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EPISODE 4: STAR LANE AREA 006 - 1501 LY

暴力的な10秒間が終わり、バレット・カノンは「スター・レーン」の磁気流に乗った。


あとはオート操縦でも、勝手に緩やかに30.0MLS/hという、物理法則を超えた速度へと加速していく。


船体を軋ませていた5Gの重圧は嘘のように消え去り、コックピットには、低く安定した巡航音と、焼けた電子基板の匂いだけが残されている。


「……っ、あーもう限界! 最悪。

 全身汗と機械油の匂いしかしない!」


助手席で意識を取り戻したヴィカが、自身の乱れた淡い金髪のウルフヘアー——その毛先に鮮やかなピンクのメッシュが入った特徴的な髪——を乱暴に掻きむしりながら叫んだ。


「チケット貰ってから……いや、正確にはその前から、まともにお風呂入ってないじゃない!

 この機会に私、ちょっと身体ふくわ!」


「……まだ気になる匂いじゃない」


J.J.は操縦桿から手を離さず、正面の星の海を見据えたまま平然と言い放った。


「うるさい! 私が気になるのよ! っていうか匂いかぐなぁっ!!」


ヴィカの顔が朱に染まり、6畳間のコックピットに怒声が響く。


彼女はJ.J.の言葉に抗議しながらも、部屋の片隅にある自身の巨大なサーバーラックの隙間に、何枚かのタオルをクリップで留めて簡易的な「仕切り」を作り始めた。


「だいたい、最大船速5000万光速の宇宙船に乗ってんのに、お湯で濡らしたタオルで身体を拭くだけなんて……いつの時代の原始人よ!」


仕切りの向こうから、衣擦れの音と共に文句が飛んでくる。


隙間からチラリと見える彼女の体型は、20代前半という年齢に反してハイティーンのように小柄で華奢だった。


しかし、その細い腕や引き締まった腹筋は、ただの少女ではなく、過酷な裏社会を生き抜いてきた凄腕ハッカーの機能美を感じさせる。


彼女の大きな濃いダークブルーの瞳は、今は不満げに細められているに違いない。


「文句を言うな。

 限られた電力とリソースだ、水は貴重なんだよ」


J.J.は、相変わらず振り返ることなく、今回は適当な相槌ではなく、しっかりとした言葉で会話に混ざった。


彼の無造作に伸びたアッシュグレイのウルフヘアーの奥、冷徹なダークブラウンの鋭い瞳は、ただ静かに前方の光の奔流だけを映している。


「だからって、もうちょっとマシな設備あってもいいでしょ……っ、あ、カノン! おかわり!」


『はい、ヴィカ様。

 温度70度に設定した蒸しタオルです』


装飾を削ぎ落としたゴミのような魔改造ドローン(カノン)が、マジックアームで器用にホカホカの蒸しタオルを挟み、仕切りの隙間からヴィカへと差し出す。


ヴィカはそれを受け取ってゴシゴシと首筋を拭きながら、パーテーションの向こうの相棒に呆れた声を投げかけた。


「J.J.、あんたも臭うから、いいかげんタオルで拭きなさいよ。

 まだしばらくは自動運転でなんとかなるんでしょ」


「……臭くて死んだやつはいねえ」


J.J.は操縦桿を握ったまま、まったく悪びれる様子もなく平然と返した。


「あたしが死ぬのよ!!」


パーテーションの向こうから、ヴィカの悲鳴のような怒号が飛んでくる。


「カノン! J.J.用蒸しタオル5枚おかわり!!

 自分でふかなきゃあたしとカノンがふくわよ!」


『…私もですか?』


突然の理不尽な飛び火に、カノンの無機質な合成音声が心なしか戸惑ったように揺れた。


「そうよ! あんたのアームで、この汗臭い筋肉ゴリラをピカピカに磨き上げてやりなさい!」


『……私の駆動系は清掃・入浴補助用には設計されていませんが。

 J.J.様、抵抗されると私のモーターが焼き切れるので、大人しく拭かれてください』


カノンのドローンが、不本意そうにマジックアームに5枚の蒸しタオルを掴み、J.J.の顔の周りをウロウロと飛び回り始める。


「鬱陶しい、退けカノン」


J.J.は鬱陶しそうにドローンを手で払い除けながら、小さく舌打ちをした。


仕切りの向こうで、ヴィカがさらに声を荒らげる。


「さもないと、そろそろその髪、カノンに切らせるわよ?」


ピタリと、J.J.の手が止まった。


彼の視線の先で、カノンのマジックアームがいつの間にかアタッチメントを付け替え、「いつでもいけます」と言わんばかりに、カチャカチャと無機質な刃が音を立てて開閉している。


「………わかった、カノン、タオルよこせ」


『はい。温度70度、除菌済みの蒸しタオルです。……懸明なご判断ですね、J.J.様。

 私の現在のアームの精度では、散髪というより「頭皮の切除」になる確率が 87% を超えておりましたので』


ハサミのアームで、蒸しタオルにほつれ一つ付けずに渡してくる。


なんでこれが出来て、87%なんだよ。


「……二度と、俺の頭に近づくな」


J.J.は奪い取るようにタオルを受け取り、首筋の汗を乱暴に拭った。


上着を脱ぎ、その当たりに乱雑に投げ捨てる。


あらわになったJ.J.の褐色の肌には、無数の傷が浮かんでいる。


裂傷、刀傷、銃創、火傷……あらゆる傷の見本市だ。


それらの傷が、隆々とした筋肉で作られた山河に歪められている。


J.J.はこともなげに、乱暴に、70度の熱気で数々の傷にさらなる洗礼を与えていく。



二人が放つ蒸気が、鉄の匂いに混じってコックピットに漂う。


ヴィカのご機嫌な鼻歌と、サーバーラックの冷却ファンの唸り、そしてカノンの駆動音。


六畳間の静寂を、その匂いが満たしていた。


だが、平穏という名の薄氷は、唐突に砕け散る。


——ピーッ。


コンソールから、神経を逆撫でするような高い電子音が響いた。


J.J.の瞳が、一瞬でダークブラウンから、戦場を見据える冷徹なスチールグレーへと切り替わる。


「……カノン!」


『外部からのハッキングを検知。

 スター・レーン上に、電子攻撃を向けている機体があります。

 ……どうやら、お風呂の時間は終了のようですね』


J.J.は湿ったタオルを床へ放り捨て、シートに手をかける。


「どうせ来るなら、せめて俺がタオルを取る前に来いってんだ…」


日常を破るのは、いつも単調な電子音だ。


光の奔流の向こう側に、新たな「暴力」の輪郭が浮かび上がろうとしていた。



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