二つの花 『九.職人』
慶応元年(1865年) 長月(9月)
まだ暑さが残る頃、私は六助に連れられて、ある職人の許へ行った。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
昨日、六助が長年使っていた『のみ(刃の付いた地金部分と柄で出来ている細長い工具)』の刃先が少し欠けてしまった。
それを見ていた私は、『のみ』を買い替えなければいけないと思った。
六助はその『のみ』を何十年も使っていて、柄の部分も少し劣化していた。
私は
『ここまで使ってもらえれば、『のみ』も本望だろう』
と思った。
だから、私は『のみ』のお墓を作ろうとしゃがんで地面を掘り始めた。
それを見ていた六助は、言った。
「ゆきさま。
一体、何をなさっておられるのですか?」
私は、地面を掘り続けながら言った。
「『のみ』のお墓を作っているの」
六助は目を丸くして、大きな声で笑い出した。
「はははははは!!
『のみ』のお墓は、必要ありませんよ」
「?」
六助は私の隣にしゃがみ、私に刃の欠けた『のみ』を見せながら言った。
「この『のみ』は、まだ『生きています』」
「まだ『生きている』?」
「はい。
この『のみ』は、怪我をしているだけです。
だから、この怪我を治しに、六助は明日『のみ』を医者へ連れて行きます」
「治す?
医者?」
「はい。
ですから、墓を作る必要はありませんよ」
「・・・」
私は、しばらく考えた。
そして、ある事を思いつき言った。
「私も、『のみ』のお医者様の所へ一緒に行きたい!」
六助は『しまった』と言う顔をして、おどおどし始めた。
「ゆき様を、そそそ・・・そのような所へお連れすることは出来ません!」
六助は、頑なに拒否した。
「でも、お医者様の所でしょう?」
と私が言うと、しどろもどろになりながらごにょごにょ言った。
「いや・・・。
そうですが・・・。
ごにょごにょ・・・」
私はそんな六助の姿を見て、
『これなら、行ける』
と思った。
実を言うと、私は途中から『のみ』のお医者様が『鍛冶職人』の事だと分かっていた。
六助に『鍛冶職人』の所へ連れて行ってもらおうと思って、知らない『ふり』をした。
六助の事を騙すなんて我ながら性格が悪いとは思ったけれど(継兄さんの影響だから仕方がない)、『鍛冶職人』の職人技と言うものを実際に間近で見たかった。
私は一度だけ、内緒で、一人で鍛冶場へ行ってみた事があった。
が、中には入らなかった。
中に入る勇気もなかったし、邪魔をしてはいけないとも思ったからだ。
だからその時は、薄暗い中の様子を遠くから見る事しか出来なかった。
皆、真剣で、汗をびっしょりかきながら、何かを叩いているようだった。
薄暗い所で橙色に光る火花が飛び散る様は、とても綺麗だった。
『カ――ン』
『カ――ン』
と言う高い金属音は、汚れを洗い流してくれるような美しい音色だった。
私は鍛冶場で感じたものを、ずっと忘れられなかった。
とても、美しかった・・・。
次の日、つまり今日、私は六助を門の前で待ち伏せした。
六助は、私に内緒で黙って『鍛冶職人』の所へ行こうとすると思ったから。
六助は足が早いから、逃げられたら私は追いつけない。
私は六助を逃がさない為に、あらかじめ『二重八の字結び』をした紐を用意した。
『二重八の字結び』とは紐を二重にして輪を作り、尚且つ結びを二重にする事によって強度を増した『紐』の結び方である。
私はしばらく門で待ち、門を通り過ぎようとした六助の背後から六助の右手をとり、緩んだ紐の輪っかを六助の右手首に通した。
そして右手首に通した紐をきつく締め、今度は自分の左手首にその紐の反対側の端をぐるぐる巻きに巻いて、きつく結んだ。
六助の右手首と私の左手首は、繋がった。
六助は驚き、紐を解こうともがいたが、左手ではうまく解けなかった。
