第三十四歩 検証
「司、先日の側近の件だが――」
「お断りいたします」
「……まだ何も言っていないぞ?」
「申し訳ありません」
ユリウスは呆れたようにため息をついた。
僕は知らぬふりをして本棚の上の方にある本に手を伸ばした。
突然、ユリウスが僕の腕を掴んだ。
「……?」
袖が捲れて隠していた包帯があらわになった。
「どういうことだ?! 何があった?」
「いえ、少し転んでしまいまして」
「少し転んだ人間が、そんなに包帯を巻くのか?」
「……」
「司」
「はい」
「気をつけろ」
呆れたような、心配しているような声だった。
「すみません」
そう答えながら、僕は昨日のことを思い返していた。
――未来が見える。
そう仮定したとしても、まだ分からないことが多かった。
そもそも、何をきっかけに未来が見えたのか。
最初は簡単なものからだった。
机の上に置いたペンを落としてみる。
何も起きない。
もう一度。
やはり何も見えない。
本を落としてみる。
何も起きない。
少し大きな音を立ててみても、何も起きない。
「……どういうことだ?」
あの二回には、何か共通点があるはずだ。
一度目は本が落ちてきた。
二度目は騎士とぶつかった。
何か書くものはないかと机の上に置かれたペンを手に取る。
チクリ。
指先に小さな痛みが走った。
見ると、ほんの少しだけ血が滲んでいる。
僕はそれをじっと見つめた。
「……怪我?」
ふと、そう思った。
最初に見えた未来では、本が顔に当たっていた。
実際に落ちてきた本は避けたから怪我はしなかったが、あのままなら間違いなく痛かっただろう。
二度目もそうだ。
人とぶつかれば、場合によっては怪我をしていたかもしれない。
危険が、身に迫ったとき。
それを事前に感じ取っているのではないだろうか。
「……」
そう考えながら視線を動かす。
ふと、机の上に置かれたペーパーナイフが目に入った。
その結果、今のところ分かったことは三つ。
一つ。
未来が見えるのは危険が迫った時。
二つ。
意図的に作り出された危険な状況は未来として見えない。
三つ。
未来が見えたあとに行動を変えれば、その未来そのものも変わることがある。
まだ確信はない。未来が見えない時の方が多すぎて確実とは言えないからだ。だが、何度か試してみて、偶然とは考えにくくなってきた。
僕は今、自分の中にある何かを調べている。
それが何なのかは、まだ分からない。
魔法なのか、そういう力なのか。
そもそも、この世界に魔法というものが存在するのかすら、僕はまだよく分かっていない。
確かめなきゃいけないことはまだ山積みだった。
「司、ちょっと聞きたいんだが。」
「はい、なんでしょうか」
「君は転移者保護法についてどこまで知っている?」
「内容を少し。転移者は原則、王城内の保護区域で生活する必要がある、ということくらいです」
「そうか」
ユリウスは少し考えるように目を伏せた。
「知りたいことがあったら、いつでも私に聞いてくれ。私に分かる程度なら答えてやる」
「……本当ですか?」
それなら、確かに魅力的な話ではある。
「だから、私の側――」
「なりません」
転移者について調べるなら、王太子本人から情報を得られるというのは大きい。でも、ユリウス側に何のメリットがあるのか、不確定要素が大きすぎて怖い。
「……」
ユリウスの動きが止まった。
「……司」
「はい」
「私はまだ最後まで言っていないぞ」
「申し訳ありません」
「君は本当に謝る気があるのか?」
「あります」
「……」
ユリウスはしばらく僕を見つめたあと、深いため息をついた。
「頑固な奴だな」
そう言って笑った。
けれど、その目の奥は笑っていなかった。




