あの日いったい何があったのか
福留功に対して《デモニューロ》は、ほとんど無償ともいえる献身を与えてくれた。彼らは福留に成功と名声を与え、その対価としては、もちろん福留の価値観ではだが、見合わないほど僅かな報酬でそれに応えてくれた。
はじめのうち、福留はそれに無邪気に喜んでいたが、それが五年、十年と続くうちに、それは疑念へと変わっていった。
『……私に対価を求めないのは、それ以上のものを手に入れる算段を、彼らは密かにつけているからではないのだろうか……?』
そんなことを考えるようになった。彼らが人間世界に来た理由を、すでに福留はトトから聞いていた。だが変に聡いこの男、その理由を信じることが出来なかったのだ。そしてそれは、一番の協力者であるルーフィスが理由を秘していることも原因だった。そんな時、更に福留はルーフィスに関する事実を他の《デモニューロ》から聞いたのだ。
『ルーフィスは、かつて悪魔の世界を統治した一族の子孫に当たるというのだ』
「悪魔の世界を……それって、魔王ってことか? もしかして、それって……」
『恐らく、キミも知っているだろう。ルーフィスは何代も遡れば、彼の悪魔王ルシファーに連なる一族であるというのだよ』
ルシファー、かつてはルシフィルと呼ばれていた天使の一人であったものの、神を疑い二心を抱き堕天、以後人を拐かす悪魔となった、という存在である。
それを聞いて、福留の疑念は勝手に確信へと変わっていった。ルーフィスがこの世界に訪れたのは、この世界を手に入れるためであると、福留はそう考えたのだ。黙示録のその日善なる人と悪なる人はより分けられると言われているが、悪人を増やしこの世界そのものを地獄へと変えることが目的なのではないか、そう福留は考えた。
『そのため、私はルーフィスへの対抗手段を開発することにしたのだ。相手は《デモニューロ》、力づくで勝てる相手ではない。そこで、私は神話にヒントを得たのだ』
「神話に?」
『神話には悪魔の力を封じ込める、マジックアイテムがよく出て来る。そしてそれは壺や箱の形を取り、その中に悪魔を閉じ込めることでその影響力を永久的に失わせるものだ。私はそこから発展し、悪魔の力を取り込むアイテムを開発したのだ』
「それがアルケルメスと、《スマートドライバー》ってわけか」
『元々アルケルメスと封印システムとは別々の存在だったんだ。アルケルメスは個人携行型のパワードスーツの新システムとして開発したのだが、コストが高騰し量産が頓挫したという背景がある。試作品として一台残っていたものに封印システムを搭載したのさ』
あの小さな携帯のどこにそんなオーバーテクノロジーを搭載しているのだろうか。花鶏はぼんやりと思ったが、ふと小さな疑念が頭の中にもたげて来た。
「……待てよ。ドライバーとシステムが別々ってのは分かる。でも、ドライバーはそんなスーパーテクノロジーの塊なんだろ? なんで俺の携帯がそんなことに……」
『言ったはずだぞ、花鶏くん。こっそりキミの携帯を改造させてもらった、と。最近母上が聞いたこともない化粧品を使ってはいなかったかね?』
そう言われて、何となく花鶏はその原因を掴んだ。
「……あの化粧品。それ自体が、あんたの仕込みだったってわけか?」
『そういうことだ。キミのプロフィールを調べ上げ、信頼に足る人物だと確信した後、今度はキミの親族を調べた。とすると、どうだろう。キミの母上は無料という言葉に大層弱いようだ。そこを突かせてもらったのさ、試供品なら必ず食いつくと』
「で、こっそり自分のパーツを運ばせた、ってわけか。でもどうやって?」
『T市の倉庫は大部分が自動化されているからね。Anazonの倉庫とか見たことあるかね? ロボットアームとかドローンとかで指定された場所にある商品を運んでくるのさ。で、金を積んで倉庫の人間にパーツを紛れ込ませてもらったのさ』
どこまでも用意周到な男だ。花鶏は思わず苦笑した。
