終末までの三時間十二分
窮屈な病院のベッドで、花鶏は伸びをした。いくつかの検診を経て、とりあえず問題はないと診察されたため、病室の中は静かなものだ。あまりの退屈さに死にそうになる。とりあえず、備え付けられたテレビをつけた。しばらくしたら大部屋に移ることになっているため、タダでこれを使える時間は限られているのだ。
「本日12時二寄港する予定になっているアメリカのイージス艦、ジョーズ=ブックですが、ご覧ください。港では物々しい警戒態勢を取っています。昨今T市で頻発しているテロ事件を受けてのこととみられますが、市民団体からは『威圧的だ』などの抗議が……」
そういえば、今日がジョーズ=ブックがここに着く日だったか、と花鶏は思い出した。あれだけ嫌われても活動を続けなければいけない軍人には頭が下がる。そんなことを考えていると病室の扉がノックされた。
調子から考えると看護師のものではないだろう。
「花鶏ー? 大丈夫、ちゃんと生きてるー?」
「入っていいよとも何とも言ってねえのに入ってくんなよ……まあ別にいいんだけどさ」
弓狩、アスラータ、トトの三人が病室に入って来た。受付の人はこの奇抜な面々にさぞ困惑したことだろう。
弓狩の手にはバスケットに入れられた見舞いの品らしいものが握られていたが、あの大振りなメロンをどうやってここで食べろと言うのだろうか。
「元気そうじゃねえか、花鶏。あの時はもうダメかと思っちまったんだがな」
「勝手に殺すなよ。福留さんが何とか守ってくれたのさ、なぁ?」
『……ま、キミは私が擁する、唯一の協力者だからねぇ?』
何となく含みのある言い方で福留は応じた。恐らく守ったのではなく、結果的に生きていたのだろう。何せあの時は福留の方も必死だったのだ、その点について責める気はない。ともかく、全員が揃ったので花鶏は本題へと移行した。
「……で、昨日街を探してもらったわけだがルーフィスの行方は分かったのか?」
「済まねえがさっぱりだ。以前使っていたアジト、あいつがよく行っていた店や街、探してみたがどこにも見当たらねえ。こうなっちまったらもうお手上げだぜ」
「ですが奇妙なことがありましたねー。捜索途中に何体か《デモニューロ》に会いまして。それも、この世界に顕現してくるところを目撃したのです。おかしいですねえ」
そもそも、《デモニューロ》は人間の世界に何の興味も持っていないはずなのだ。それがなぜ、今更になってこの世界に現れて来るのか。花鶏たちは考えた。
『……ルーフィスの誘いに応じて、この世界に来たという可能性はないのかね?』
「ネームバリューとかそういうことを言ってるんだと思いますけど、その可能性はないと思いますよ。《デモニューロ》が地上征伐を目指していたのなんて、それこそ何千年も前の話なのですから。今更そんなことをするはずはありませんし、あれだって歴史上最大の愚行として扱われているんですからねえ」
福留が語った地上征服論は、トトによって一蹴された。
「地上征服……天界と魔界との戦争、だったっけ?」
「戦争っていうか、派閥争いです。最大勢力である天界派から追われたルーフィスちゃんの御先祖様が若者を扇動して戦争を吹っかけて行った、って感じだったそうですよ。地上を守るため、というよりは魔界派の躍進を止めるために天界派もそれに応じたそうです」
「内輪もめで関係ないところを巻き込まないでほしいんだが……」
「それで戦費がかさみ過ぎて、天界派も魔界派も衰退したんですけどね? いまもその名残が残っていて、どっちが先に人を堕とせるかのゲームをやることもあるんです」
「ああ、天使も悪魔もやり方がいやにねちっこいのそういう理由かよ……」
要するに、直接対決では双方被害が大きくなりすぎるから、代理戦争をさせる方向性に変わったということか。どちらにしてもこの世界に住む人間には迷惑な話だ。そこまで考えて、花鶏には一つの考えが浮かんで来た。
「……いまの魔界の状況って、どういう感じなんだ?