六助はしばらく抵抗したが、とうとう諦め、私を『鍛冶職人』の許へ連れて行くと約束してくれた。
四半刻(約30分)後、私達は『鍛冶職人』が沢山住んでいる鍛冶町に着いた。
六助は、ある鍛冶場の前に立ち止まった。
外からはあの時のように薄暗くて中が良く見えなかったけれど、以前私が見たきらきら光る火花と
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
と鳴る音色があった。
「定吉ー。
いるかー?」
六助は、大声で職人の名前を呼んだ。
奥から、大きな体をした上半身裸の人がゆっくりと歩いて来た。
中から出て来た定吉さんは私を一瞥しただけで、特に何も聞こうとはしなかった。
そして六助の方を向き、言った。
「六助。
何の用だ?」
定吉さんは、無表情のまま答えた。
定吉さんの顔も、体も、着物も、手も、爪も、足も黒く汚れていた。
定吉さんの手は、大きくてゴツゴツしていた。
定吉さんは自分の顔についた大きな汗の粒と汚れを、自分の腕で拭いた。
定吉さんが近づいて来たら、汗のにおいがした。
でも、私はその汗を『くさい』とは思わなかった。
六助が、『のみ』を差し出しながら定吉さんに言った。
「『のみ』の刃先が、欠けた。
研いでくれ」
定吉さんは六助から『のみ』を受け取ると、色々な角度でその『のみ』の刃をじっくり観察した。
「待っていろ。
これくらいの欠けなら、すぐに直る」
奥に入ろうとする定吉さんの後を、私はついて行こうとした。
すると、左腕が引っ張られた。
六助と私を繋いだ紐が、私の邪魔をした。
六助を引き留めていた紐が、今度は私を縛る『枷』になった。
六助は、頑として動こうとしなかった。
「だめです。
ゆきさま」
小声で、六助が私を嗜めた。
折角、此処まで来たのに・・・。
私は、六助と奥に消えて行こうとする定吉さんを交互に見た。
その様子に気付いたのか、定吉さんは立ち止まり、私に声を掛けてくれた。
「見たいのか?」
私は、透かさず言った。
「はい!!!」
「なら、来ればいい」
「はい!!!」
私は、興奮して答えた。
六助ははじめ困惑した顔をしたけれど、諦めたように奥に入る私について来た。
今度は、私がその紐を引っ張った。
中はとても暑く、蒸し蒸ししていた。
定吉さんは炉(火を燃やす設備)の前に立つと、炉から三尺(約1メートル)ほど離れた場所を指して私達に言った。
「そこから先には、入るなよ。
危険だ」
「はい」
私達二人は、定吉さんに示された所で止まった。
すると一人の職人さんが私達の目の前を通り過ぎ、炉の前に座って何かを熱し始めた。
私は興味を持ち、定吉さんに聞いた。
「この方は、何をしていらっしゃるのですか?」
「『地金焼』だ」
「『じがねやき』?」
「加熱することによって、鉄などの地金つまり金属塊を柔らかくし、加工し易くする」
「へえ・・・。
どれくらい熱すれば、良いのですか?」
「さあ・・・。
いつも同じとは限らないからな・・・」
「では、どうやって見極めているのですか?」
定吉さんは、炉をじっと眺めながら言った。
「そうだな・・・。
あえて言うのなら、経験と勘だな・・・」
「経験と勘・・・」
『答え』のような、『答え』ではないような・・・。
つまり、
『造り続けた人にしか分からない』
と言う事なのだろう・・・。
次に職人さんは炉から真っ赤になった地金を取り出し、鉄のような硬そうな台の上に置いた。
すると、その職人さんは金槌で地金を強く叩き始めた。
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
火花が、散った。
とても、熱そうだった。
私は、定吉さんに少し大きな声で質問した。
「地金がまだ赤くて熱そうですが、大丈夫ですか?
