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ふたりのハヤテ その1 めぐりあい

 初めまして。これは私が初めて書き上げたオリジナル小説です。

 私はファンタジーのゲームが好きなのですが、何よりも好きなのは、キャラメイキングからの主人公の旅立ち、その初期のワクワク感です。キャラクターがゴリゴリに強くなっても、たまに「弱かったし、ろくな呪文や武器防具もなかったけど、あの頃が一番楽しかった……」と、定期的に「旅立ち気分」を味わいたくなるくらいです。

 今回はひよっこパーティで、そんな「旅立ち気分」を満喫しながら書きました。

 毎週金曜日に更新する予定ですので、主人公パーティの旅を、一緒に見守っていただけたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

「父さん? 父ちゃん?」

 ほむらとかざみがあどけない声に振り向くと、ふたりの鳥人が立っていました。ひとりはほむらやかざみよりずっと背が高く、ひとりは同じくらいの背丈でした。若い鳥人です。歳の頃は、ほむらやかざみと同じくらいでしょうか。

「おお、ひと違いよおとと。おふたり共ごめんなさい」

 小さい方の言葉に、ほむらとかざみは目を瞬きました。どうやら背の低い方が兄のようです。

「そうねお兄ちゃん、父ちゃんと父さんよりずっと小さいのね」

 背の高い方はまだ子供のような声です。成人でもおかしくない背丈ですが、やはりまだ少年なのでしょう。

「べーっ! ちっちゃくてもいいんだよ~! 可愛い盛りでーす!」

「ほむら、彼らは迷子なのではないか」

「えっ!? そうなの!?」

 ほむらが目を瞠ると、兄の方が言いました。

「そうよ、うみたちは父さんと父ちゃんを探しているの。後ろ姿が少し、お兄さんたちに似ていたのね。父さんは緑の冠羽根で、父ちゃんは赤い冠羽根よ」

「へぇ!」

 少し興味が出てきました。ちょうどほむらは赤い冠羽根で、かざみは緑の冠羽根です。

 それはともかく、見たところ巣立ちもまだのようなふたりが、親にはぐれたとは一大事です。

「迷子か……」

 かざみは周囲を見回しました。ほむらとかざみは乗合馬車でこの街に着いたばかりです。

「君たちも乗合馬車で来たのか?」

「おお、そうよ。馬車では父ちゃんたちと一緒だったけれど、気がついたらはぐれていたの」

 きょうだいの兄はキュッと唇を噛み締めています。大きな目は潤み、責任を感じている様子です。

「切符売り場の方に係員はいないか? ご両親はまだ近くにいらっしゃるかもしれない。迷子の届けを出してみよう」

 言って颯爽と歩き出そうとするかざみを、ほむらは慌てて止めました。

「そっち反対方向!」

 ほむらはかざみを引き留めて、しっかりと手を繋ぎます。そしてもう片方の手をお兄ちゃんに差し出しました。

「おととの手、離すなよ!」

「わかったのね」

 しかし乗合馬車の係員を捕まえ、お兄ちゃんが両親の特徴を伝えても、彼らは首を振るばかり。結局『見かけたら子供たちが探していたと伝えて欲しい』と頼むに留まりました。



「お兄ちゃん、父さんと父ちゃん、いないいないした?」

「おお……そうなのね。でもきっと会えるのよ、おとと」

 お兄ちゃんは気丈に言いますが、その目は不安に揺れています。

「あんまり気を落とすなよ!」

 ほむらが励ましましたが、どうすればふたりを親に会わせてやれるのかがわかりません。

 すると『ぐぅ』とお腹の鳴る音がしました。皆が視線を交わし合います。

「なにか食べないか?」

 涼しい顔でかざみが言いました。腹の虫を鳴らしたのはきっと彼です。しかしちょうど時間もお昼過ぎ、迷子の届けも出したので、腹ごしらえをするのは理にかなっています。



 ここはヴェフツの街、共通語で「緑の街」という意味です。その名の通り、道路には街路樹が立ち並び、初夏の日射しを和らげてくれていました。

 乗合馬車の駅の近辺にはひとが多く、周囲に食堂や屋台もあります。ほむらとかざみは屋台で安く済ませるつもりでしたが、出会ったきょうだいがあまりにも頼りないので、落ち着けるようにと、そんなに高くなさそうな店に入りました。

