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世界でいちばんしあわせな日

 シリルと再会をしてから早くも一年が過ぎようとしていた。

 シリルが粘った甲斐があり、陛下に私とシリルの結婚をようやく認めて貰え、いよいよ明日がその婚礼の日。

 国を挙げてのお披露目ということで、陛下はとても張り切って準備をしていた。

 私のドレスについてはシリルと一緒に色々と考えてくださり、私は陛下に愛されているのだな、と実感することができた。


「こんばんは、月が綺麗な夜だね?」


 突然声が聞こえ、私はキョロキョロと辺りを見渡す。

「こっち、こっちだよ」と声のする方を向けば、もうすっかり見慣れたシリルの優しい金色の瞳と目が合った。私は反射的に微笑む。


「シリル」


 私が彼の名を呼ぶと、魔法で宙に浮いていた彼はにっこりと微笑み、私に手を差し出す。


「おいで、俺のお姫様。夜の空を散歩しよう?」


 シリルの手に引っ張られて私は宙に浮かぶ。

 まるで初めてシリルと出会った日のようで、私はクスクスと笑いを零してしまった。


「初めて出会ったと同じだね」

「それを狙っていたんだよ」


 そう言っておどけてみせたシリルに私は首を傾げる。


「どうして?」

「そうだなぁ…確認をしたくて、かな?」


 空高く上がり、城よりも高い位置まで上がると、そこで私たちは止まった。月がとても大きく見える。そんなところまで、あの日と一緒だ。

 シリルはいつもの王子様の服ではなく、初めて会った日と同じような服を着て、マントをなびかせた。

 そして真剣な顔をして私を見つめた。


「なあ、フェル。俺が君に約束したこと、覚えているか?」

「約束したこと……?」


 私は少し考えて、初めてシリルに出逢った日に言われた言葉を思い出した。


「私を世界でいちばんしあわせなお姫様にする……」

「そうそう、それ」


 私の呟きに、シリルはとても嬉しそうに頷いたあと、少し不安そうな表情を浮かべた。


「俺は君にそう約束をした。けど、本当にその約束を果たせたのかって不安になってさ」


 情けないだろ?とシリルは苦笑した。

 そんなシリルに私は目を見張り、全力で首を横に振った。


「私、しあわせだよ。今、とてもしあわせ。だって大好きな人と一緒にいられるんだもの。これ以上のしあわせなんて、ないよ。むしろ幸せすぎて怖いくらい」

「……そっか。それを聞いて、安心した」


 シリルはとても安心したように笑った。


「なあ、フェル。もう一度約束をさせてほしい」

「約束?」

「ああ。俺は君をしあわせにする。俺の一生をかけて、俺自身の力で君をしあわせにしたいんだ。その権利を、俺にくれますか?」

「シリル……」


 優しい目で私を見つめて囁いたシリルに、私は思わず涙ぐむ。シリルの台詞の意味がわかったから。

 これは、シリルからの求婚の言葉(プロポーズ)