火花で、火傷しませんか?」
定吉さんは、職人さんの手元を見ながら答えた。
「地金は、熱いうちに叩かなければならない。
熱いうちでないと、形を造ることが出来ないからだ。
叩いて形を造るのは小さな地金を大きく伸ばす為だけでなく、丈夫な地金へと鍛え上げる為でもある。
金属は繰り返し叩くと、強度が増す。
これを、『鍛造』と言う。
子供の『しつけ』もそうだ。
小さい頃からしっかりと『しつけ』、鍛えなければならない。
だから多少熱くとも、火傷しようとも、やらなければならない」
「なるほど・・・」
私は、感心して言った。
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
職人さんはたっぷりの汗をかきながら、しばらく作業を続けた。
その後、職人さんは再び地金を炉に入れた。
そして熱せられた地金に切り込みを入れ、切り込まれた部分に他の金属を入れた。
その金属も、もう既に熱せられて赤くなっていた。
私は、質問した。
「職人さんは、何をしているのですか?」
定吉さんが、答えてくれた。
「硬い鋼を、地金に差し込んだのだ。
これを、『割り込み』と言う。
この『割り込み』によって地金がより強く、硬くなる。
そして、切れ味も段違いに良くなる」
私はその説明を聞きながら、職人さんの動きを食い入るように見ていた。
職人さんは再び炉から地金を離し、台の上に真っ赤な地金を置き、叩き始めた。
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
『カ――ン』
二つの金属が、一つになっていった。
もう、切れ目も目立たなくなっていた。
職人さんは
『カ――ン』
『カ――ン』
と鳴らしながら、火花を散らし続けた。
私は初めて火花を見た、あの時の感動を思い出した。
あの時と変わらず、火花はとても綺麗だった。
金属は、次第に形造られていった。
それは、何となく包丁の形になっていった。
定吉さんは、その後の工程を説明してくれた。
「この後再び炉に戻して、包丁の『中子(柄に差し込む部分)』を叩いて造ったり、全体の形を整えたりを繰り返す。
そして、『焼き鈍し』に入る」
「『やきなまし』?」
「『焼き鈍し』とは、熱せられた地金をゆっくり冷やす処理だ。
これにより、地金をより加工し易くする。
そして、『粗たたき』をして地金の中にある不純物を取り除く。
その後も色々作業はあるが、最後に『荒研ぎ』『本研ぎ』『裏研ぎ』を経て、柄を付け、包丁は完成する」
その工程を聞いて、私は溜息をつきながら言った。
「包丁が出来上がるまでに、こんなに沢山の工程があるのですね・・・。
凄いですね・・・」
「ああ・・・」
定吉さんは、少し嬉しそうに答えた。
そして、定吉さんは『のみ』を私の目の前に持ちながら言った。
「これから『のみ』を研ぐが、見るか?」
勿論、私は元気に返事をした。
「はい!!」
私は、今度は定吉さんの作業を見る事になった。
定吉さんは欠けた『のみ』を見ながら、言った。
「『のみ』には、色々な種類がある。
『平のみ』『丸のみ』『三角のみ』など、刃先の形状が違うもの。
『叩きのみ』『突きのみ』など、使用方法によって違うもの。
そして『木彫のみ』『追入のみ』など、用途によって違うものだ」
「『たたきのみ』?
『つきのみ』?
『おいいれのみ』?」
定吉さんは、私の質問に一つずつ答えてくれた。
「『叩きのみ』は、柄の頭を槌で叩いて用いる。
槌で叩いても壊れないように、『叩きのみ』の柄の頭には『冠』と言う地金が付いている。
『突きのみ』は、手で突いて用いる。
『追入のみ』とは、加工の為に使う『のみ』だ。
そして六助が持ってきたこの『のみ』は、『平のみ』だ」
そう言うと、定吉さんは『のみ』を砥石に乗せた。
その砥石は、少し粗いように見えた。
これで、欠けを直すのかもしれない。
私は、定吉さんの手元を見ながら言った。
「一口に『のみ』と言っても、用途や目的によって色々なものがあるのですね・・・。
知りませんでした」
定吉さんは『ああ』と一言だけ言って、その後は私の言葉に対して何も答えてくれなかった。
定吉さんは砥石に水を掛け、『のみ』を研ぎ始めた。
ただ真面目に、淡々と『のみ』を研ぎ続けた。
『スー』
『スー』
『スー』
水が、次第に黒くなって来た。
すると定吉さんは砥石に水を掛け、再び研ぎ始めた。
