傷つける事になろうとも・・・」
「・・・」
「ただ・・・」
「・・・」
團一郎は、少し下に視線を移しながら続けた。
「ただ・・・私達は・・・これだけは・・・『遺したい』・・・と思っています・・・。
この作戦が、決して私利私欲の為では無い事を・・・」
「・・・」
「勿論、私利私欲の為でなければ、何をしても良いと言う訳ではありません」
「・・・」
「ただ私達は、『今の犠牲』よりも『後世の誇り』を選んだのだと言う事だけは、知っていてもらいたいのです」
「・・・」
「後世の人々が『誇りを持って生きる事』が出来る道を示す為に、私達は『故郷を燃やす事』を選んだと言う事だけは遺したいのです」
それを聞いて、私は松江様の言葉を思い出した。
『河井殿はこの『正しい道』、つまり『この世の理』を守る為に、『この世の理』を後世の人々に伝える為に、どんな犠牲を払ってでも戦い、勝つと決意したのだろう・・・』
團一郎は、続けた。
「『多くの犠牲を出して、故郷を燃やした』。
それは、『事実』として残るでしょう。
しかし、もしこの『事実』だけが遺れば、後世の人々は私達を故郷を取り戻す為『だけ』に、ただ武士の意地の為『だけ』に戦ったと思うはずです」
「・・・」
「私達は、その『事実』のみを遺したくないのです」
「・・・」
「姉上には戦の『事実』だけでなく、この『戦の真実』を、我々の『生き様』を書き残してもらいたいのです」
「『戦の真実』と『生き様』・・・」
「『何故、何の為に、私達が町を燃やしたのか』
『何の為に、私達が戦ったのか』
その『目』で見て、その『耳』で聞いて、書き残してもらいたいのです」
「・・・」
「姉上が多くの『事実』を、『真実』を、『生き様』を書き残してくれれば、後世の人々が、『誇りを持って生きる事が出来る一つの道』を残す事になると私は思います」
「・・・」
「後世の人々の為にも、書き残して下さい・・・。
姉上・・・」
「・・・」
私は故郷を燃やす事を・・・やはり・・・受け入れられない。
でも作戦は、もう決定している。
私の思いなど、最早関係ない。
ならば、私は自分の『役割』を果たすのみだ。
私は、ありのままの戦の『事実』を、『真実』を、長岡藩の『生き様』を書き遺さなければならないのだ。
後世の人々へ伝えるべき『言葉を遺す事』が、私の『役割』なのだ。
私は、團一郎に向かって呟いた。
「分かった・・・」
私の言葉を聞いて、團一郎は少し微笑んだ。
そして、團一郎は宴の方へ再び目を向けた。
長岡藩兵達は嬉しそうに酒を酌み交わし、踊っていた。
團一郎はそれを見つめながら、呟いた。
「これから・・・姉上も、私達も・・・今まで見てきた以上の、更に多くの犠牲を目の当たりにするでしょう・・・」
「・・・」
「でも、それを私達は選んだのです」
「・・・」
「私達が町を燃やすと言う事を選んだ以上、その罪は、私達長岡藩兵皆がこれから背負わなければなりません」
「・・・」
「その罪を、私達は背負い続ける覚悟があります」
「・・・」
「その覚悟を以て、私達は故郷を取り戻す為に故郷に火を掛けるのです・・・!!」
そう言うと、團一郎は拳を強く握った。
それを見て、私は思った。
『團一郎も本当は、自分の故郷を燃やす事に躊躇っているのではないか・・・?
でも、その感情を殺して團一郎は故郷を燃やす事を決意した』
私はふと、宴を楽しんでいる長岡藩兵達を見た。
もしかしたら、この人達も團一郎と同じ思いなのかもしれない。
故郷を燃やしたくない。
でも、燃やさなければならない。
継兄さんは、『鬼』になる事を選んだ。
そしてこの人達も、継兄さんと共に『鬼』になる事を選んだのかもしれない・・・。
私が宴を見つめていると、團一郎は私の手を取り、優しい目をしながら言った。
「さあ。
私達も、一口お酒を頂きに行きましょう」
「・・・うん」
私達が宴に参加しようとすると、一人の米沢藩兵が私達に近づいて来て、尋ねた。
「どうしたのだ?
何の騒ぎだ?」
大声で叫び、興奮している長岡藩兵の声を聞き、多くの米沢藩兵や会津藩兵が見物しに来たのだった。
團一郎は、姿勢を正して答えた。
「やっと、出陣命令が出たのです!!!」
米沢藩兵は一瞬息を呑み、力強い声で言った。
「そうか・・・。
とうとう・・・!!
・・・長岡藩兵の士気は、揚がっている!!!
これなら、単なる寄せ集め部隊である『新政府軍』に勝てるだろう!!」
嬉しそうに別れの盃を酌み交わす長岡藩兵を見つめながら、米沢藩兵はそう言った。
米沢藩兵達はその後、何かを決意したかのように宴を見つめ続けていた。
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栃尾山中でも進軍命令がもたらされ、各々が宴を開いた。
初秋であったので、月の光は陣屋に照らされ美しく輝き、山は高く大きく感じられた。
蜂火を揚げ、酒を飲み、樽を叩き、当時流行の『なんちゃい節』や『越後甚句』などを謡った。
また宿陣地に戻ると、『お盆』と言う事もあって棚を飾り、亡くなった人達を弔った。
そして村の若者を集めて共に酒を飲み、三味線を弾き、踊った。
小野塚喜平次様の実弟・小野塚喜三次様も、月を眺めながら呟いた。
「故郷を離れて、随分経つ・・・。
弾丸の音を毎日聞き、殿を故郷に迎える事も出来ず、悶々と過ごしていた・・・。
六月に落城し、殿を故郷に奉ずると言う『志』も果たす事が出来なかった。
だが、やっと・・・。
やっと、殿の為にこの命を捧げる事が出来る・・・。
たとえこの身が倒れてこの屍が野辺に晒されようとも、故郷を取り戻す為ならば本望だ・・・。
だが、必ず一矢報いて死んでみせる・・・!!!」
小野塚様は、月に誓いを立てた。
月の光は小野塚様を包み、まるで小野様自身から光が発せられているようだった。
長岡藩兵のほとんどが、小野塚様と同じ気持ちであったに違いない。
故郷を取り戻す為の進軍が、始まろうとしていた。