 一年前にも言ってくれたけれど、また改めて言って貰えるなんて思ってなかった。

 どうしよう、すごく嬉しい。

 私はコクリと頷くので精一杯だった。しあわせで、胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。


「しあわせすぎて怖いってフェルは言ってたけどさ、まだまだフェルをしあわせにするつもりだから。覚悟しておくように。な?」


 そう言って悪戯っ子のように笑ったシリルの笑顔を、私はずっと覚えていようと思った。




 結婚式の当日は、朝からバタバタとしていた。

 バタバタしていたのは私のお世話をしてくれる侍女だけで、私自身は彼女たちにされるがままなのだけど。

 純白のウエディングドレスのシルエットはプリンセスラインで、幾重にも重なったフリルがふわふわと揺れて、とても可愛らしいデザインだった。

 陛下とシリルが選んだデザイン。私に似合うだろうと二人が考えてくれたものだ。

 髪は丁寧に編み込んでまとめられて、化粧はいつもよりも丹念に、そして花嫁らしく清楚な印象になるようにしてくれた。

 そしてヴェールを被れば完成だ。


「姫様……とても綺麗ですわ」

「うっとりしてしまいます……」


 仕上がった私を見て、侍女たちは満足そうに息を吐く。

 私は侍女たちに精一杯の気持ちを込めて「ありがとう」と言うと、侍女たちはとても誇らしそうに微笑み返してくれた。


 あとは式が始まるのを待つだけになった。

 私は一人で控室に待機をしていると、控えめにノックがされた。


「はい」

「フェル?私たちよ、わかる?」

「……姉様?」


 部屋の外から懐かしい姉たちの声がして、私は思わず立ち上がった。

「今、入っても大丈夫?」と言う姉たちに私は「どうぞ」と返事をすると、懐かしい姉たちが顔を出す。

 二人ともとても元気そうで、前よりも明るい表情をしているように見えた。


「まあ、フェル。とっても綺麗だわ」

「本当に……さすがは私たちの自慢の子ね」

「姉様たち……来てくれたの?手紙には来れないかもって……」


 私は姉たちに結婚式への招待状を出していた。

 けれど結婚式に出るのは難しいかもしれない、という返事を貰っていたので、姉たちの参列は半ば諦めていた。

 だからこそ、姉たちが来てくれてとても嬉しい。


「なんとか来れたのよ」

「私たちもフェルの晴れ姿を見たかったし、来れて良かったわ」


 そう言って微笑む姉たちに、私は涙が出そうになった。

 離れていても、私が王女だとわかっても変わらず接してくれる姉たちがとても嬉しかった。

 泣いたら折角の化粧が崩れてしまう。だから私は必死に涙を堪えて笑う。


「来てくれて、とっても嬉しいわ。ありがとう、姉様たち」

「ふふ。喜ぶのはまだ早いのよ、フェル」

「え?」


 姉たちは意味ありげに顔を見合わせて、後ろを振り向く。

 そして姉たちの背後から現れたのは―――


「叔母様……?」

「フェル……ああ、とっても綺麗だわ」


 そう言って私を眩しそうに、叔母は私を見つめた。

 その目にはうっすらと涙が滲んでいた。


「叔母様、どうして……?」

「私、どうしてもあなたに謝りたくて……謝って許して貰えるなんて思っていないわ。だけど……あなたに一言、ごめんなさいとおめでとうって言わせてちょうだい」

「叔母様……嬉しいです。また、叔母様にフェルって呼んで貰えて……とても嬉しいです。私のためにわざわざ来てくださって、ありがとうございます」

「フェル……」


 そう言って微笑んだ私を見て、叔母様は堪えきらなくなったように涙を零し、私に抱き付いた。


「ごめんなさい、フェル……私、あの人がいなくなって、辛くて……いけないと、だめだとわかっていたけれど、あなたに当たってしまって……あなたは何も悪くないのに、あの人が死んだのはあなたのせいだと思い込んでしまったの……」