それを、何度も繰り返した。
『スー』
『スー』
『スー』
『スー』
『スー』
刃の欠けが、目立たなくなって来た。
次に定吉さんはもう少し肌理の細かそうな砥石に変え、再び研ぎ始めた。
同じ研ぎの工程を、再び繰り返した。
刃が滑らかになり、次第に鋭くなって来た。
次にもっと肌理の細かい砥石に変え、研ぎ始めた。
これが、最後の工程のようだった。
もう、欠けが全く見当たらなかった。
定吉さんは『のみ』を持ち上げ、遠くから近くから何度も見て確認した。
最後に『のみ』に水を掛け、布で綺麗に拭いた。
『のみ』は、まるで新品のようだった。
定吉さんは『のみ』の柄を六助に差し出しながら、言った。
「出来たぞ」
『のみ』の刃は光っていて、まだ何十年も使えるようだった。
定吉さんは、続けた。
「後で柄も直すが、とりあえず切れ味を試してみろ」
そして、定吉さんは一枚の古紙を六助に差し出した。
六助はその紙に『のみ』を当て、少し力を加えた。
すると紙はすっと自然に、綺麗に切れた。
私も六助も、その切れ味に驚いた。
そして、欠けていた『のみ』をこれ程の切れ味に戻した職人の技術に感嘆した。
六助は満足そうに、愛おしそうにその『のみ』を眺めた。
そして、嬉しそうな顔をして言った。
「ありがとう・・・。
大事にするよ・・・」
六助の嬉しそうな顔を見て、私も嬉しくなった。
そしてふと見ると、定吉さんの顔も嬉しそうだった。
それは職人だからこそ得る事の出来る、『喜び』なのだと思った。
私は、定吉さんに質問した。
「どうして定吉さんは、『鍛冶職人』になったのですか?」
手拭いで手を拭きながら、定吉さんは説明してくれた。
「俺の先祖は、もともと与板藩(新潟)から移住してきた『刀剣職人』だった」
「定吉さんのご先祖様が、与板から来た『刀剣職人』?
与板には、定吉さんのご先祖様のような『刀剣職人』が沢山いるのですか?」
定吉さんは、その手拭いで顔や身体を拭きながら言った。
「ああ。
上杉謙信公の家臣である直江実綱(直江兼継の義父)様が、天正六年(1578年)に春日山から与板に『刀剣職人』を招いた。
だから、与板には『刀剣職人』が今でも沢山いる」
「定吉さんのご先祖様は『刀剣職人』だったのに、定吉さんは『のみ』等の工具や包丁等の調理用品まで作るのですか?」
定吉さんは私の顔を見ながら、静かに答えた。
「二百年前、『刀剣職人』は刀剣ばかりを作っていた。
だが徳川様が天下をお取りになってからは、人を殺す為の刀剣を作ることが少なくなった。
だから『刀剣職人』は生きていく為にも、自分達の技術を活かす為にも、遺す為にも、刀剣以外の『もの』を作る必要があった。
それが、『のみ』などの工具や包丁などの調理用品だ」
その言葉を聞いて、私は少し気に掛かる事があった。
でも、それを聞いて良いのか分からず、取り敢えず他の事を聞いてみた。
「定吉さんのご先祖様は、どうして長岡に来られたのですか?」
「この『のみ』を、もっと多くの人に使って欲しいと思ったからだ」
そう言って、定吉さんは棚の上に置いてあった古い木箱を手に取った。
そして、その箱に入っていた一つの『のみ』を見せてくれた。
「これは?」
「これを『土肥のみ』、または『兵部のみ』と言う」
「『どいのみ』・・・」
「『土肥のみ』とは、土肥助右エ門が造り始めた『のみ』だ。
『土肥のみ』つまり『与板打刃物』の特徴は、『切れ味』と『粘り』だ」
「『切れ味』・・・。
『粘り』・・・?」
「『切れ味』とは、『鋭さ』だ。
『粘り』とは、『刃持ちの良さ』だ。
本来、『切れ味』と『粘り』を両立することは出来ない。
しかし、与板の職人はそれを可能にした。
与板の職人は、技法を考えた。
鋼と地金を接着させる方法、それが『鍛接』だ。
『割り込み』などが、そうだ。
その際重要なのが、さっき見た『焼き』と『叩き』だ。
『焼き入れ』、高温の地金を急冷させることによって地金を硬くする。
そして『焼き戻し』、地金を適温に加熱させることによって地金に『粘り』を出す。
また叩くことによって不純物が出され、より強くなる。
この技法は、『与板打刃物』独自のものだ」
定吉さんはとても誇らしく、言った。
私はずっと気になっていた事を、定吉さんに少し遠慮しながら聞いた。
「あの・・・。
定吉さん・・・。
定吉さんのご先祖様は・・・元々『刀剣職人』だった・・・ではありませんか?
