ふたりのハヤテ その2 旅立ち
こんにちは。『ふたりのハヤテ』の第2話をお届けします。第1話は初めて投稿した作品ですが、ブクマや評価、スタンプをつけてくださる方がいらして、すっかり舞い上がってしまいました。
コツコツ連載して、最終回になる頃にはつけて貰えるのかなぁ、ぐらいに思っていたので、1話目から目を留めてくださり、本当にありがとうございます。
イラストは立川エコさん、デザインは鳴滝さんにお願いしました。お二方ともいつもありがとうございます。
今回は昆虫がかなりしっかり出てくるので、苦手な方はご注意ください。
五にんの旅を今後も見守っていただけたら嬉しいです!
「よし、歩くぞ」
契約書には『現地までは馬車で一日半』とありましたが、現場近くまで乗合馬車があるわけではありません。乗合馬車に一日揺られた五にんは、宿屋に宿泊し、翌朝、街道から分かれた道を現地まで歩くことになりました。
「お金持ちと違って手持ちの馬車があるわけじゃないしね……」
貸し馬車もあるのですが、森で犬を探すとなると、何日かかるかわかりません。
「今日中に辿り着きたいな」
言いながらかざみが颯爽と反対方向に歩き出しました。ほむらがそれを引き戻します。
季節は初夏、青空に雲がたなびきます。はるか頭上には黒い鳥が飛んでいました。鳥人ではないようです。
「ほむらとかざみはどのくらい鳥とお話しできるの?」
うみが空を見上げながら訊きました。鳥人のなかにはある程度鳥の言葉がわかる者もいます。
「種類にもよるが、カラスは良くわかるな」
「ヤツらに話が通じるかどうかは別だけどね!」
かざみとほむらが答えます。
「おお、そうなのね。うみはあまり鳥さんのお気持ちはわからないのだけど、おととは良く鳥さんとお話しできるの」
「へぇ、それなら使い魔を持てるんじゃないか?」
「それは素敵ね!」
「お兄ちゃん、使い魔ってなに?」
そらが無邪気に訊ねます。
「そうねおとと、鳩さんや猫さんみたいな動物で、おととやうみのお仕事を手伝ってくれるのよ」
「お兄ちゃん、使い魔がいるといいね!」
「森に入ることになったら隊列はどうする?」
先頭に立ったほむらが皆を振り返りました。
「ふたりの時は俺が先でかざみが後ろに着いて来たけど、奇襲に備えるにはしんがりに接近戦のできるヤツがいた方がいいんだよな」
皆の視線がそらに集まりました。そして沈黙が生まれます。
「おお、おとと、一番後ろにいてうみや皆さんを守ることはできる?」
「うん、お兄ちゃん、そら頑張る!」
「うみの後ろにしっかりと着いて来るのよ」
「大丈夫よ、お兄ちゃん」
どことなく不安を誘う会話です。するとオキナが言いました。
「俺は接近戦に巻き込まれたくないから一番最後を歩きたい。ただ、歳で足下もおぼつかん。誰かが手を繋いで一緒に歩いてくれれば助かるんだがなぁ」
「オキナおじいちゃん、そら、手繋いであげる! 守ってあげるからね!」
「おお、おとと、それがいいの。オキナさんをしっかりお守りするのよ!」
「うん!」
そらは喜んでオキナと手を繋ぎました。ほむらとかざみは感心しました。
「これが年の功か……」
日が高く昇る頃、五にんは休憩してお昼ご飯を食べることにしました。この地方の初夏は爽やかな気候ですが、雲一つない空には燦々と太陽が輝き、歩いていると若干暑く感じます。皆は木陰を選び、腰を下ろしました。日が遮られると、風が通り抜けて涼しく感じます。
ほむらとかざみが携帯食を取り出すと、うみとそらはそれぞれの荷物から包みを取り出しました。宿で買った携帯食とは違う包みです。ほむらが思わず目で追うと、きょうだいは笑いました。
「うみたちにはとっておきがあるの」
「なになに?」
「村から持ってきたお弁当で、とても美味しいのよ!」
きょうだいが袋から取り出した『とっておき』を見て、ほむらとかざみは背筋が凍りそうになりました。それは茶色い、肘から下くらいの大きさの、干からびたバッタでした。
「お兄ちゃんたち、食べる?」
そらが好意に満ちた笑顔で言いました。今にも脚を一本、ちぎってくれそうです。
「おっ……俺たちには美味しいパンと干し肉があるから!」
そらが小首を傾げます。
「そうなの! よかったぁ! 本当はね、そらが全部食べたかったの」
「おお、おとと、燻製したバッタは格別なお味ね!」
「おいし! おいし!!」
きょうだいがパリパリコリコリ音を立てて『お弁当』を食べる様子を、なるべく視界に入れないようにしつつ、ほむらとかざみは涙目でパンと干し肉を食べました。