 テーブルに着くと、おととが早速メニューを読み始めました。

「お兄ちゃん、メニューにバッタがないの。そうよね?」

「おお、その通りよ。バッタが食べられないのは残念だけど、共通語のメニューが読めたのね。とても素晴らしいの。立派なことよ、おとと」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 ふたりの和やかな会話を聞きながら、ほむらとかざみは内心動揺していました。

(バッタ……)

(今、バッタって言ったよな?)

(あのふたり、一体どこから来たんだ……)

 実りの少ない山岳地帯などでは虫を食べる風習もあるようですが、ほむらとかざみの感覚ではゾッとするばかりです。


 やって来たウェイターさんに口々に注文をして、料理を待つばかりになりました。

「ご飯が来るまで自己紹介でもしようよ! 俺はほむら。弓使いよ。レンジャーっていうのかな」

 ほむらは元気に言いました。大きな赤い瞳は輝き、赤い冠羽根がとても目を惹きます。尾羽根は白です。まだ少年ですが、弓使いらしく、しなやかな筋肉を纏っています。弓と矢筒を腰から提げ、革の鎧を着ていました。いかにも冒険者です。

「俺はかざみ。剣が使える」

 かざみが落ち着いた声で言いました。スッと鼻梁が高く、涼しい目元の少年で、老若男女にモテそうな佇まいです。まだ成長しきっていない身体にはアンバランスにも見える、大きな剣を腰から提げています。冠羽根は緑で、尾羽根は白。瞳は神秘的な琥珀色です。金属の胸当てをつけ、ほむら以上に鍛え抜いた身体をしていました。

 ふたりが名乗ると、お兄ちゃんが訊ねました。

「巣立ちはしたの? うみたちは巣立ちの練習にきたのよ」

「俺たちもそんなもんかな。巣立ちのために修行してる」

 ほむらが言いました。

「皆さんもそうなのね!」

 お兄ちゃんは緊張が解けてきた様子です。鳥人の巣立ちとは、一般的に背中の翼で飛べるようになり、親から離れて自活できるようになることを指します。

「うみはうみってお名前よ。おととはそらっていうの」

「でっかい名前だな!」

 ほむらもかざみも感心します。

「おお、ほむらもかざみもかっこいいお名前よ」

「そうだね、お兄ちゃん」

 そらが可愛らしい声で相づちを打ちます。

 うみと名乗ったお兄ちゃんはピンクと明るい緑の混じった冠羽根と尾羽根です。夢見るような大きな瞳はコバルトブルーで、整った小さな顔は若干少女めいています。一般人と変わらないほど華奢ですが、短い杖を持っているので、冒険者だとわかります。鎧は身につけておらず、袖や裾が広がった、膝丈の服を着ていました。

「うみはお怪我を少し治せるの。ヒーラーよ。これは癒しの杖」

「スゲェ!」

 魔法を使えるひとは、そんなに多くはありません。

「そうよ、お兄ちゃんはすごいのね。そらはね、武闘家よ」

 言ってそらが拳を握ります。そらは赤と緑の混じった冠羽根に、赤い尾羽根です。パッチリとした瞳は澄んだ青で、ゆったりとした装備のうみとは対照的に、露出の多い服を着ています。胸にはサラシを巻き、臍が出ていて、なかなかにワイルドです。手には金属板のついた指なしの革手袋をつけていました。身長はお兄ちゃんよりも頭一つ以上高く見えます。