『のみ』や包丁なども勿論大切な工具だと思いますが、定吉さん自身、自分で刀剣を造りたいと思った事はないのですか?
刀剣を造る事が少なくなって、寂しい・・・と思った事はないのですか?」
定吉さんは少し考え、静かな声で言った。
「寂しい・・・。
確かに、そうかもしれない・・・。
刀剣を造ることが、『刀剣職人の本業』だ。
だから、より切れる刀剣をずっと造り続けたいとも思う。
それは『職人』としての、俺の『思い』だ。
だが『人』としての俺の『思い』は、
『『のみ』や包丁を造り続けたい』
俺は『のみ』や包丁を造る、今の世の中が、平和な日が好きだ・・・」
「・・・」
「刀剣は所詮、『人を殺すため』の道具だ。
どんなに美しい言葉に変えても、その事実は変わらない。
だが、ここ何百年も『人を殺すため』の刀剣を造ることが少なくなっていた。
それは徳川様が幕府を開いてから二百五十年以上大きな戦をしなかった、よく世の中を治めていたという『証拠』だ。
ずっと、平和だったからだ。
刀剣を造る世の中よりも、俺は『のみ』や包丁を造り続ける世の中がいい。
平和な時代が、ずっと続いてほしい・・・」
定吉さんは『土肥のみ』を見つめながら、答えた。
私は、少し心配になって聞いた。
「でも刀剣を造らなければ、その技術が失われないでしょうか?」
定吉さんは私の方を向き、言った。
「刀剣は・・・少しだが造り続けてきた。
もちろん、お前・・・」
定吉さんは一旦言葉を切り、私の方を見て言った。
「そう言えば、名前を聞いていなかった」
「あ。
私は、野口ゆきです」
「ゆきさま・・・。
ゆきさまが言ったように、刀剣を造る技術を廃れさせるわけにはいかなかった。
その為に、注文が入れば刀剣を造った。
それは、ある侍にとっては単なる飾りだったのかもしれない。
それは、ある収集家の満足感を与える為だけの置物だったのかもしれない。
それでも、俺たちは刀剣を造り続けた。
それで、良かった。
技術が残るのならと思って、造っていた。
だが、最近はまた『人を殺すため』の刀剣を造ることが増えてしまった。
『人を殺すため』の刀剣など・・・もう造りたくなどない。
だが・・・時代がそれを許さないだろう・・・」
定吉さんは、吐き捨てるように言った。
そして、『土肥のみ』をきつく握りしめた。
定吉さんは、とても苦しそうだった。
私は、何も言えなかった。
その時、突然人が入って来た。
「定吉ー。
頼んでおいた鉋はできたか?」
定吉さんは、直ぐに職人の顔に戻った。
「ん?
ああ。
徳兵衛か。
出来ているぞ」
入って来た徳兵衛さんは、私を見た。
そして、にやにやしながら言った。
「ん?
こんな所には、不似合いな娘がいるな。
お前、名前は?」
私はその横柄な態度に、ちょっとムっとした。
そして、少々きつい言い方で言った。
「人に名前を聞く前に、先ずは自分の名前を名乗るべきではありませんか?」
徳兵衛さんは目を丸くし、そして大声で笑った。
「はははははは!!
こいつは、気が強いな!
済まなかったな。
俺は『宮大工』の徳兵衛と言う」
「『宮大工』・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『宮大工』とは普通の大工とは違い、神社仏閣などの建設や補修を務める大工である。
徒弟制度をとっており、師匠は弟子に技術や技法を口伝で継承させる。
神社や仏閣は、『木組み』で造る。
『木組み』とは、釘などの金具を使わずに建てる日本独自の工法である。
金具を使えば、木の傷みが早くなる。
高温多湿な日本では、金具が錆びやすい。
錆びた金具は、木を傷める。
木が傷めば、建物は長持ちしない。
補修を、繰り返さなければならない。
補修を繰り返せば、木が無くなる。
資源の少ない日本は資源を大切にし、活かし続けなければならない。
だから、日本の職人は『木組み』を生み出した。
では金具を使わずに、どのように建てるのか?
先ず職人は木の性質を見極め、木に『刻み』を入れる。
この『刻み』は、職人の技術や経験、勘によるものだ。
『刻み』は役割によって、『継手』と『仕口』に分けられる。
『継手』は、長さの足りない木を職人による『刻み』によって継ぎ合わせる工法である。
『仕口』は、土台と柱のつなぎ目などに使われる工法である。
これら『刻み』を入れた木同士をはめ合わせる事により、金具を使わなくとも建物を立てる事が出来る。
では、強度はどうか?