日が落ちかける頃に、五にんはようやく依頼人の別荘らしき場所に辿り着きました。なだらかな丘の上にある二階建ての館は、思っていたよりも立派です。皆は丘の麓で立ち止まりました。館の傍からは小川が流れ出しています。
「……あれかな」
「行くか?」
「書類に『依頼人と話すには冒険者ギルドを介すこと』とはあったけど、『別荘の使用人と話してはならない』だなんて規約はなかったよな?」
「隅から隅まで読んだけれど、確かになかったのよ」
ほむらの問いにうみが答えます。
「うまく聞き込みができたらいいけれど……」
「聞き込みはともかく、ご挨拶はした方がいいだろう。これから背後の森を探索するのだからな」
かざみがもっともなことを言います。
「じゃ、最初の挨拶はかざみに頼むよ。キミ初印象めっちゃいいもんね」
「わかった」
かざみは即答します。皆で丘を登り、門に備えつけられたベルを鳴らしました。館は柵に囲まれていたのです。
しかし、ベルを鳴らしてしばらく待っても誰も出て来ませんでした。
「おかしいな……」
「ベルが壊れてるんじゃない?」
かざみとほむらがそんなことを言っていると、館の扉がギギギ……と開きました。そして恐る恐るといった表情で、上品な身なりの老人が顔を出しました。彼はランプを持っています。野良着で斧を持った人物も続いて出てきました。
「おお、お兄ちゃん、斧を持ったひとがいるのね!」
「しっ、おとと! 黙って構えて、うみが言うまで動いてはダメよ!」
緊迫した空気の中、老人と野良着の人物はゆっくりと門に近づいてきます。うみはそらを背後に庇い、ほむらは短剣の柄に手を置きました。かざみだけが微動だにせず、二人をじっと見つめています。二人が門のところまでやって来ると、かざみがハッキリと言いました。
[初めまして。夜分申し訳ございません。俺たちは冒険者です。ガルシア男爵からのご依頼をいただき、お嬢様の犬を探しに参りました]
二人は顔を見合わせ、それからホッとした表情になりました。野良着の人物も斧を下ろします。老人はかざみをじっと見つめ、そして胸に手を当て、頭を下げました。痩せて背が高く、やや頭頂部の薄い髪は白髪混じりです。
[ご無礼をいたしました。私はこちらの別荘の執事です。もうすぐ日が落ちます。もしよろしければ、館にお入りください。簡単な食事と寝床を提供いたします]
[ラッキー!]
ほむらはそう言って、慌てて口を覆いました。そしてかざみやきょうだいたちに嬉しそうに視線を送ります。執事は微笑ましそうな顔をして、そして全員を別荘に迎え入れてくれました。
執事と斧を持っていた使用人は、五にんを台所近くの一室に案内してくれました。そしてパンとチーズ、お茶を振る舞ってくれます。
[美味しい! 美味しい!]
一日歩き通した一同は、ガツガツとご飯を平らげました。
[使用人が食べるものですが……]
[全然構いません! 美味しいです!]
皆は空になった皿を前に、満足げな顔になりました。執事が目を細め、そして伏せます。
[それでは皆様は……呪われた森に入るのですか?]
皆驚きました。かざみが言います。
[呪われた森? 冒険者ギルドではそんなことは聞きませんでした。ただ、森で犬を探すと……]
執事は首を振ります。
[確かにあの森は、以前は薪やキノコや薬草、それに獲物を手に入れられる、豊かな土地でした。それが……ここのところそうではないのです]
かざみはスッと背筋を伸ばし、ほむらは眼差しを鋭くしました。きょうだいたちは不安げな表情になり、オキナは目を伏せてお茶を口に運んでいます。
[見たところお若い方々にご老人……失礼ですが、あの森に入れるに忍びません]
かざみは執事を見つめました。
[詳しいお話を伺ってもよろしいですか?]
執事は頷きます。
[それでは私と、このダニエルがお話しします]
執事の隣の野良着の人物が頷きました。ダニエルは背は低いものの、よく日に焼けており、厳つい身体つきです。いつも野良仕事をしているであろうことが見て取れました。執事が言いにくそうに口を開きます。
[ただ……この森の現状を、誰にも話さないとお約束いただけますか?]
[場合によります]
かざみが答えます。
[なにか隠していることでもあるの?]
ほむらが視線を鋭くしました。執事は額に手を当て、ため息をつきました。
[隠しても仕方ありますまい。森に……どうやら魔物が棲み着いたようなのです]
そらが首を傾げました。
[魔物? おじいちゃん、でも普通森には魔物がいるよ?]
