三つの花 『六.シロ』
慶応二年(1866年) 水無月(6月)
六助が、私を山菜採りに連れて行ってくれた。
と言うか、無理矢理連れて行ってもらった。
私は一度も自分で山菜を採った事がなかったので、一度行ってみたかった。
私達は、山に着いた。
山にはまだ雪が残っていて、少し肌寒かった。
「六助。
これは、薇?」
私はしゃがみ込み、土に生えている、先がクルンと丸まった山菜を指差した。
丸まった部分が『銭』のようで、『銭を巻く』から『ぜんまい』と言うようになったと、誰かに聞いた事があった。
六助は少し腰を落として私が指差す薇を覗き込み、嬉しそうに言った。
「はい。
そうですね」
「この薇を、採っても良い?」
「はい。
ではまず、雌薇を採りましょう。
雄薇は、採ってはいけません」
「雌薇?
雄薇?」
六助は私の隣にしゃがみ込み、薇の葉を指差しながら説明をしてくれた。
「中央の葉が細かく切れているものが、雄薇です。
それ以外が、雌薇です」
「どうして、雄薇を採ってはいけないの?」
「雄薇を全て採ってしまったら株が死んでしまい、翌年から薇が出来なくなってしまうからです」
「では、雌薇は全て採っても良いの?」
「駄目です。
人間も動物も雄だけでは生きていけないように、植物も雌雄が必要なのです。
だから、雌薇も一、二本残さなければいけません」
「へえ・・・。
分かった」
「下の、柔らかい部分を折るように採って下さい」
「うん」
私は、雌薇の柔らかい部分を探した。
そして柔らかい部分を見つけると、優しく折った。
雌薇は、簡単に採れた。
「採れた!!」
私は、採った雌薇を六助に見せた。
「きれいに採れましたね」
「うん」
「では、もう少し薇を採ってから、次は山独活も採りましょう」
「うん」
私達は夢中になって、一刻(約2時間)も山菜を採り続けた。
薇や山独活の他にも、片栗やこごめ、木の芽が沢山採れた。
帰ったら母上に、『お浸し』や『よごし(胡麻和え)』にしてもらおう。
私は
『自分で採った山菜は、特に美味しいだろうな・・・』
と思った。
お夕飯が、楽しみだ。
「ゆきさま。
もうそろそろ帰りましょうか?」
「うん」
「あ。
そうだ。
ゆきさま。
この山にはとても『きれいな所』があるのですが、そちらを通って帰りましょうか?」
「『綺麗な所』・・・?
うん!
行きたい!!」
私は六助の後に付いて、道の無い所を入って行った。
しばらく歩くと突然、木賊色(濃い緑)、白緑、緑青、千歳緑(濃く暗い緑)、萌黄・・・様々な緑色の木々が目の前に広がった。
其処は、とても『綺麗な所』だった。
長岡に、こんな綺麗な緑色の所があったなんて・・・。
見上げると、緑色の間に雲一つない、紫みの薄い青い空があった。
澄んだ空気が、周りを包んでいた。
鳥のさえずりや、虫の声も聞こえて来た。
この場所だけが、『神域』のようだった。
六助は、空を見上げながら言った。
「『自然』の中にいると、私たちはずっと『自然』と共に生き、『自然』に生かされているのだと思います」
「『自然』に、生かされている?」
「私たち人間は、『自然』から食べ物や薬、水を与えられ、四季の美しさを感じ、動植物や『自然』の機能から知識を得てきました。
本当に多くのものを『自然』から与えられ、教わり、学び、生かし、生かされ、私たちは『自然』と共に生きてきました」
「・・・」
六助は、続けた。
「ただ、その『自然』は『無限』ではありません。
私たちが『自然』から与えられたままでは、『自然』は無くなってしまいます。
私たちが『自然』を蔑ろにすれば、『自然』は怒ります。
『自然』から与えられたものを、『恩』を、私たちは返さなければなりません。
木を伐ったのなら、植林しなければなりません。
水を大切にしなければ、植物は育ちません。
木や水を人が汚せば、動物も生きていくことが出来ません。
私たち人はこれからも『自然』を大切に守り、『自然』から守られ、一緒に生きていかなければなりません。
さっき薇を残したのも、その為ですよ。
私たちは、『自然』を大切にしなければなりません・・・」
私は『自然』の中で語る六助をじっと見ながら、作助さんの事を思い出した。
『自然と一緒に生きる』
作助さんも、同じ事を言っていた。
六助も作助さんも、実際に自分の目で『自然』を見て、経験しているからこそ分かるのだ。
感じる事が、出来るのだ。
考える事が、出来るのだ。
『自然』を、大切にしなければならないと言う事を・・・。
その『理由』も・・・。
六助は町中に住んでいるけれど、時々こうやって私達の為に山菜を採りに山に入っている。
だから、『自然』を私達よりも身近に感じる事が出来る。
『自然』の『素晴らしさ』は、実際に自分の目で見て、感じなければ知る事は出来ない。
六助や作助さんのような人達が、長岡には
いえ。
日本には、沢山いる。
これこそ継兄さんが思い描く日本に、これからの日本に必要な人達になるのではないかと思った。
こういった人達の意見を、もっと上の人達が取り入れるべきなのだ。
六助達のように自分達が経験した事を実践出来るような人が、これからの日本に必要なのではないかと思った。
しばらく六助と一緒に『自然』を眺めていると、小さくか細い鳴き声が何処からか聞こえて来た。
「きゃん・・・」
それは、犬の鳴き声のようだった。
「きゃん・・・きゃん・・・きゃん・・・」
私と六助は、顔を見合わせた。
私は、六助に確認するように聞いた。
「犬の・・・鳴き声・・・?」
六助は、犬の鳴き声のする方を探しながら言った。
「おそらく・・・あ!!
