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「………今ならまだ引き返せますが?」
サマンサによる治療と言う名の拷問が終わり、海を眺めながらぼーっと物思いに耽っていた耳に声が入ってきた。
「……あっ?」
「お望みであれば、王国の奴らの土手っ腹に風穴を開ける事も可能ですよ?」
何だ?と思い顔を上げれば、穏やかな笑みを浮かべながらも、物騒な事をサラリと言うクルツと目が合った。
「ふふっ、ご命令さえ下されば王国を焦土にも出来ますが、如何がなさいますか?」
??????
柔らかな表情とまったく懸け離れた言葉に意味が分からなくて一瞬呆けた。
「は?何言ってんだクルツ?」
「ふむ……ではせめて軽く炙るのはどうですか?」
「はあ!!??お前ふざけてるのか?」
何を肉の焼き方みたいに尋ねてきているのか?冗談にしてもたちが悪いと睨みつける。
「あら、良いではありませんか。いっそのことスッキリと何もかも焼き払って更地にして頂いたらどうですか?」
「!!!!?????」
サマンサまでクルツの言葉に同調するのでギョッとする。
「…………もしかして………皇帝から何か命令でも届いたのか?」
大帝国の海軍提督であるクルツを動かせる者などほとんどいない。
まさかとは思うが、大義名分などお構いなし王国を手に入れろとでも命令が来たのかと身構えた。
しかしクルツは『はて?』と小首を傾げた。
「いいえ?陛下におかれましては、ここだけの話もはや小国となった王国など、問題だらけの不良債権と同じ、場所も帝国からは遠く、手に入れても統治に手間取るだけで何のメリットもないとお考えです。
元々神殿が『伝承の勇者が現れた』と騒ぎ立てなければ、幼いレオニダス様を戦場に送らなかったと散々ぼやかれていた事ご存知でしょう?」
「……………………。」
大っぴらには言えないが、帝国は真の勇者が建国した国であり、女神イリシスを祀るとはいえ、千年も前の勇者の真実の為に王国を倒すことにいい顔をしない者もいる。
実はその最たる者がレオニダスの父である皇帝で、現実主義者の彼は千年前の復讐劇など馬鹿げているし、王国など放っておいてもそのうち滅びるだろうと、大事な息子や帝国軍を魔王討伐に投入することに乗り気では無かったのだ。
「……………じゃあ何だってんだ?」
ますます意味が分からずに二人を見つめると、顔を見合わせた二人は
「それはもちろん………」
「騎士達が殺気だってるからですよねえ。」
とクルツの答えをサマンサが受け継ぐ形で、想定外の答えを返してきて呆気にとられた。
「?何言って…………。」
二人の答えに周りを見渡せば、『今すぐ出撃します!』と言わんばかりの殺る気に満ちた騎士達の顔が目に入り息を飲む。
(は?…………どうしたコレ?)
状況が飲み込めずポカンとしていると
「大事な主君が侮られ傷つけられたのですよ?
しかもそんな暗い顔見せられて、忠誠心の厚い帝国の騎士達が憤らないと思っていたのですかレオニダス様。」
呆れたようなサマンサの言葉に、暗い顔?と反射的にバッと腕で顔を隠した。
「ご命令ゆえ我慢しておりましたが、やはり王国の奴らには我々の大事な第二皇子を踏みつけにした代償は払わせるべきです!」
「そうです!我々のレオニダス様を3年も占領した挙句、恩も忘れて仇で返す輩など許すべきではありません!」
騎士達はすっかり王国への憎しみを燃え上がらせており、只々レオニダスの為に怒っているのだと知って唖然する。
帝国の騎士達にとって、レオニダスは伝承の勇者で、忠誠を誓う帝国の第二皇子であるだけではない。
レオニダスよりも年嵩の者からすれば、戦場で幼い頃から見守ってきた息子や弟のような存在であり、同じ年代のものであれば尊敬する戦友であり、年下の者からみれば数々の戦場で勝利を収めてきた憧れの英雄ともいえる存在だ。
彼等からしてみれば、レオニダス本人が納得して決めた事だとしても、落ち込む姿をみれば、そうさせた王国へ怒りが募るのも当然だろう。
だがまさか3年も前に勝手に国を飛び出し、女神の意思に背く様な行動をとったのに、帝国の騎士達が未だにこれほど自分を慕ってくれているとは夢にも思っていなかった。
むしろ騎士達にはそっぽを向かれても仕方ないと思っていたのに、これは想定外だった。
まったく想定外過ぎて、なんともいえぬ面映さが胸に広がる。
「……お前ら……3年も行方を眩ませてた、こんな身勝手な男の為に腹立てんなよ……。」
"レオニダスを蔑ろにした"その理由だけで憤ってくれる騎士達の気持ちが有り難くもこそばゆい。
とはいえ魔王が討たれた今、入れ替わりが表立ってもいないのに、王国に攻め入ればそれは完全な侵略だ。
そんな事は望んでいないし、させたくない。
「…………あのなぁ、俺がお前らを何で呼んだと思ってんだ。
気持ちは嬉しいが、俺が望んでもいない憂さ晴らしをするつもりか?」
そう言えば、騎士達はぐっと顔を顰めた。
彼等が王国へと来た理由は単にレオニダスを迎えに来たからではない。
彼等が来た理由、それは万が一にもレオニダスが魔王に敗れた場合、第二皇子の遺言として魔王を倒し王国を守る為だった。