職人は木の性質に相応しい、木の性質を最大限に活かす『刻み』を入れる。
それにより金具を使って建てた建物の強度よりも、木のみで建てた建物の強度の方が高くなる。
また『木組み』による『貫(柱と柱の間に木を水平に貫通させる)』は、地震による衝撃を緩和する。
『木組み』による建物は金具を使っておらず組んでいるだけなので、外せばまた組んで移築する事も出来る。
移築された建物は、また生き続ける。
職人は、日本人は、素材に敬意を払っていたからこそ、その素材を活かし、長い間生き続けるように、愛され続けるように努力し続けてきた。
こうやって建物が長く保つ事が出来れば、その間、木は育つ。
山は、豊かになる。
『木組み』は日本の気候や環境から生み出された、日本独自の『知恵の結晶』である。
また木のみで建ててあるので建物には木独自の温かみもあり、建物に光が当たった時や触った時に『優しさ』を感じる事が出来る。
因みに『伊勢神宮』などの神社が『遷宮』を行うのは、『御神体』を新しい『社殿』にお遷しする為だけでなく、技術継承の為でもある。
『伊勢神宮』の『遷宮』を二十年に一度にしたのは、二十年の間に職人が二度『遷宮』に携わる事が出来れば、次の世代へ技術継承をする事が出来る。
そうやって、先人達は技術を遺し続けて来た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
徳兵衛さんがきちんと名乗ってくれたので、私もきちんと名乗った。
「私は、野口ゆきと申します」
「野口・・・。
お侍さんの娘さんか。
こんなところにいるなんて、お転婆な娘だ」
「!!!」
私の怒りを知ってか知らずか、徳兵衛さんは定吉さんから手渡された鉋を受取った。
徳兵衛さんはその鉋を目の高さまで持ち上げ、様々な角度で眺めた。
すると定吉さんが適当な木を見つけ、それを徳兵衛さんに手渡しながら言った。
「削ってみろ」
徳兵衛さんは木を受取ると木を平らな所に置き、木に鉋を当てて一気に削った。
『シューッ』
次の瞬間、鰹節のように薄い木の皮が一枚、ひらひら舞った。
私はひらひらと宙を舞う木の皮を、空中で掴んだ。
目の前に広げると、木の皮が透けていた。
「凄い・・・。
透けて、先まで見える。
六助の削りとは、大違い・・・」
「・・・ゆきさま!」
六助は、少し赤くなって私を叱った。
徳兵衛さんは私の方を向きながら、『大したことない』と言うような感じで言った。
「『穴堀り三年、鋸五年、墨かけ八年、仕上げは鉋で研ぎは一生』
と言う。
木を削ることよりも、刃を研ぐことの方がずっと難しい。
俺は『宮大工』になって三十年になるが、まだまだだ」
これで、まだまだ・・・。
職人の誇りや探究心は、本当に凄いと思った。
それと同時に、職人の使う道具も凄いと思った。
私は、徳兵衛さんの手の中にある鉋を凝視した。
徳兵衛さんはそんな私に気付き、私に鉋を差し出した。
私は、その鉋を受け取った。
鉋は、とても重たかった。
私は鉋を落とさないように、大切に持った。
徳兵衛さんは、鉋を眺めながら、話し始めた。
「『宮大工』にとって、道具は『命』だ。
この鉋もそうだが、『のみ』も、『木組み』には必要不可欠な道具だ。
『叩きのみ』や『突きのみ』など用途用途による『のみ』の種類が沢山あるからこそ、俺たちは『木組み』を可能にしている。
俺たちが仕事が出来るのは、道具を作る職人とその技術があればこそだ。
だからこそ、俺たちは道具を何年も何十年も使い続けることが出来るように使いやすいように自分好みに加工し、大切に使い続ける。
それが道具を作った職人や、道具に対する敬意だ。
道具も伝統も守りながら、俺たちは生きてきた・・・」
私はこの時、思った。
『職人は、職人に支えられている。
お互いが、無くてはならない存在なのだ』
『職人が作った道具を、職人は大切に大切にしている』
