1丈夫だけが取り柄な女
今日はオリディアの誕生日だった。
朝、仕事に出かける夫のボルターに勇気を出して声をかける。
「旦那様、今夜は一緒に夕食が出来ませんか?」
「そんな事わかるか!」
いつものように夫から怒鳴られ嫌悪感を露わにしたような目つきを向けられる。
(やっぱり、私が話しかけるのが嫌でたまらないのね)
オリディアは心の中でがっかりしながらボルターをちらりと見て腕にある夫の外套に目を落とした。
「分かりました。お待ちしています。あの、旦那様…」
「チッ、今度は何だ!」
ボルターは苛立たしげにオリディアを見た。
「…今夜はリリア様のところには行かないで下さい。だって今日は私の」
「お前がそんな事を言う権利はない。行ってくる!」
腹立たしげに顔を顰めた夫が怒ったようにオリディアに腕から外套をひったくった。
オリディアは出て行く夫に頭を下げるのも忘れその場に立ち尽くした。
結婚して三年。最初から夫はオリディアを毛嫌いしていた。それでも、いつかは夫婦としていい関係を築けたらとここまで来た。
オリディアは気落ちしそうになる気持ちを押し込め一度頬を叩いた。
今夜の料理は夫の好きな鴨肉のローストを作ってもらおう。
本当は自分の誕生日だから当たり前の夫婦なら、夫が気を利かせてレストランに予約でもして食事に誘うなんて事になるのが普通なのではと思うが、そんな事あるはずもないとすぐに首を振ってありもしない考えを振り払った。
(だったらせめて私に好きなアップルパイでも作ろう)
ボルターもアップルパイが好きだったので、文句を言われる事もないだろう。
オリディアは午後の早い時間に買い物に出掛けた。
「そのりんごを下さい」
オリディアが八百屋でりんごを買った時だった。
通りの向こうにボルターとリリアの姿が見えた。思わずはっと身を寄せた。
二人は腕を組んで楽しそうに話をしながら歩いて行く。オリディアの身体は勝手に後をつけて行く。
二人はもう一本別の通りに入る。そこは高級店が立ち並ぶ通りだった。
オリディアは眉を顰めた。
(昼間っからなに?全く、未亡人と既婚に男が人の目も気にせずに!!)
オリディアは夫がリリアと怪しい関係ではと疑ってはいたが、こうして目の前で見せつけられると腹立たしさを虚しさのような気持ちがモヤモヤと湧き上がる。
リリアはそんなオリディアの気持ちに気づく事もなく高級宝石店の前で立ち止まった。
夫に甘えるような視線を送りすっと身体をボルターに擦り付けた。
二人は一度顔を見合わせて宝石店に入って行った。通りの影からガラス越しに二人が見えた。
楽しそうに次々にショーケースを覗き込む。何度か店員に指輪やネックレスであろう品物を取って貰リリアがそれを身に付けて夫に見せている。
結局指輪を買ったらしい二人が店から出て来た。
オリディアにもリリアの興奮した声が聞こえた。
「ボルター様、いいんですかぁ。こんな高価な物を、もぉ、うれしい。私一生大切にします」
「ああ、リリアが喜んでくれればいいんだ」
「そう言えば、奥様今日お誕生日なんですよね?何かプレゼント用意しなくていいんです?」
「あいつは何をされたって平気だ。何しろ丈夫だけが取り柄なんだ。それに竜族の血が入っているくせに侯爵夫人でいられるんだ。それだけで幸せだろう。まあ、それもじきに失うことになるがな」
「ボルター様ったら私との結婚を決めたって事?」
「ああ、借金も無くなったし、領地経営も軌道に乗った。あいつが居なくなってももう困ることはないからな。あんな気持ちの悪い女一刻も早く縁を切りたかったんだ。リリア、私と結婚してくれるんだろう?」
「もちろんです。大好きですボルターさま」
二人は抱き合い通りの真ん中だと言う事も忘れてて唇を重ねた。
オリディアの手からりんごの入った袋がばさりと音を立てて落ちた。その瞬間ずっと堪えていた何かがパキッと音を立てて壊れた。
オリディアはいつかはボルターと分かり合えるのでは無いかと思っていた。
でも、夫は最初からそんな気は全くなかったのだとはっきり分かった。
それなら、もう我慢する事もない。
オリディアの心から迷いが消えた。