「強くなりそうだな」

「殴られたら痛そう……」

 背が高いだけでなく、しっかりした身体つきのそらは、成長すればきっと強くなるでしょう。

「この中で、空を飛べるヤツいる……?」

 全員がしばらく黙り、そして首を振りました。

「おお……焦っちゃダメって父さんも父ちゃんも言うけれど、うみはこのままずっと飛べないかもって心配なの……」

 うみが絞り出すように言いました。かざみが首を傾げました。

「ご両親の仰る通りではないか? 俺たちと大して変わらない歳だろう。飛べない者が大部分だ」

 かざみがフォローすると、うみは言いました。

「うみはもう一六歳よ。村では同じくらいの年頃で立派に飛べる子もいるの」

「えっ! そんなにお兄ちゃんだったのか! 俺たちまだ一四だぞ!」

 ほむらは驚きました。そして慌ててフォローします。

「いやでも魔法は本当に凄いよ! 回復役は貴重だから、仲間に欲しいくらいだよ!」

 それでもうみは不安げな表情です。

「そういやそらはいくつよ。俺らと同じくらい? でっかいよな!」

 ほむらは話題を変えようと、明るい声を出しました。

「そらは一二歳よ。だいぶ大人になってきたのね」

「ええーっ!」

 ほむらもかざみもビックリしてしまいました。

「一二でこれか! どこまででかくなるんだろうな……」

「そうよ、おととはとてもでっかいの。これからもどんどん、でっかくなるのよ」

 シュンとしていたうみが誇らしげな顔になりました。


[はいっ! お待たせ!!]

 そこにウェイターのお兄さんが料理を運んで来ました。

「いっただきまーす!」

 ほむらは早速ナイフとフォークを取りました。好物のクレープです。

「へぇ、蕎麦粉か」

 見た目は少し黒っぽいのですが、バターと砂糖がかかったそれはとても美味しそうです。ナイフで切って口に入れると、なんとも幸せな甘さが広がりました。

「……美味しい!」

「また甘いものか。それで栄養になるのか?」

 かざみの言葉にほむらはムッとします。かざみのクレープは、卵やハムの入っている、お腹に溜まりそうなものでした。きょうだいは揃って蕎麦粉のホットケーキを注文したようです。

「お兄ちゃん、とても美味しいのね」

「そうねおとと、バッタほど味わい深くはないけれど、これもとっても美味しいのね」

 (あまりバッタ、バッタって言わないで欲しいな……)ほむらは思いました。隣に座るかざみは、涼しい顔でクレープを食べています。ほむらは彼の胃袋の丈夫さが羨ましくなりました。


 すっかり満腹になり、ほむらたちときょうだいの二組は、それぞれ銅貨で支払いをしました。この国の通貨には金貨と銀貨と銅貨があり、食料などの日用品には大抵銅貨を使います。

[お兄さん、父さんと父ちゃん見なかった?]

 支払いをするうみの傍で、そらがウェイターさんに訊ねます。(このきょうだいはかなり自由だな……)今更ながらほむらは思いました。

[そうだな……君たちの父ちゃんたちは冒険者かい]

[そうよ、そらとうみの父さんと父ちゃんは、それはそれは立派な冒険者なの]

 言うとウェイターさんは笑いました。

[じゃあ冒険者ギルドに行っちゃあどうだい]

 うみとそらは目を丸くしました。

[おお!]

[それがいいのね、お兄ちゃん!]

[そうだよ! なんですぐに思いつかなかったんだろう!]

 ほむらも弾んだ声を出します。



 冒険者ギルドは少し古ぼけた建物でしたが、入ってみるとかなり活気がありました。様々な種族の冒険者たちがいます。ヒトが一番多いですが、犬、トカゲなどの霊長もいました。

 重い鎧をガシャガシャと鳴らしながら歩く屈強な戦士、杖を持ち、ローブを纏った神秘的な呪文使い。いかにも冒険者といったひとたちを見ると、ワクワクすると同時に緊張もします。