「……ならばこそ許せぬのです。そこまで王国を想い戦われたレオニダス様を、用済みになった途端に追い出すなど、レオニダス様を踏みにじるにも程がある……。」
なるほど詳しい事情を知らぬ帝国の騎士達からすれば、王国は大事なレオニダスを利用するだけ利用して捨てた恩知らず共だろう。
さて、どう宥めたものかと思案する。
何故なら、一番恩知らずな行為だと己を責めているのは、王国の奴らだろうからだ。
「……俺は別に蔑ろにされたと思ってねえから、王国の奴らをそう責めてやるな。
ただアイツらは、あの野郎………王太子への忠誠心が強かっただけだ。
………俺にそんだけ想い入れしてくれるお前らなら、その気持ちも分かんだろ?」
フィオーナや側近達にとって『王太子の地位を返してほしい』との申し出は、王太子を取り戻す為とはいえ、信義に背く相当な苦痛を伴ったものに違いない。
忠義と恩との板挟みの中、悩み苦しみながら出した結論だったのだと思う。
あの日、彼等は何度も謝罪の言葉を口にし、地に平伏しながらずっと涙を流していた。
『もういい。』と何度言っても顔を上げず、こちらが困ったくらいだった。
『……申し訳ございせん。勇者様が如何に勇敢に戦い、これまでどれほどの犠牲を払って下さったのか理解していない者はおりません。………あなたに王佐の才があることを疑う者もおりません……。
しかしそれでも………それでも我々は……どうしても王太子殿下を諦められないのです。』
自分達がしている要求がどれだけ厚顔無恥な願いであるか、俺の献身を踏みにじるものか痛いほど理解した上で、自分達の命を懸けて願い出ていた。
フィオーナの琴の件で俺に突っかかってきたあの側近など、
『お許し下さい……もしも来世があるのならば…必ず…必ずお仕え致しますので…。』
と鬱陶しいほど俺に縋り付いて、どん引くほど号泣するのでゲンナリするほどだった。
フィオーナにしても、魔王討伐の報酬である王太子の地位の代わりに自分で差し出せる物ならば何でも出すと言った言葉に嘘偽りなどなかったろう。
その身を差し出せと言ったならば、躊躇わずに差し出した筈だ。
勿論そんな事はさせないし、するつもりもない。アイツらは十分苦しんだと分かっている。
俺がもしアイツらの立場だとしても、見捨てる事は出来なかったろうと思う位には、王太子が愚直なまでに誠実な男だったのだから仕方ない。
フィオーナがサポートをしていたとはいえ、バレないようにしていたのだから、必要最低限のサポートだったろう。
それでも3年、膿まず弛まず変わらぬ誠実さを武器に、王国の為に生きていた男だ。
長年仕えていた側近達が諦めきれないのも道理だろう。
「ですが…結局その王太子は誠実だったというだけで、魔王討伐というレオニダス様の功績を手中に収めるのでしょう……。
……それは余りにも悔しいではありませんか………………。」
それでも納得出来ないのか、本人よりも悔しがってくれる騎士達に苦笑する。
こんな時真っ先に騎士達を纏めるべきクルツはというと、『お手並み拝見』と言わんばかりの笑顔で助け舟を出す気配すらない。
(………………しょうがねえな。)
仕方がないので、忠義に厚い騎士達の憂いを晴らすべく、とっておきの情報を一つバラす。
「………………誰もタダで要求を呑んでやったとは言ってねえぜ。」
そう言うとレオニダスが黙ってやられる玉ではないと思い出したのか、騎士達はハッとした顔でレオニダスを見つめた。
「アイツらには、入れ替わっていた事実を永遠に秘密のままにするように条件をつけといた。」
「?それが何か?それではむしろ王国にとって願ったり叶ったりではありませんか?」
「……そう思うか?」
疑問符を飛ばす騎士達に、ニヤリと意地悪く笑う。
王国の奴らも、『それは魔王討伐の名声を完全に王太子に譲られると言う事ですか…』と俺の無欲っぷりに感涙していたが…………それがどれほど大変なことか、とんでもない条件だったといつ頃気づくことか。
「魔王は倒したが、まだまだ魔族の残党狩りは続くだろう?それに援軍をくれた周辺国から要請があれば今回の恩を返すべく、勇者として出兵しなきゃいけねえ事もあるだろう?
そしたら王太子の野郎はその度に、"俺" を演じなきゃなんねえってことだ。」
それはつまり、王太子はこれから対外的に一生涯をかけてレオニダスのフリをしなければいけないと言うことだ。
自分で言うのも何だが俺は優秀だ。伊達にガキの頃から戦場を渡り歩いて来たわけじゃない。
俺だからこそ切り抜けられた戦局や戦術は沢山あった。
そんな俺の真似を一生続けろというのだ。
本人もだがサポートをせねばならない側近達もさぞや骨が折れる事だろう。
「あのクソ真面目野郎の事だ、きっと約束を違えることなく、全力で一生俺の真似を続けんだろうなぁ。」
想像して黒い笑みを浮かべる。
「いっ……一生レオニダス様の真似をして戦えと…………?」
「それは…………キツイ…………。」
戦場での俺の無茶っぷりを知りつくしている帝国の騎士達が、俺の意図を理解して青褪める。
先ほどまで憤りはどこへやら、騎士達は憤っていたのも忘れて水を打ったように静まり返った。