「で、化粧品と一緒にこっそりパーツを仕込んできたわけだ。呆れるぜ」
『なんとでも言いたまえ。おかげで私は、ここまで生き残って来たんだからな』
「話がズレたな。で、悪魔を封印するシステムを作って、それからどうしたんだ?」
携帯のスピーカーから舌打ちが聞こえた。どうやらこの男はぐらかす気だったらしい。
『紆余曲折を経て、私は封印システムの製造に成功した。だが知っての通り、それは対象の承認を必要とするものだったんだ。何といえばいいのか……魚を捕える籠のようなものなんだ。入るのは自由、だが出るには弁が邪魔して出れない、という感じか……』
「面倒なもの作ったんだなぁ。掃除機みたいに吸い込むだけでよかったじゃん」
『そうするには、デモニューロ以上の力が必要だ。現状のテクノロジーでデモニューロを超える出力を得ることは出来なかったんだ』
そこで、福留は言葉を切り、ため息を吐いた。
『……正直システムを作っているうちに、私の中で悪の部分が育っていったのを否定出来ない。悪魔の力を我が物に出来るということは、この世界を意のままに出来るということだ。どんな最新鋭戦車も、戦闘機も、爆弾も、そのものを殺すことは出来ない。もしかしたら、これ使って世界を征服することが出来るのではないかと……情けない話、あの時の私は本当に、そう考えていたんだ……』
「ここに来て世界征服願望開眼かよ。あんたどこまでクズになれば気が済むんだ……」
とはいえ、気持ちはわからないでもなかった。アルケルメスに変身した時に感じた力強さ、もっと言うのならば、全能感。誰も立ち向かえない敵を、たった一人で滅ぼす力への陶酔。そんなものを間近で感じたのならば、そう思っても無理はなかった。
『そして私は、ルーフィスを封印するために彼の前に赴いた。だが、彼は私の、そんな不自然さを感じ取っていたのだろう。逆に看破され……この有り様というわけさ』
「あんた一人が死んでそれで済むんなら、それでいい……いや、よくないかもしれないけどさ。でもそれで済んでれば、こんな面倒にはならなかったわけで……」
『分かっている。すべては私の責任だ。私が解決しなければならないこと……だが、私はもはや、たった一人でその責任を負うことは出来はしないのだ』
そう言って福留はパソコンから触手めいたコードを伸ばした。握手しろ、と言っているのだろう。花鶏は苦笑しながら、それを手に取った。奇妙な握手が完成した。
『私の尻拭い、キミに力を貸してもらわなければならないようだ』
「正直なところ、あんたはこれっぽっちも信じられねえ。人の携帯勝手に改造するわ、中のデータを人質に破壊を阻止するわ、あんたの恩人を勝手に封印しようとするわ、挙句の果てには世界征服願望なんてものを持つわで……」
『うっ、ううむ……言葉にして聞いてみると、悪いことをしてきたな……』
「けど、あんたがいなけりゃルーフィスを止めることは出来ない。あいつらに任せておけばいいのかもしれないけど、人間が招いた事態をあいつらに委ねるのは無責任すぎる」
そう言って、花鶏はノートパソコンの淵を指先で弾いた。
「あんたもちょっとは責任感じてんなら、どうにか出来るように頑張ってくれよ?」
『ふん……努力しよう。キミの力に期待しているよ、勇吾くん』
ここに、互いのことを全く信用していない、奇妙な共同戦線が誕生した。二人の目的はただ一つ、ルーフィスを止めるというただ一点。そのためだけに、二人は手を取る。
「さーて、と。それじゃあ、俺は寝かせてもらうぜ。体中が痛ぇんだ……」
『ああ、お休み勇吾くん。キミもこの体になれれば、そうした痛みとは無縁になれるのに。ルーフィスが機械を破壊しなければ、キミにもおすすめしていたところだよ』
「スマホから一歩も外に出られねえ、窮屈な生活ってのはごめんだよ」
そう言って、花鶏は目を閉じた。考えることは山ほどあったが、いまは考えないことにした。ルーフィスを止めなければ、それらの思案も意味がなくなってしまうのだから。