緊急クエスト
数日後――
ギルド調査員マーカスは、村の外れで報告書を書いていた。
繕いや継ぎ当てだらけのボロボロのギルド制服。とっくの昔に廃止された旧式のデザイン。
今時着ているのは、定年間際の老ギルド員くらいだ。
マーカスは年齢20代後半。制服の方が職歴が3倍はある。
袖口からかすかに死臭が漂う。前回の調査の残り香だ。
ゴブリン襲撃事件。
被害:村人の死傷者ゼロ。
撃退:自警団及び通りすがりのヒーラー。
敵戦力:ゴブリン推定100体、全滅。
マーカスは報告書を見返し、小さく首を傾げた。
(100体のゴブリンで、死傷者ゼロ……?)
(自警団だけでは、ありえない)
ヒーラーの腕が、相当なものだったのは間違いない。
マーカスは村人たちから聞き取り調査を続けた。
「あいつは悪魔だ!」
「あんな武器、見たことがない!」
「ゴブリンが……バラバラに……!」
「殺戮者だ! あのヒーラーは殺戮者だ!」
口々に叫ぶ村人たち。
「レッドキャップが15体もいたんだ!」
マーカスの手が止まった。
「……レッドキャップが、15体?」
「ああ! 赤い頭巾のゴブリンだ!」
マーカスは溜息をつき、ギルド記録を確認する。
『ヒーラー、リリア。
過去一か月の受注:柵の修理、草むしり、掃除……』
ギルド支部の者なら誰でも名前は知っている失格ヒーラー。
マーカスも、所属パーティー変更の事務処理で名前は何度か見た事がある。
この村でも雑用クエストばかり。
戦闘系の依頼は一件もない。
マーカスは報酬計算を始めた。
レッドキャップ討伐報酬:1体につき金貨5000枚。
これが15体。
金貨75000枚。
マーカスは羊皮紙に数字を書き、眉をひそめた。
(うちの支部の金庫が空になるどころか……年間予算8年分になる)
(これが本当なら、失格ヒーラー1人の仕業?)
マーカスは小さく鼻で笑った。
「馬鹿げている」
失笑するような嘘だ。
嘘をつくなら、もっとそれらしくしろ。
恐怖で混乱した村人の証言など、当てにならない。
おそらく自警団が撃退し、ヒーラーが治療しただけだろう。
レッドキャップなど、いなかった。
(1体いただけでも、村は全滅していた)
(自警団程度の兵力では、レッドキャップには勝てない)
おそらく通常のゴブリンの返り血で、頭巾が赤く染まっただけだ。
それを見間違えたのだろう。
ただ、大げさに語っているに過ぎない。「おらが村の武勇伝」なんて、みんなそんなものだ。
ギルドが救援を送っても、どう考えても手遅れな時
俺のような『後始末専門の調査員』が派遣される。
武勇伝の通り、在野に豪傑がゴロゴロいるのならば
死臭が染みついた服を捨てる前提で
使い古しのボロ着ばかり支給される事もないのだが。
マーカスは報告書を閉じ、次のページに移る。
近隣の8つのゴブリン集落は、女子供と老いたゴブリンしか残っていない。
これも記録し、報告する。
そして――掃討作戦の必要性を具申する。
5年もすれば、子ゴブリンは戦士となる。
この村に恨みを持って、また襲ってくるだろう。
根絶やしにしなければならない。
マーカスはペンを置き、目を閉じた。
(ゴブリンとはいえ、女子供を始末するのは……戦士を殺すより応える)
それでも、やらなければならない。
マーカスは新しい羊皮紙を取り出し、ペンを走らせる。
『緊急クエスト:ゴブリン討伐
報酬:通常の三倍
期限:一週間以内
備考:繁殖力が高く、早期対処が必要』
(……女子供と年寄りしかいない、とは書かない)
(書けば、誰も受けなくなる。)
『緊急クエスト』。難度に対し報酬は別格。
なぜかベテランは避け、ルーキーが飛びつく。こういう理由だ
これがギルドの役目とはいえ、10年以上この仕事を続けていても、思うところはある。
(自分なら、手で直接殺さず、機械か何かを使えたら……)
そう思うくらい、あれは辛い。
マーカスは依頼書の脇に、別の羊皮紙を置く。
『ヒーラー、リリア。村人により追放。行方不明』
「……まあ、仕方ないか」
失格ヒーラーを庇う義理もない。
村人が追放したなら、それまでだ。
マーカスは依頼書と報告書を重ね、立ち上がった。
仕事は続く。
ポツッ。
頬に冷たいものが触れた。
「おっと」
マーカスは空を見上げる。
雨が降り始めていた。
ポツ、ポツ、ポツ……
雨脚が強くなる。
一晩中は降り続けそうだ。
今日はこの村に泊まるしかない。
マーカスは報告書を懐にしまい、村の方へと歩き出す。
(目を背けたくなるほど惨たらしいゴブリンたちの血も……)
(傷ついた村人の心も……)
(この雨が、少しは流してくれるだろう)
だが――
この事件に関係した者の中で、あいつだけは。
土砂降りの雨の中、寂しい街道をひとり歩く影があった。
リリアだ。
返り血の付いたローブのフードを深く被り、俯いて歩く。
雨が、髪を濡らし、頬を打つ。
冷たい。
リリアはフードを引き寄せた。
「ヒーラーのローブ、処分しないでよかった……」
魔法学校の卒業式。
「これがあなたの誇りです」と、先生が渡してくれた白いローブ。
あの日、リリアは嬉し涙を流しながら袖を通した。
「私も、ヒーラーになれたんだ」って。
今、そのローブは返り血に染まり、雨に打たれている。
あの時と同じく、涙は流しているが理由は違う。
服に染み付いた血は、雨では流せない。
リリアは歩き続けた。振り返らない、ただ前へ。
――ヒーラーは、自分自身を癒せない。
冒険者ギルドの記録によれば、
ヒーラーの5年後生存率は全ジョブ中最も低いという。
自身を回復できぬ上に、敵から真っ先に狙われるためだ。
そして優秀なヒーラーほど、この傾向は顕著になると言われている。
誰よりも多くの命を救った者が、誰よりも早く、独りで死んでいく。
雨の中を歩く少女の背は、誰よりも小さく見えた。
1章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございます!
2章『アツアツ?! 病気さよなら大作戦!』の初回は明日公開します。
はたしてこれから「リリアさんの異世界ガトリング無双」がはじまるのでしょうか?
12/8 20時ごろ公開です。