あちらから、声が聞こえます!!」
六助が、走り出した。
私は足の速い六助を見失わないように、六助の後を必死に走って付いて行った。
「あ!!
いました!!
ゆきさま!!」
六助が立ち止まり、ある木の下を指差しながら言った。
そして、六助はその木を目指して再び走り出した。
私もぜいぜい言いながら六助の後を走り、やっと六助が立つ木の下に着いた。
木の下を見ると、横たわっている大きな白い犬と、その傍に両の手の平に入るくらいの子犬がいた。
「これは・・・」
私は、言葉を失った。
大きな白い犬は、血だらけだった。
足罠に掛かって、逃げようと踠いたのかもしれない。
私はその犬の傍に座り、撫でてみた。
その犬は、もう既に冷たかった・・・。
その犬は、もう既に死んでいた・・・。
六助は、悲しそうな声で呟いた。
「いのしし用の足わなに、誤って掛かってしまったのでしょう・・・。
かわいそうに・・・。
もしかしたら、この犬は子犬の母親・・・かもしれません・・・」
「お母さん・・・」
私は大きな白い犬を見て、呟いた。
そして、母犬の傍にいる子犬を見た。
少し泥で汚れていたけれど、母犬と同じ真っ白い犬のように思われた。
子犬は、とても弱っていた。
身体が冷えているのか、小刻みに震えていた。
私はその子犬をそっと抱き上げ、少しでも暖まるように腕に包んで抱いた。
しかし、その子犬は私の腕から逃れようと暴れた。
そして暴れた子犬は私の手から飛び降り、母犬の傍に近づいてその冷たい体をペロペロ舐め始めた。
母犬を、温めようとしているのだろうか?
母犬に、
『早く起きてもらいたい』
と思っているのだろうか?
子犬は、必死になってペロペロ舐め続けた。
私は、子犬の周りを見回した。
母犬以外の犬は、周りには見当たらなかった。
もしかしたら、母子だけで生きて来たのかもしれない・・・。
この子犬は、『ひとり』になってしまったのかもしれない・・・。
六助が、子犬と母犬を見つめながら心配そうに言った。
「この子犬がここに居続ければ、他の野犬に食べられるかもしれません。
近くに、父親もいないようですし・・・」
私は、その言葉に驚いた。
『此処に居ては、子犬も食べられてしまう・・・?』
私は、想像した。
それは、『考えたくもない光景』だった。
私は、呟いた。
その言葉は、自然と出て来た言葉だった。
「私・・・この子犬を飼おうと思う・・・」
「え?」
六助は少し戸惑ったけれど、私は構わず言った。
「私は犬を飼った事もないし、私の家は決して裕福ではないけれど・・・。
でも、この子犬が死んでしまうと分かっているのに、見殺しにするなんて出来ない・・・。
継兄さんは、
『弱い者は、どんな事があっても助けろ』
と言った。
だから、私は子犬を助けなければならない。
それに、この子犬はまだ生きる事が出来る。
生きようとしている。
生きようとしているこの子犬を見殺しにしたら、きっと私は後悔すると思う・・・。
この子犬は、必死に誰かを呼んでいたのだと思う。
『助けて』
『生きたい』
と、叫んでいたのだと思う。
だから、私はそれに応えなければいけない・・・と思う・・・」
私の言葉を聞いた六助は、深い溜息をついた。
そして、少し諦めたように言った。
「・・・私がゆきさまのご意志に、どうこう言うつもりはありません。
しかし家で飼う以上、しっかりとご家族のみなさまに理由を伝え、納得して頂く必要があります。
可哀想だからと言う『一時的な哀れみ』の感情だけでは、飼うことを許しては下さらないでしょう。
それに、犬を飼うことは簡単ではありません。
町中にいる犬はきちんと躾がされていないせいか、凶暴で、時には人を噛みます。
この子犬を育てると決めた以上、ゆき様にはこの子犬をきちんと躾て、丈夫に育てる『義務』があります。
そして、この子犬を守り抜く『責任』があります。
その『覚悟』があるのなら、私は反対するつもりはありません」
淡々と話す六助の言葉に私は少し自分の甘さに気付いたけれど、でも、そのおかげでこの子犬をきちんと育てる『覚悟』が出来たような気がした。
『義務』と『責任』をもって、子犬を飼う『覚悟』を・・・。
私は子犬を優しく撫でながら、堂々と言った。
「大丈夫!