「君たちの父さんたちはいるか?」

 かざみがきょうだいに訊ねます。うみは爪先立って周囲を見回しますが、それらしきひとは見つかりません。

「背が高いから目立つと思うのよ……」

 皆で探しましたが、どうやら鳥人はほむらたち四にんだけです。

「父さんと父ちゃん、いないの……?」

「おお、おとと、きっと見つかるのよ」

「少しいいか?」

 かざみが皆を集めました。


「うみとそらはご両親と冒険に出る予定だった、そうだな?」

「おお、そうよ」

「君たちのご両親がどこにいるのか手がかりがない今……ただ待つのは時間の無駄に思える。手持ちも多くはないのだろう?」

 うみはかざみを見つめ、そして頷きます。

「君たちは元々ご両親と冒険をする予定だったのだから、ひと探しの届けを出したうえで、今回だけ我々の仲間になってはくれないだろうか」

 うみは目を瞠りました。

「百戦錬磨のご両親には及ばないだろうが、俺もほむらも厳しい修行を積んできた。君たちの足を引っ張ることはないと思う」

 うみは声を上擦らせました。

「おお、うみたちはいいけれど、ほむらとかざみにご迷惑はかけないかしら?」

 ほむらがこともなげに言いました。

「キミたち武闘家とヒーラーだろ?」

「おお、そうよ」

「俺たちは強いけど回復役がいない。それに前線がひとり増えたら俺もかざみも助かる。人助けじゃなくて、一緒に来てくれたら本当に有り難いんだよ」

「おお、ほむら……」

「ふたり旅は気楽だけど、ひとりが倒れたら詰むからなぁ」

 ほむらは笑って言いました。



「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 その時あどけない声がかかりました。

「そらたちのほかにもね、鳥さんがいたの。おじいちゃんの鳥よ」

 そらはうみの手を取り、冒険者ギルドの片隅のベンチへ導きました。そこにはひとり、小柄な鳥人が座っていました。

 そのひとは灰色の冠羽根と灰色の瞳で、顔には皺が刻まれていました。老いてはいますが眼光は鋭く、杖を持っています。鎧はつけておらず、ゆったりとしたマントを着ていました。うみは祈りの形に手を組みました。

「おじいちゃん、父さんと父ちゃんを知らない? 緑の冠羽根と赤の冠羽根のつがいよ」

「知らんことはない」

 その返事にうみは声を上ずらせました。

「おお、どこで見たの!? うみとそらは一生懸命、父さんと父ちゃんを探しているのよ」

 老人は顔を上げ、四にんを見回しました。

「ひよっこ共、これから冒険に出るんだな」

「ひよっことは俺たちのことですか?」

 かざみが静かに訊ねます。

「気ィ悪くしたか?」

「いえ、俺たちはひよこではありませんが、巣立ちがまだなのは事実です。ひよこ、ヒナと呼ばれても仕方がないでしょう」

「そうさな……」

 老人はしばらく思案してから言いました。

「お前ら、少しばかり魔法を使える爺さんを仲間にしたくはないか」

「おお、おじいちゃんは魔法が使えるの! それは素晴らしいのね!」

 そらが弾んだ声を出します。ほむらは疑わしそうに老人を見ました。

「おじいちゃん、見たところ杖を持ってるけど、俺たちに着いて来れる?」

 言うと老人はニヤッと笑いました。

「こいつぁ魔法の杖だ。火の山や氷の洞窟でもなければ、まだまだ大抵のところには行けるわな」

 うみが言いました。

「おお、おじいちゃん、本当に父さんと父ちゃんのことを知っているの?」

「旧い知り合いだ」

「今どこにいるのかはわかるかしら」

「そいつぁわからんな!」

「そう……」

 シュンとしたうみに代わり、かざみが言いました。

「ご老人は飛べるのですね」

「ああ」

 かざみがほむらの肩に手を置きます。

「ほむら、この方は魔法が使えるうえに、危険があれば飛んで逃げることもできるご様子。ご一緒しても構わないのではないか」

「かざみがそう言うんなら……いっか!」

 ほむらはパッと笑いました。そしてかざみを促してポーズを取ります。

「うみとそらにおじいちゃん、我らがパーティにようこそようこそ~!!」

「ようこそようこそ~!」

 そらがキャッキャと笑いながらほむらたちを真似ました。老人はニヤッと笑いました。

「俺のことはオキナとでも呼んでくれ。よろしく頼むぞ」



 ほむらは冒険者ギルドに到着してすぐ、抜け目なく順番待ちの番号札を受け取っていたので、五にんはそれほど待たずに依頼仲介窓口に呼ばれました。

[冒険者ギルドにようこそ。ご案内は私カロリーヌが承ります]