『定吉さんや徳兵衛さん達のような職人が、蔭ながら日本を支えているのだろう』
私は、職人の素晴らしさに感動した。
私は定吉さんと徳兵衛さんに、その事を言おうと思った。
見ると、定吉さんも徳兵衛さんも少し苦しそうだった。
定吉さんが、言った。
「俺たちは、ただただ先人の遺志を継ぎ、そして先人がやってきたように伝えたいだけなのだ。
だが幕府が開国をしてから、最近は外国の文化が入ってきている。
銃器が、刀剣に取って代わろうとしている。
俺たちは、刀剣が無くなることを恐れているのではない。
恐れているのは、刀剣を作る技術が消えてしまうことだ」
「・・・」
「だが恐れてはいるが、俺たちには『道』が残されている」
「『道』?」
私は、聞いた。
定吉さんは、答えた。
「技術を守る『道』だ」
「技術を守る『道』とは?」
定吉さんは、続けた。
「それは、直接『人』に伝える事だ。
その『人』に、何かの形で遺してもらうようにする。
『人』から『人』に伝われば、俺たちの遺志も技術も遺る。
それが不可能な場合は、出来るだけ多くの『モノ』を作る。
その『モノ』には俺たちの技術や知識、伝統全てを遺す。
後世の人間の一人でも、この『モノ』を見て、先人の、俺たちの遺志に気付き、それを再び作ってくれれば、また技術が遺る。
それが不可能な場合は、書き遺す。
紙にでも、何にでも。
だから、技術は遺る。
俺たちは確かに外国の文化が入ってくる事を恐れてはいるが、自分達で技術を守ることが、伝えることが出来ると思っている。
俺達が、本当に恐れているのは・・・」
定吉さんは、口を噤んだ。
徳兵衛さんが、定吉さんの言葉に続けた。
「俺達が本当に恐れているのは、戦だ」
「戦?」
私は、今度は徳兵衛さんに聞いた。
徳兵衛さんは、答えた。
「戦をすれば、『人』が死ぬ。
伝える『人』がいなくなれば、技術は途絶える。
そして『人』が死ねば、『国』も死ぬ。
『国』が死ねば、遺した『モノ』全てが消える。
この『国』が、日本が、無くなってしまう・・・」
「『国』が、日本が・・・無くなる・・・」
徳兵衛さんは頷き、続けた。
「俺たちは『人』が死に、『国』が無くなり、技術も何もかも失われてしまうことが恐ろしい。
そして、家族を失うのが恐ろしい。
『尊王』
『攘夷』
『佐幕』
『開国』
正直言って、俺たちには何が何だか良くわからない。
俺たちには自分たちの立場の為に、いがみ合っているようにしか見えない。
俺たちは、俺たちを戦に巻き込まないでもらいたいだけだ」
徳兵衛さんは、私の手の中にある鉋を見つめながら言った。
「今の生活が、満たされているわけではない。
食うに困る時だってある。
だが家があって、家族がいて、友人がいる、この平凡な日を幸せだと思っている」
「・・・」
「俺たちは、この幸せを壊さないでもらいたいだけだ・・・!
俺たちは、静かに平和に暮らしたいだけだ・・・!
俺たちは、戦をしないでほしいだけだ・・・!!」
徳兵衛さん手をきつく握りしめながら、苦しそうに言った。
私は、徳兵衛さんの顔を見た。
とても悔しくて、苦しそうで、辛そうな『顔』をしていた。
私は、定吉さんの顔を見た。
定吉さんも、『同じ顔』をしていた。
私は、六助の顔を見た。
六助も、定吉さん達と『同じ顔』をしていた。
私は、周りを見た。
私以外が、皆『同じ顔』をしていた。
私だけが、きっと『違う顔』をしていると思った。
これが、『立場の違い』なのだと思った。
本当に国の事を、民の事を思っているのなら、『私達』は『彼ら』と『同じ顔』をしなければならないのだ。
その上で、政を行わなければならないのだ。
『私達』の何人が、一体『彼ら』と『同じ顔』をしているのだろうか?
『私達』の何人が、『彼ら』の顔を知っているのだろうか?
『私達』が『彼ら』の顔に近づく事が出来れば、戦をしないで済むのだろうか?
私は、ただ下を向いて自分の『顔』を隠す事しか出来なかった。




