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まおう

「あ、アレク?一体、何が」

「…っ」


 ようやく耳鳴りが治り、自分の上にあるアレクの顔を見た。しかし、その表情は、今までのアレクでは見たことがないほどに、絶望と驚愕の色に染まっていた。


「え」


 驚いて爆発はした方を振り向くと、私たちの町は、炎に包まれていた。ついさっきまで赤茶色だった家々も、石畳も、花畑も、何もかも、朱色一色に染まってしまっていた。比較的寒い春のはずなのに、夏のように熱く、焦げ臭い匂いがあたりに充満している。


「町が…」

「…!戻らなきゃ!父さんも母さんも今日は私の誕生日だから、店じゃなくて家にいるの!」

「だめだ!あそこに入ったら死ぬ。絶対に!」

「でも!」

「おや?お探しの人物はこちらかな?」


 必死に止めるアレクを振り払おうとしていると、見知らぬ男の声が聞こえてきた。私たちはその声の方向に振り返る。するとそこには黒色の長い髪に、頭に羊のようなツノが生えた綺麗な顔をした男がいた。その両脇の、召使みたいな男達に、私の両親を引き摺らせて。


「父さん!母さん!」

「おじさん!おばさん!」

「セラ…アレ、ク」


 一体に何をされたのか、母さんは左腕にひどい火傷を負い、足は折れているのか動かない。父さんも右肩と右足に火傷を負っていて、顔もアザだらけだ。


(何なの!?なんで母さん父さんが!?)


「おじさんとおばさんを離せ!」

「あなたはなんなの!?何で町が!母さん父さんが!?痛っ!」


 両親の方へ手を伸ばすと、何か見えない壁みたいなものに阻まれて、指先に火花が散った。


「あぁ、名乗っていなかったか…………我が名はデズモンド。魔界を統べる、魔王だ」


 私の大好きな両親をボロボロにした男は、歴史上最も残虐で残酷で、最強と謳われる魔族の名を口にした。


「は」


 史上最強の魔王、デズモンドを名乗ったその男は、私の方へ気持ちの悪い笑みを浮かべて続けた。


「この度の進行。余の目的はただ一つだけ。余の元へ来い、人類最後の魔術師よ」

「魔術師…?」

「なんだ知らないのか」


 魔王は両親をニヤニヤ笑いながらと振り返る。笑っているのにそう感じないのは何なんだろうか。目の奥が常に冷たい。人を人とも思っていないような。殺人犯みたいな、狂ったやつの瞳だ。

 魔術師という言葉に、父さんも母さんも何か心当たりがあるのか、ビクッと反応すると、一気に顔の色を失ってガクガクと震えはじめた。


 魔術師。かつて人間と魔族が全面戦争をしていた時代に活躍した魔術を駆使して戦う者達。時には攻撃魔術で敵を圧倒し、時に怪我した者を治癒魔術で一瞬にして治す。そんな彼らの功績は全面戦争から三百年以上たった現在でも讃えられ、伝えられている。しかし、魔術師は徐々に人数を減らして行き、100年前には歴史上から姿を消した。だから、魔術師はもう存在しないと言われている…なのになぜ私が?


「や、やめろ…!っぐぅ」

「黙れ」


 必死に止めようとする父さんを押さえつけさせ、尚も魔王は言葉を続けた。


「小娘、お前は人類最強の魔術師、ルーデンス・レシュバンの末裔だ。そして、かの男からちょうど10代目。魔術が子に遺伝する血の薄さの限界だ。すでにルーデンス以外の血筋で魔術師hs途絶えた。だからお前が正真正銘、人類最後の魔術師だ」

「は」

「ルーデンス・レシュバンって、英雄だろ…?」


 魔王の信じられない発言に、アレクと二人して呆然とする。

 ルーデンス・レシュバン。三百年前、歴史上類を見ない程の大戦争を終わらせ、人類を勝利に導いた英雄だ。しかし、戦争が終わると行方をくらませて、いつ死んだのかもいまだにわかっていない。


「お前の金髪と瑠璃色の瞳は、ルーデンスの子孫であることを示す。そして、何十年かに一回現れるその色は魔術師である事の証だ」

「っ」


 魔王が、私を指差しながら言った。確かに、この村では珍しい色だし、両親の色でもないが、私の場合は曽祖母からの遺伝だと言われていた。つまり、目の前の男が言っていることが正しいのなら、曽祖母も魔術師だったということだ。しかし、そんな話は一度も聞いたことがない。


「何も伝えられていないようだな。まぁいい、後で思い知るだろう……お前を手に入れるためには、人間どもが邪魔だな」


 発言の内容は恐ろしく不穏なのに、顔は楽しそうに嗤っている。頭がおかしい。まるで、殺しが楽しいかのような態度だ。


「「っ!!」」

「父さん、母さん!!」


 なんの前触れもなく、父さんと母さんが炎に包まれた。いつの間にか二人を抑えていた男達は離れていて、父さんと母さんは悲鳴を上げながらのたうち回る。でも、どれだけ動いても火は消えない。それどころか勢いを増すばかりで、あれは普通の炎じゃないと私は悟った。


「やめて!消しなさい!」


 私は見えない壁に拳を叩きつける。傷付いた手が痛い。でもこんな痛み、今焼かれてる二人の痛みに比べれば軽いものだ。


「セラ!」


 どうにか壊そうと叩き続けると、アレクが止めてきた。なんで止めるのか、私は彼の顔を睨みあげる。


「離して!」

「はっ!愉快だなぁ。滑稽だなぁ。いいぞ、そのまま足掻け。どのみち助からんがな」

「っ!!!!!」


 心底楽しそうに笑いながら言ったその言葉に、私の中の何かが切れた。



「黙れ!!!!!!」

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