 猫の霊長のお姉さんがニッコリと笑います。肌はオレンジ色で縞模様の毛皮に覆われ、豊かな頭髪は凝った形に編み込んでありました。左耳にはピアスをつけ、透き通るような若葉色の瞳が、楽しげに煌めいています。

[どのような仕事をお探しですか? 冒険の経験はございますか? 皆様、どのようなスキルをお持ちでしょうか?]

[俺とほむらは剣士とレンジャーで、護衛や魔物退治をしたことがあります。こちらのきょうだいは武闘家とヒーラー。冒険をしたことはないようです。こちらのご老人は魔法使いで、飛べるのは彼だけです]

[ありがとうございます。よくわかりました]

 カロリーヌさんは手元の台帳をめくりました。そして立ち上がると、背後の大きな棚からいく束かの書類を持ってきます。そしてそのうちの一つを手に取りました。表紙には『レベル0』と書かれています。

[お客様方にはこの依頼などお勧めです。この街の名士ガルシア男爵の依頼で、行方不明になった飼い犬を探して欲しいという依頼です]

[犬を……?]

 ほむらとかざみは揃って眉を寄せました。

[おお、それは飼い主の方も心配しているのね。どんな色の、どんな大きさの犬かしら?犬のお名前はわかるかしら?]

[お兄ちゃん、かわいい犬だといいね!]

[犬の絵がこちらのページにございますよ]

 ほのぼのとした会話にほむらが戸惑いの声を出します。

[な、なんか乗り気だなお前ら……]

[レベル0では不足か]

 オキナが低い声で言いました。

[いえ……不足というか、呪文使いがいれば初心者でもレベル2くらいのコースでやれると聞いていたので]

[その分紹介料も高いがな]

[だけど実入りがいい!]

 言い合うオキナとほむらたちに、カロリーヌさんがにこやかな顔を向けました。

[お言葉ですがお客様、ガルシア男爵は大変なお金持ちです]

 そして『報酬』と書かれた欄を綺麗にネイルした爪で指しました。そこには『ひとりにつき金貨一枚、経費込み』とありました。金貨は最も高い通貨で、めったに使うことはありません。一枚あれば、無理なく半月は暮らせる程の価値があります。

[レベル0にしては良い金額でしょう?]

 カロリーヌさんの笑顔に、皆納得顔になりました。

[……そうだな]

[いいじゃん]

[どうする?]

 かざみがうみに問いました。

[おお、おととが喜んでいるし、うみはこの依頼をやってみたいのね]

[ではそうしよう。カロリーヌさん、話を進めてください]

 かざみが迷いなく言います。

[では五名様のパーティということでよろしいでしょうか。紹介料は小金貨二枚と銀貨五枚です。保険はかけますか?]

[お願いします]

 かざみが言いました。

[傷病保険になさいますか? 生命保険もおつけしますか?]

[両方お願いします]

[では追加で銀貨五枚をお預かりします。合計すると小金貨三枚になりますので、そちらのお支払いでも結構ですよ]

 かざみはすぐに自分の財布から紹介料と保険料を支払いました。うみが腰を浮かせましたが、ほむらが肩に手を置いて「後で精算するから」と囁きます。

 この国に金貨は二種類あり、小金貨五枚で金貨一枚の価値になります。また、銀貨十枚には小金貨一枚の価値があります。

 傷病保険は冒険者がギルドに支払う紹介料に約一割上乗せされます。生命保険を入れるとさらに一割。決して安くはありませんが、保険が利くのは冒険者ギルドで依頼を請け負う大きなメリットでもあります。

