18離縁状は受理出来ません
オリディアはマーサが帰るとルノス商会に顔を出した。
エドワード様も既に来ている。
すぐに彼がオリディアに気づいた。
「オリディアどうした?顔色が悪いぞ」
エドワードはオリディアのそばに近づき顔を覗き込んだ。
「エドワード様、近いです!」
オリディアはそうは言ったが心配されるのはうれしかった。
「すまん、でも、お前が心配なんだ。何かあったのか?俺には何でも話してくれよ」
優しい言葉を掛けられると胸の中にある不安が抑えきれなくなった。
「実はマーサが来たんです。ボルターが私と復縁しようとしているって」
「オリディアでもあいつは離縁状を書いたんだろう?だったら」
「でも、私まだ出していないんです。竜族は離縁状と一緒に賠償金も請求を出さないといけないと聞いたので」
「はっ?そんな決まりがあるのか?ブラトアはそこまで竜族を虐げているのか!許せん!!」
エドワードの顔に鱗が浮き上がる。魔力が溢れ出ているのだろう。
オリディアは自分が魔力暴走になった時の事を思い出して慌ててエドワードを宥めた。
「エドワード様落ち着いて下さい。とにかく私、これからすぐに離縁状を出して来ようと思ってるんです」
「ああ、それがいい。賠償金の事ならルノス商会から賠償を請求する事だって出来る。要するにあいつから金をふんだくれば…いや、オリディアに対しての謝罪として賠償金を払って欲しいんだよな。でも、今は先に離縁を確定させるべきだと思う」
「エドワード様のおっしゃる通りです。欲を出した私が悪いんです。離縁出来るだけで良かったと思う事にします」
「いや、それは諦めなくていい。でも、今は離縁状を先に出した方がいい」
オリディアはどうしてもついていくと言うエドワードと一緒に内務局に出向いた。
扉の外でエドワード様が「ここで待ってるから」と言ってくれた。
オリディアは内務局の中に入り離縁状を係に提出した。
カウンターに上に二人の署名の入った離縁状が広げた。
「離縁状ですね」
「はい、署名は揃っています。手続きをお願いします」
係の人は優しそうな女性だったがオリディアの髪色と目の色で竜族だと気付く。それでもじろじろ見つめたり失礼な態度はなかった。
原本にも記載があるので竜族だと言う事は当然わかる。
「オリディア・ロードナート様、申し訳ありませんがあなたは竜族ですよね?」
口調は丁寧だった。それでも、オリディアは思わずびくりと身体が反応した。
「はいそれが何か?」
恐る恐る問いかける。
「一方が竜族の場合、こちらに書類はご夫婦で提出に来て頂く事になっています。もう一度夫であるロードナート侯爵を伴って届けの提出に来て頂けますか?」
係の女性の説明はごく普通の対応みたいにさらりと言った。
「でも、署名は夫のもので間違いありません!」
オリディアの声が震えた。
「いえ、そう言う訳ではないんです。竜族との離縁にはご夫婦で来て頂かないと受領出来ない決まりでして」
係の女性は少し困ったように説明をした。
「では、私だけでは受領して頂けないと言う事ですか?」
「はい、申し訳ありませんが、ロードナート侯爵様をご同伴頂ければすぐに手続きが完了しますので、ご署名もされているのでしたら問題はないのでは?」
女性はオリディアの顔を探るようにこちらを見た。
慌てて返事をする。
「ええ、そうですね」
オリディアは自分が悪い訳でもないのに、カウンターに広げた離縁状にそっと手を伸ばして離縁状を持ち上げた。
ゆっくり折り目に沿って離縁状を折り畳む。それを鞄にしまおうとして取り落とす。
「大丈夫ですか?」係の女性が声をかけた。
「はい、大丈夫です」とオリディアは答えたが声は震えていた。
「では、お気をつけて‥次の方どうぞ」
係の女性はそれだけ言うとすぐに次の人に顔を向けていた。
全然大丈夫ではなかった。
とりあえず離縁状を鞄に入れると扉に向かった。
扉を開ける手に力が入らなくて二度手が滑った。
やっと扉を開けると目の前の椅子にエドワード様が座っていた。彼は窓の外を見ていたが扉の開いた音ですぐに振り返った。
「どうだった?」
その声はものすごく優しい。
オリディアは涙腺が崩れそうになったがぐっと涙を堪えた。
エドワード様が一歩前に近づく。
「何かあったのか?」
「だめでした。夫も一緒に来ないと受領出来ないそうです」
「どうして?そんなの。署名はあるんだろう?」
「はい、私が竜族だからだそうです…どう、て…いつ りゅ…ぞ‥は、こん めに…うぅぅぅ…」
オリディアは自分が竜族だからまでははっきり言えた。でも、その先はもうまともに声にならなかった。
賠償金だって諦めようと思った。この三年間の仕打ちさえ離縁出来るなら忘れようとした。
なのに…
オリディアがふらついた。
その瞬間エドワードがオリディアの身体を抱きしめた。
「オリディアは悪くない!この国の奴らがおかしいんだ。お前は何も心配しなくていい。後は俺に任せろ!」
「エドワードさま…」
オリディアはエドワードの肩にしがみついた。
エドワード様から微かにティニーリリーの香りがした。
(この香り、アルノールに咲くと言う花の香り。母が庭に植えていた。いつも大切に世話をしていた)
突然母の言葉が浮かんだ。
『ティニーリリーは番の香りとも言われるのよ。母様には父様からこの花の香りがするの。うっとりするすごくいい香り。だから母様は父様と結婚したのよ。父様は人間だからそれがわからないの。でも、わからなくても母様に取ったら命より大切な人なの。それが番って言う事なの。ねぇ、オリディア、あなたにはこんな思いはさせないから安心してね。オリディアこの腕輪はあなたを守るお守りだから肌身離さず身につけて、この先も何があっても母様が愛している事を忘れないで』
(母様は細くなった手で私の手を取ってそう言った。その少し後で母様は天に召されたわ。なのに…エドワード様から同じ香りがする。ううん、きっと気のせい。こんなに優しくされるからつい勘違いしてるだけ。エドワード様が番な訳あるはずが無いもの)
オリディアは思わず浮かんだ考えに慌てて首を振ると、エドワード様にしがみついた手で反対側につけている腕輪をそっと撫ぜた。
「オリディアお前は俺が絶対に守るから心配いらない」
エドワード様が耳元でそう囁いた。彼の顔に鱗が浮き出た。
オリディアは慌ててエドワードから身体を離した。
「エドワード様ありがとう。私は大丈夫だから」
エドワードに感じた考えが恐かった。
(エドワード様が私の番?ううん、そんなはず無い。だって彼は竜族。私が番なら彼はもうその事に気付いているはずだもの。番と分かった竜族が黙っていられるはずがないわ)
一度そう思うと期待してしまう気がしてオリディアはそんな感情に急いで蓋をした。