「ええ……わかっています。わかっていますから」

「本当に、今までごめんなさい……私が言えた義理ではないけれど、どうかあの人の分まで幸せになって……」

「叔母様……」


 涙を堪えようと思ったけれど、だめだった。

 私はとうとう涙を流してしまった。

 叔母の後ろで、姉たちも涙ぐんでいる。


 叔母様は病気が治ったようだ。

 叔母様の病気が治って、本当に良かった。


 叔母様たちが部屋を出るのと入れ違いにシリルが顔を出した。

 涙で化粧が崩れてしまった私を見て、シリルは優しく笑った。


「良かったな、フェル。叔母さんが来てくれて」

「うん……」


 涙を拭いながら頷く私の頭を、シリルが優しくポンポンと叩く。


「叔母様から聞いたわ。シリルが、叔母様を説得してくれたんだって」


 ありがとう、と私がお礼を言うと、シリルは照れくさそうに頬を掻いた。


「俺がフェルの喜んだ顔が見たかっただけなんだ。結局は俺のためなんだよ。だから礼なんて要らない」

「でも、私とても嬉しい。私のためにシリルが陰で色々動いてくれて、すごく嬉しいの。だからお礼は言わせて?」


 本当にありがとう、シリル。

 私がそうお礼を言うと、シリルは困った顔をして視線を彷徨わせた。


「あー……やっぱ俺、フェルには敵わないなぁ」


 シリルはそう呟いて苦笑した。

 改めてシリルと見ると、シリルは私のお揃いの白いタキシードに身を包んでいた。

 髪も珍しく丁寧に梳かしつけられており、いつもよりも格好良く見えた。

 思わずシリルに見惚れていると、シリルは悪戯っ子のように表情を崩した。


「結構イケてるだろ、俺」


 格好つけてお辞儀をしたシリルに私はクスリと笑いを零す。


「うん。いつもよりも格好いいよ」

「だろ?フェルも、いつもよりもずっと綺麗だ。こんな綺麗な子が俺の奥さんになるなんてなぁ。俺はきっと世界で一番の幸せ者だな」

「そう……かな」

「そうさ。……そろそろ時間だな。先に行って待っているから」

「うん」


 またあとで。

 そう言って私の頬にキスをしてシリルは去っていった。

 それと入れ違いに侍女たちがまた部屋に入ってきて、軽く化粧を直してくれた。

 そして私はヴェールを被って式場へと向かい歩き出す。


 式場内に入ると、多くの人たちが私を待っていた。

 どの人も笑顔で私を祝福してくれた。なんだか不思議で、夢のよう。


「姫様、おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 私が歩くたびにそんな声が私に掛かる。

 私、こんなにたくさんの人に祝福されているんだ、と心がじんわりと温かくなった。


 15歳の私は、こんな風にみんなから祝福されている姿を想像することすらしなかった。

 毎日ただ必死に働いて、未来を夢見ることを諦めていた日々。

 そんな日々を変えてくれたのは、金色の瞳の魔法使いだった。


 長いヴァージンロードの先で、私の大好きな人が私を見つめて待っている。

 金色の目を優しく細め、私を愛おしそうに見てくれる人。

 私の世界を変えてくれた、私の大切な人。


「……健やかな時も病める時も、愛し合い、敬い、励まし合って変わることなく永遠に愛することを誓いますか?」

「誓います」


 私たちは神父様の問いかけに答え、指輪を交換する。

 緊張で少し震える手を、シリルは優しく握り、大丈夫だよ、と目で私に伝えた。

 そして声には出さずに「俺に任せて」と口を動かす。

 私は微かに頷くと同時に「ヴェールを挙げてください」と神父様の声が掛かる。

 シリルはとても慎重な手つきでヴェールを挙げた。

 私の大好きな金色の瞳が私を映しだす。


「誓いの口づけを」


 シリルが優しく私を抱き寄せ、シリルの顔が私に近づく。

 私は自然と目を閉じる。そして口に柔らかいものが一瞬だけ触れたと感じた時、わあああ、と歓声が上がる。


 私が驚いて周囲を見ると、みんなが笑顔で「おめでとう」と口々に言っていた。

 その中には涙ぐんで私を見つめる叔母様と姉様たちの姿と、とても優しい目で私を見つめる陛下の姿、そして遠くから微笑ましそうに私たちを見ていたアゼル様の姿もあった。


 たくさんの人から祝福される私は、きっと世界でいちばんしあわせなお姫様だ。

 私とシリルは互いに顔を見合わせて、笑い合った。

 そして、素敵な結婚式にしてくれたみんなに、心から感謝をした。



 今日は、私の今までの人生の中で、いちばんしあわせな日になった。





これにておしまいです。

かなり間が空いてしまいましたが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!!

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[一言] 癒されました。 心が温もる素敵なお話に感謝を!
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