そういや聞いたことなかったな」
「閉塞してますねー。私たち《デモニューロ》の寿命って極めて長いんですよ。数百から長ければ千年くらい。最近は医療技術とか、延命方法が分かってきたので更に長くなるそうです。だから権力者がいつまでも居座り続けるんですよねー」
「正直、こっちの世界に来た理由の一つはそれだしな。あっちにいても未来が見えん」
『しかし、そんなこといまの我々には関係は……なるほど、そういうことか』
聡い福留は、花鶏が言わんとするところを理解しているようだった。
「先の見えない閉塞感。それを解消する妙手を、ルーフィスが提示したとしたら?」
「なるほど、それにくっついて来たのがあいつら、ってわけか……」
「そう。あいつらは地上を制圧して、それを支配するつもりなんじゃあないのか?」
「なるほどー、地上制圧を行えば現在魔界で発生している貧困問題に対しても、ある程度の解決を図れるかもしれませんねー」
『しかし、どうやって地上を制圧するのだね? 《デモニューロ》がいかに強大な存在だと言っても限度はあるだろう。地上に現れたのも精々が数十体というところだし……』
言われて花鶏は、まだついたままになっていたテレビを見た。ディスプレイには米軍イージス艦ジョーズ=ブックの威容と、若さを強調したアナウンサーが映っていた。
「あいつは、人類に滅びてもらうと言っていた。だが、あいつ自身が滅ぼすとは言っていなかった。あいつは、人類には人類の手で滅びてもらうつもりなのかもしれんな……」
『まさか……停泊しているイージス艦を乗っ取ろうとしているとでも言うつもりかね!』
「あー、有り得ないことじゃないかもしれませんね。《デモニューロ》の能力で軍隊と渡り合うのは無理でも、戦艦一隻占拠するくらいなら楽勝だと思いますよ」
花鶏はイージス艦の持っている能力を理解しているわけではなかったが、それでも大まかに、大量のミサイルや弾薬を積んでいて、戦闘機を乗せていて、というのは理解出来た。それらを使えば、大惨劇を引き起こすことくらいワケはないだろう。
『もし、キミの考えている通りだとしたら……キミが考えているより深刻かもしれん』
「どういうことだよ、福留さん」
『イージス艦がイージス艦と呼ばれる所以は、イージスシステムと呼ばれる戦略統合システムを運用しているところにある。軍事衛星とリンクし、そこから送られる情報を元にして戦況を精密に分析、メートル単位での精密狙撃からマッハで迫ってくるミサイルの迎撃までを可能にする。ここで重要なのは、それぞれが電子的にリンクしていることだ』
そこまで行くと、もはや花鶏には福留が何を言おうとしているのかは理解できなかった。福留が語っていくのに任せることにした。
『イージス艦の電子システムはネットワークから遮断されており、通常の方法でハッキングを仕掛けることは出来ない。だが、《デモニューロ》の電子戦能力を持ってすればイージス艦のファイアウォールなど障子戸も同然だろう。彼らはイージス艦を手に入れるだけでなく、イージスシステムでリンクしたすべての武装を手にすることになる……!』
「そんなことになったとしたら……どうなるんだ?」
『新聞やニュース、ネットの情報から得られる戦力で予想するだけでも、片道だけなら全世界をカバーできる戦力をジョーズ=ブックは保有している。それらによって一斉攻撃を行えば相当な損害が出るだろうが、問題はそれだけに留まらない』
「事実としては、アメリカが攻撃したという点が重要というわけですねー?」
『その通り。世界の軍事同盟をリードするアメリカが同盟国や仮想敵国を一斉に攻撃したとなれば、問題は単なる軍事衝突に留まらない。最悪、第三次世界大戦だ……!』
「人類には自分で滅んでもらう、ってのはそういう意味かよ……クソッ!」
花鶏は拳を打ち付けた。体中が痛むが、もはやそんなことを言っている場合ではない。
『だが彼がジョーズ=ブックの寄港を待っていたというのは朗報だ。つまり、彼には空中や海中からジョーズ=ブックに干渉する手段がないということだからな。
すなわち、彼らがどのタイミングで攻撃を仕掛けて来るか、ある程度予測がつくというわけだ』
「つまり、あいつらは今日の十二時に攻撃を仕掛けてくる、ってわけか……」
残すところ数時間。だが、何の手もないわけではない。少なくとも両手足は動く。
「だったら、俺たちが行って《デモニューロ》を蹴散らして、ルーフィスを倒す。それでこの事件は全部解決、ってことになるわけだな?」
『ようやく、私もすべてに決着をつけることが出来るようだな……』
「俺も行くぜ。あいつにはいろいろと借りも貸しもある。返してもらわにゃならん」
「最終回を見るためにこっちに来たのに、世界に滅びられちゃたまりませんからねぇ」
花鶏、アスラータ、トトは手を取り合った。
その後、朝食を持ってきた看護師は仰天することになる。絶対安静を命じられていた花鶏勇吾の姿が、忽然と消えていたのだ。着替えの痕跡と、全開になった窓。すぐさま通報され、病院の敷地内の大捜索が行われた。その時にはもう、花鶏はそこにいなかったが。
人ごみに溶け込めるラフな格好で街を歩いている中、花鶏は朝飯くらい食って来ればよかったな、と密かに思うのであった。人類の終末まで、あと三時間十二分。




