拒絶
戦場は沈黙に包まれていた。
ゴブリンの群れはひとつ残らず消えた。
悪逆非道なレッドキャップも、木製戦車も、すべて。
助かった。
村は助かった。
しかし――
誰も喜びの声を上げることができなかった。
地面には肉片と骨粉とウッドチップが混ざり合い、膝をついた下半身だけが点々と残っている。
金属弾の熱で蒸発した血の匂い。
そして、その中心に立つ――
小柄なヒーラーの少女。
リリアは震える指先を見つめている。
「え……? ま、また……私……"範囲回復"の魔法を使っただけ、なのに……?」
村人たちの視線が、恐怖・畏敬・感謝の入り混じった色でリリアに集まる。
「……助かった……」
「ありがとう……」
震える声。しかし、その声は広がらない。
その時――
エルナが、ゆっくりと顔を上げた。
「……。
た……、助かったの……?」」
その声を聞いて――エルナさん自身が、固まる。
「……え……?」
(あたしの声が……おかしい……?)
戦闘の轟音で、耳が遠くなっているのだろうか。
いや、違う。
震える手で、自分の頬に触れる。
(この感触……)
周囲を見回す。
(……ん……?)
心なしか、遠くまではっきり見える。
村の門の細かい木目まで、くっきりと。
(年のせいで、ぼやけて見えていたはずなのに……)
視線が、地面に落ちる。
血溜まり。
そこに映る――
女性の顔がくっきりと。
「……誰……?」
エルナの目が、見開かれる。
血溜まりに映る顔が、同じように驚いた表情をしている。
「……あたし……?」
「これが……あたし……?」
自分の手を見る。
シワのない手。
「嘘……嘘でしょ……!」
エルナの瞳が、恐怖に染まる。
若い自警団員が、周囲を見回す。
「エルナさんは? エルナさんはどこだ?」
別の団員が呟く。
「あの女性……誰だ?」
「村に、あんな人いたか?」
団長が、その女性を見つめる。
(……あの顔……どこかで……)
(若い頃の……エルナさん……?)
(いや……でも……)
自分が鼻垂れ小僧だった頃の記憶。あまりにも昔すぎて確信が持てない。
リリアが駆け寄る。
「エルナさん……おばあちゃん! 良かった、無事で……!」
『おばあちゃん』
その呼びかけに、周囲の自警団員たちがわずかに身を引いた。
誰も声を出さない。
なぜか、リリアだけが場違いな存在のように思えてしまう沈黙。
親子――いや、少し年の離れた姉妹にしか見えない。
リリアの手が、エルナの肩に触れようとした――
その瞬間。
「触るな!!」
エルナが、リリアの手を払いのける。
「近づくんじゃないよ、この悪魔!」
若返り――
古来から人類永遠の夢とされてきた。
だが、夢は夢だから良いのだ。
即死寸前からの回復により、普段以上に過剰回復の効果が高まっていた。
失われた目、貫かれた心臓や気管、そして喉――
激しく損傷し、機能不全に陥った主要器官。
それらを再生する過程で、身体全体が「最適化」される。
シミ、シワ、老化――
すべてが「傷」として認識され、修復されてしまう。
この世界には『指紋』のような本人認識手段は存在しない。
同一人物と分からないほどの変化は――
自分が自分であることの証明手段まで、失うのだ。
「あたしの顔を返しておくれ!」
エルナさんが自分の頬を触りながら泣き叫ぶ。
「これは、あたしの顔じゃない!」
「あたしの声を返しておくれ!」
若々しい声で叫ぶエルナさん。その声が、かえって狂気じみて聞こえる。
「誰も、あたしだと信じてくれない!」
「自分の顔が、自分じゃないみたいで……怖い!」
エルナさんの目がリリアを見ている。
まるで、最も忌むべきものを見るかのように。
「エルナさん...私...」
「黙れ! お前なんて、最初から信じるんじゃなかった!」
その言葉が、リリアの胸に突き刺さる。
(信じるんじゃなかった...?)
(じゃあ、あの優しさは...)
(あの「家族になって」は...)
(全部、嘘だったの...?)
「来るな! 触るな! この人殺し!」
リリアの膝が、がくりと落ちる。
「……そんな……わたし、助けたかっただけ……」
涙が溢れる。
リリアは、震える膝で立ち上がる。
涙を拭う。
「……ごめんなさい……」
「……わたしが、いると……みんな、困るんですよね……」
リリアは、ゆっくりと村の出口に向かって歩き出す。
背後でエルナさんが小声で吐き捨てるようにつぶやく。
「二度と戻ってくるんじゃないよ………」
団長が声をかける。
「待て、リリアちゃん!」
この少女は何も悪くない、後を追わないと……!
だがその意志とは裏腹に、足が動こうとしない。
リリアは振り返らない。
「ありがとうございました……短い間でしたけど……」
「……わたし、幸せでした……」
空から、雨が降り始める。
冷たい雨が、リリアの頬を濡らす。
涙なのか、雨なのか、もう分からない。
村の門を出る。
誰も追いかけてこない。
振り返ると――
村人たちが、ただ立ち尽くしている。
エルナさんも、団長も、誰も。
リリアは、小さく笑った。
「……またか……」
「……また、ひとりぼっちだ……」
雨の中を、リリアは歩き続ける。どこへ行くのか、分からない。
ただ、遠くへ。
誰も傷つけない場所へ。
誰にも拒絶されない場所へ。
――そんな場所が、あるのなら。
次回で1章完結。紹介文に書いてあるレギュラーキャラの初登場回です。
…と、その後紹介文リニューアルしたのにあとがき直すの忘れてました。
章の最後は、別の視点からリリアさんの存在が
この世界でどう見られるかのお話です。
少しテイストが違いますが
次の章に進むと、本編のジャンル自体も激変しますので
ワンクッションとしてお楽しみください




