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ほのお

「陛下からです。出かけるからついてこい、と」


いつも通り魔術の訓練をしていると、年若い見た目の魔族が、そう伝言を告げた。淡々と話すその魔族の顔にはなんの感情も浮かんでいない。嫌悪を向けられているわけでもないのに、なんだか気味が悪かった。


「…かしこまりました」


私に拒否権なんてない。軽く片付けでもしようと思ったけれど、この魔族は待つ気は微塵もないらしい。さっさと行ってしまった背中を追いかけるため、小さくため息を吐きつつ、小走りでついていく。


(やっぱり気持ち悪い…)


魔王城の廊下には、おびただしい数の動物の頭剥製や、口にするのも憚られるような内容の絵画が並べられ、壁には所々赤黒いシミがついている。その汚れが何なのかなんて考えたくもない。あかりは十分なはずなのに、どこか薄暗く感じられて、通るたびに鳥肌が止まらない。どうしてこの魔族は平気そうな顔ができるのだろうか。


「お連れしました」


周りに目を向けないように、早く終われと願いながら歩いていると、いつの間にかついたようだ。中へ入るように促される。


「お呼びと聞き、参上いたしました」


教えられた通りに礼をとる。講師によると、これは最もくらいの高い人物へ使う最上級の礼らしい。まぁ、足は攣りそうだし、ただの町娘にはいらない知識だ。


「「顔をあげよ。今から出かける、支度をしろ」

「…かしこまりました」


どこへ。そう思ったが、この男が素直に教えてくれるとも思わない。どうせどんな場所でも、ついていかなければいけないのだから。私は人形。そう心の中で唱えてq私はさっさと考えることを放棄した。





☆☆☆





「あそこに打て」


転移《ワープ》で連れてこられたのは、私が住んでいた国の隣の国の、国境のそこそこ栄えた街だった。


「うつ?」


命令された内容を理解したくなくて、私は魔王の言葉を復唱した。すると、目の前の男は私の反応を楽しむようにニタリと口の端を持ち上げながら、もう一度言った。


「あそこに撃ち込め。デカい炎をな」

「な…」


今この男は何と言った。私に、街に火をつけろと、人をころせと、言ったのか。


「さっさとやれ」

「でも」

「…へぇ」


魔王から笑みが消える。まずい、機嫌が悪くなってしまう。それだけは避けなければいけないとおわかっていても、火を、人の住んでいる場所につけるなんて、私の中の良識がダメだと訴える。そんなことをしたら、私はただの殺人者ではないか。

渋る私に、魔王は再び口の端を持ち上げながら、まるで揶揄うように言った。


「あの男はどうなってもいいのか?」

「それは…!!」


あの男は、アレクの事だ。これがあるから私がこの男にな逆らえない。城では外部の情報が完全に遮断されているため、アレクがどんな暮らしをしているのかはわからない。彼が元気で生きていけているのなら、私がそれを壊すわけにはいけない。姿は見えなくても、彼を守れるんだったら何でもいい。殺人者にだってなってやろうじゃないか。


「かしこ、まりました」


私はそうこたえ、ゆっくりと手のひらを街に向けた。手が震える。これからだ私は大罪を犯すのだ。


「炎《フレア》」


情けないほどに小さいその詠唱は、身の丈にあわないほど大きな炎を生み出した。真っ直ぐに街へ向かったその炎は、あっという間に燃え広がる:


「はははは!いいなぁ!燃えろ燃えろ。もっと苦しむといい!」


魔王が高笑いをする。人の苦しみを楽しむこの男は、やはり狂っている。


街からは人々の悲鳴が聞こえてきた。あの中には、私たちのような恋人がいるんだろうか、父さんや母さんみたいな仲睦まじい夫婦が、いたんだろうか。私は、幸せだった彼らの日々を壊してしまった。あんな思い、誰にもさせたくはなかったのに。


(どの口が言うんだ)


炎を放ってしまった時点で、私はこの男と同類だ。堕ちてしまった。地獄の底まで。


雲ひとつない青空に、黒い煙が立ちこめる。なにもできずに見つめていると、ふいに街を包む真っ赤な炎が、あの時の炎と重なった。脳裏に、炎に焼かれてのたうち回る両親の姿がフラッシュバックする。


『セ、ラ』

『父さん!母さん!!』

「っ!」


あれは、父さんと母さんを殺した火だ。アレクとの、幸せな未来を、壊した炎。


「っ、は。ぃや……はっ、は」


呼吸が、鼓動がどんどん早くなる。苦しい、必死で吸ってるのに、息ができない。


「なんだ」

「いや、母さん…父、さん…」


魔王が何か言ってくるけれど、全く内容がわからない。あの日のことがどんどん思い出されて言って、涙がボロボロと溢れる。


「おい」

「は…っは」

「返事をしろ!……まさか、炎が怖いとでも言うつもりか?」

「ぁ…いやぁ…」

「つまらん。おい、こいつはダメだ。使い物にならん。適当に回収しておけ」

「かしこまりました」


いつからいたのかじいが魔王に頭を下げる。


「セラ様」

「じ、ぃ?」

「ゆっくりと、深呼吸をいたしましょうか。」


私に対する興味を失った魔王は、じいに背中をさすられているこちらを一瞥もせずに転移していった。


そして大失態を犯したこれ以降、魔王が私を呼びつけることは、一切無くなった。

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