うみも頷きました。
[そうよおとと、バッタさんとか蜘蛛さんとか、いろいろいるのね]
[そうだよなぁ]
ほむらも言います。
[俺たちだって里山に入って角兎や角鹿を狩るよ]
するとダニエルが不機嫌そうな声を出しました。
[俺だってその程度の魔物になんぞ負けやしない]
執事も眉を寄せます。
[違うのです。魔物というか、もっと漠然とした印象で……魔物に…知恵がついたようなのです]
[知恵ね……]
ほむらが執事を見つめました。
[おじいちゃん、この依頼を受けた冒険者、俺たちだけじゃないんだろ]
執事は少しギクリとしました。
[レベル0、逃げた犬を探す。お礼はひとり金貨一枚。こんな美味しい仕事が今まで解決されずに残ってるのが怪しいと思ってたんだ]
[それは……]
執事もダニエルも俯きます。ほむらは言葉を続けます。
[規約で依頼人と話ができなくても、聞き込みは可能だからね。街でちょっと調べさせて貰ったよ]
[そうよほむら、『街で聞き込みをしてはならない』とは、契約書のどこにも書いていなかったのね]
うみも言います。
[飲んだくれてる冒険者選んで聞き回ったら、案の定『簡単な仕事だと言われたのに散々な目に遭った』ってヤツがいて、そいつがドンピシャ。ビール奢ったらいろいろ喋ってくれたよ]
[そうですか……]
執事がうなだれます。
[それではあなた方は依頼を辞退されますか……?]
[それはない。ここまで来るのにどんだけ歩いたと思ってんだ!]
ほむらが答えます。
[おお、そうよほむら、それにそらたちはハヤテちゃんを見つけなければならないの]
そらの言葉に執事が微笑みました。
[そうでしたね、無事見つけてくださることを祈ります。お嬢様が大切にされていた犬ですから]
ダニエルも口を開きます。
[お嬢様は動物がお好きでな。いつ頃でしたかな……鳥を飼っていたこともあったはずじゃ]
執事が咳払いします。
[ダニエル、鳥を籠に入れて飼うなど……鳥の霊長の皆さんの前では大変失礼な話ですよ]
[これはしたり!]
するとうみが言いました。
[おお、うみたちは鳥だけど、鳥さんをお友達にすることだって多いのよ。いじめたりしなければ、ヒトがそうしたって全然失礼なことではないの]
言うと執事は微笑みました。
[あなた方は見た目よりしっかりしていらっしゃる]
かざみが言いました。
[そうですね。犬を探すのは当然として、森が変質したのなら、放っておいてはいけないでしょう]
ほむらが言いました。
[なーんか金貨一枚じゃ割に合わない仕事になりそうな気がするなぁ……]
「ベッドだー!」
ほむらがシーツの上にドーンと寝転がりました。五にんは空いていた使用人向けの寝室を宛がわれたのです。
「おお、ほむら、聞き込みにかかったお金を教えて欲しいのね」
うみがノートと鉛筆を取り出して言いました。ほむらはヒラヒラと手を振ります。
「おっさんにビール奢ったけど、話に付き合ったら結局俺にも奢ってくれたし、トントンだよ」
「だけどその最初のビール代を教えて欲しいのよ」
「たったの大銅貨二枚だよ!」
「大銅貨二枚ね。冒険が終わればちゃんと精算するのね」
「うみは細けぇな!」
「おお、お金を疎かにしてはいけないの」
かざみが言いました。
「ほむら、聞き込みをしていたとは知らなかった。流石だな」
「フフン!」
ほむらは得意げに鼻の下を擦ります。
「ただ、お前は強いから心配はしていないが、酒の入った冒険者が相手だ。万が一のこともあるし、気をつけて欲しい」
「なんだよ、結局心配してんじゃん」
「次は俺を連れて行け」
「絶対ダメ! そんな『正義の味方でございます』みたいなかざみが隣にいたら、聞ける話も聞けないよ!」
言い合うふたりをうみとそらが微笑ましく見守っています。
「かざみとほむら、父さんと父ちゃんみたいだね!」
「おお、そうよおとと、父さんと父ちゃんも、ちっちゃな頃はあんな感じだったかもしれないのね」
「それで……森は一周すると三日がかりだという話だったな」
かざみが言いました。
「話逸らした!」
ほむらが騒ぎます。
「キャンプが必要になる可能性があるな。準備しなければ」
「そう、それ! ビール奢ったオッサンがろくに準備もせずに森に入ったみたいでさ、危うく遭難しかけたみたいで……」
一日歩いたパーティでしたが、若い四にんは活発に話し合いをしています。ベッドに凭れたオキナが、目を閉じたまま、彼らの会話に耳を傾けていました。
今回のお話は如何でしたか? 次回の更新は来週の金曜日の予定です。よろしくお願いいたします!