 駆け出しのパーティは冒険で怪我をして、なんの報酬も得られない、そういったことも多いのです。命を落とすことだってあります。

 もし負傷したら、保険に入っていれば、ギルドから一週間の生活費と、治療に必要なお金が支払われます。


「カァ、カァ!」

 外に出ると、カラスの鳴き声がしました。緑の街という名の通り、鳥も多いようです。

「取り敢えず作戦会議がしたいよな~!」

 ほむらが言いました。

「おお、宿を取るといいと思うの。お金が絡むし、そこら辺のお店のテーブルで話していいことではないと思うのね」

「そうだな!」


 うみの提案により、五にんは宿を一部屋取りました。部屋に皆で集まり、受け取った書類を囲みます。二階の部屋の窓からは、大きな街路樹が見えます。

「お金持ちのご一行様が別荘に行かれ、気づいたら犬が消えていたと。ノリノリで受けといてなんだけど、なーんかうさんくさいんだよな~……」

 ほむらが言います。

「お金持ちなんだろ? そもそも自分たちの使用人とかで、犬の捜索くらいできるんじゃない?」

 ほむらの言葉にかざみが書類をめくり、確認します。

「一応、使用人総出で付近の捜索はしたらしい。それで結局、森に迷い込んだとしか思えないとのことだ」

「地図はどうなっている」

 オキナが言いました。うみが地図のあるページを選び出します。そこには別荘までのアクセスと、現地の簡単な地図が描かれていました。現場までは馬車で一日半、地図を見ると丘の上に別荘があるようです。背後は森で、高い崖に囲まれています。森の奥からは一本の川が流れ出していました。かざみが難しい顔になりました。

「この森はどのくらいの広さなんだろう……森の中に犬が迷い込んだのなら、見つけるのは厳しくないか?」

「レベル0、犬を探す。のどかな依頼だと勝手に思ってたけど、こりゃ大変かもね~」

 ほむらも言います。

「おお、手がかりもあるのよ。犬の絵と、飼い主さんの匂いがついたハンカチよ」

 窓口で手渡されたハンカチは、匂いが移らないよう、保存袋に入れられています。魔法のかかった高価なもので、もしネコババすれば、多額の違約金を取られるとのことでした。

 絵を見ると犬は白地に黒斑の、なかなかお洒落な柄でした。飼い主は正確には依頼人のガルシア男爵ではなく、彼の娘だということです。

「おお、ハヤテちゃん! かわいのね!」

 そらは犬の情報が載っているページを熱心に見ています。

「別荘を管理するひともいるんじゃないかな。お金持ちの別荘が放置されてるとは考えにくい」

「そうだな……」

「できれば依頼人さんに直接お話を聞きたいけれど……」

「この契約書だとダメみたいなのね……」

 うみが書類の該当部分を指します。細かい字で『依頼人との連絡は冒険者ギルドを介すこと』と書かれていました。

「まぁ、現地に行けばなんとかなるだろ! 乗合馬車の切符を買ってこようよ!」

 ほむらが元気良く言いました。

「おお、うみもお金を出したいのね。紹介料もまだお支払いしていないし……」

 うみの申し出にかざみが言いました。

「それは冒険から帰ってから精算しないか? 俺たちにはある程度の手持ちがあるし、これから馬車代や宿代なども出てくるだろう」

「そうね……」

 うみはしばらく考えて言いました。

「それなら、かかったお金はうみが記録するのね。大丈夫よ、村の学校で算術を習ったの。お金の計算も立派にできるのよ」

 そして荷物からノートと鉛筆を取り出します。かざみが笑いました。

「それは頼もしいな」

 イラストを描いてくださった立川エコさん、タイトル画像をデザインしてくださった鳴滝さん、本当にありがとうございました!

 お二人には作品を批評していただき、また、細かい設定なども話し合ってくださり、感謝してもしきれません。

 これは立川エコさんと鳴滝さん以外には読んでいただいたことのない作品です。もし、あなたが面白いと感じたら、一言でもご感想をいただけたら嬉しいです!

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