六助!
きっと、私がこの子犬を育ててみせる!」
すると六助は、にっこりと笑ってくれた。
「では、私はお止め致しません」
「うん!!」
私は六助と一緒に母犬を埋めた後、子犬を抱いて家に戻った。
私は六助に子犬と山菜を預け、家族に大事な話があるので、私の部屋に集まって欲しいと伝えた。
六助に洗ってもらって真っ白になった子犬を抱きながら、私は家族を待った。
しばらくして、家族が一人ずつ入って来た。
皆部屋に入って来ると、私の腕の中にいる子犬を見て一瞬驚いて立ち止まった。
しかし直ぐに私の言わんとしている事を皆察したのか、何も聞かず黙って座った。
皆が集まると、私は子犬を少し強く抱きしめながら言った。
『母犬が罠に掛かって死んでしまい、この子犬には他に親がいないようだった』
『このままだと子犬は、野犬に食べられてしまうかもしれない』
『この子犬を、見殺しにする事は自分には出来ない』
『子犬を見殺しにしたら、きっと後悔する』
『弱い者は、必ず助けなければならないと、継兄さんも言っていた』
『自分の分のご飯を、この子犬に分けるつもりだ』
『自分が責任を持って子犬を育て、躾け、守る』
そして最後に、
『この子犬を飼わせて欲しい』
と言って頭を下げた。
私が言い終わると、沈黙が続いた。
そして、一人ずつ答えた。
父上は、諦めた顔で言った。
「ゆきがそう決めたのなら、飼っても良い。
その代わり、しっかりと育てなさい」
お祖父様は、うっとりとした顔で言った。
「白くて、綺麗な犬だな・・・」
お祖母様は、嬉しそうな顔で言った。
「孫が、増えますね・・・」
母上は、少し厳しい顔で言った。
「食材に、それほど余裕はありませんよ。
貴方が言ったように、貴方のご飯を少し分けますからね」
偶々廊下で会って私の部屋に来てくれた兄上も、興味深い顔で言った。
「家族が増えるな・・・。
楽しくなるな・・・」
團一郎が、目を輝かせて言った。
「私も、子犬の世話をしたいです!」
私は思っていた以上に簡単に子犬を飼う事を許され、驚いた。
嬉しくて、涙が出そうになった。
そして涙をこらえながら畳に額が付く位、皆に深く頭を下げて言った。
「有難う・・・ございます・・・」
しばらくして、團一郎が頭を下げ続ける私に聞いた。
「姉上。
子犬の名前は、もう決めたのですか?」
私は顔を上げ、團一郎の方を向いた。
そして子犬を撫でながら、帰る途中で決めた子犬の名前を誇らしげに言った。
「『シロ』!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が、続いた。
そして、 全員が微妙で気の毒そうな目で『シロ』を見た。
『かわいそう・・・』
そんな目だった。
私の名付け方に、問題があるような目だった。
私は、少し不安になった。
その時、元気な鳴き声が腕の中から聞こえた。
「きゃん!!」
『シロ』の、元気な鳴き声だった。
『シロ』がその名前を気に入ったのかどうかは分からないけれど、とても嬉しそうにしっぽを振りながら再び鳴いた。
「きゃんきゃんきゃん!!!」
『シロ』は一生懸命、力いっぱい鳴いた。
そんな『シロ』を、私は強く強く抱きしめた。
私は、
『母犬の代わりに、私が『シロ』を大切に育てなければならない』
と心に固く誓った。
『シロ』は、鳴き続けた。
「きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!!!!!」
『シロ』は、これから私達と一緒に生きていく。
私は、もっともっと強く『シロ』を抱きしめた。




