第七十一話 トラキア連邦降伏式
--二日後。早朝。
ジークが傍らにソフィアを抱いてベッドで眠っていると、ジークの私室にヒマジン伯爵からの使いの者が訪れる。
使いの者は、ジークの私室のドアをノックして伝言を伝える。
「殿下。トラキア連邦降伏式の式典準備が整いました。正午までに揚陸艇のほうへ御足労願います」
「判った」
ノックの音で目覚めたジークは、使いの者にそう答えると、傍らで眠るソフィアをキスして起こす。
「んんっ・・・」
昨夜、愛し合った余韻から、想い人のキスで目覚めたソフィアが尋ねる。
「ジーク様。いかがされましたか?」
「トラキア連邦の降伏式の準備が出来たそうだ」
ジークは、ソフィアにそう言うとソフィアを抱き寄せ、再びキスする。
「んっ・・・ああっ」
「ふふ。式典は正午からだ。時間はまだある」
ーー昼前。
アレク達が所属する教導大隊にも降伏式に参列するように指示が出る。
飛行空母のラウンジでくつろいでいたアレク達は、軍服を来て格納庫に集まり、揚陸艇に乗り込む。
アレク達が乗り込んだ揚陸艇は、トラキア連邦の首都ツァンダレイにある連邦議会前広場の大通りに着陸し、議会前広場に作られた仮設の式典場前に整列する。
アレクは、アルに尋ねる。
「降伏式って、何なんだ?」
アルは、後頭部を掻きながら答える。
「トラキア連邦政府がバレンシュテット帝国に降伏する式典だろ。・・・オレは、堅苦しい式典は苦手なんだよなぁ・・・」
アレク達教導大隊が整列すると、その隣に機甲兵団や東部方面軍の諸兵科の士官達が整列していく。
周囲を見渡して、ナタリーはルイーゼに話し掛ける。
「・・・凄い」
「帝国軍の士官って、こんなに居たのね」
帝国辺境派遣軍の主な兵科の士官達が整列して、式典会場前を埋めていく。
式典会場前に整列した帝国軍士官の後ろに見物の一般市民達が集まって来る。
--正午。
トラキア連邦の降伏式が始まる。
議会前広場に作られた仮設の式典会場に、帝国軍の将官達はヒマジン伯爵を筆頭に、佐官達はジカイラとヒナを筆頭に玉座の両脇に整列する。
皇太子の礼装に身を包んだジークは、ソフィアとアストリッドの二人を伴い舞台袖から式典会場に現れて玉座に座る。
ソフィアとアストリッドの二人は、ジークの傍らに並び立つ。
軍楽隊によるバレンシュテット帝国国歌の演奏の後、ヒマジン伯爵が降伏式の開会を宣言する。
「これより、トラキア連邦政府の降伏式を執り行う!」
アルは、傍らのアレクに話し掛ける。
「・・・いよいよ始まるぞ」
「うん」
開会宣言からひと時の後、二人の憲兵に両脇を抱えられながら、巫女服を着たフェリシアがジークの前に引き出される。
憲兵によって手枷を外されたフェリシアは、玉座に座るジークの正面に対峙して立つ。
ソフィアはアストリッドに耳打ちする。
「アストリッド。あの女がおかしな素振りを見せたら、殺せ」
アストリッドは、横目でソフィアを見るとこっそりとソフィアに答える。
「そのつもりです」
ジークの二人の妃は、『敵』を見る目でフェリシアを睨む。
ソフィアとアストリッドの二人は、フェリシアのほうに歩いて行く。
ソフィアはフェリシアの右斜め前に立ち、アストリッドはフェリシアの後ろに立つ。
ソフィアは、高らかに会場に通る声で口上を述べる。
「ドラクロワ・アーゴットの子、フェリシア・アーゴット! トラキア連邦の議長にしてバラクレア王国の女王!」
ソフィアが口上を述べ始めると、アストリッドは腰から短剣を取り出して後ろからフェリシアの巫女服の後ろ襟を切り裂く。
フェリシアの巫女服は白一色の純白であり、膝までのフレアスカートの前部から、一枚の布をホルターネックのように後ろ襟を通して前部に戻して両胸を覆っている。
アストリッドがフェリシアの巫女服の後ろ襟を切ると、両胸を覆っていた布は開け、フェリシアの胸が顕になる。
フェリシアは開けた胸を隠そうとはせず、軽く両手を握ったまま、じっとジークを見据えて立っていた。
式典を見守っていたアレク達は、フェリシアが裸に剥かれていくことに驚く。
アレクは口を開く。
「おい! アル! あれ!」
アルがアレクに答える。
「女の子だろ・・・? ひでぇな・・・」
ソフィアは口上を続ける。
「トラキア連邦政府を代表し、バレンシュテット帝国に降伏するか?」
アストリッドは、短剣でフェリシアの巫女服のフレアスカートの腰紐を切り裂く。
すると、フェリシアの巫女服は踝まで落ち、下着を付けない巫女のフェリシアは全裸になる。
フェリシアは、衆目に晒される中で全裸に剥かれても、身体を隠そうとはせず気丈に振舞い、頑なにジークを見据えて立っていた。
アストリッドは、フェリシアの肩を後ろから押してジークの目前まで歩かせる。
フェリシアがジークの目前まで来ると、アストリッドはフェリシアの膝の後ろをつま先で蹴って跪かせ、次に肩を小突いて両手を床に着かせ、フェリシアをジークの足元に平伏させる。
全裸でジークの足元に平伏し、恐怖と屈辱に押し潰されそうになる中で、フェリシアは震える声で口上を述べる。
「・・・私、フェリシア・アーゴットは、トラキア連邦政府を代表し、ここにバレンシュテット帝国に無条件で降伏することを誓約致します」
口上を述べ終えたフェリシアは、ジークの靴にキスする。
フェリシアがジークの靴にキスするのを見届けたヒマジンは、腰から長剣を抜いて天に掲げると歓呼を始める。
「勝利、万歳! 帝国、万歳!」
ヒマジンの歓呼に帝国軍の将兵達が歓呼を唱和する。
「「勝利、万歳! 帝国、万歳!」」
「「勝利、万歳! 帝国、万歳!」」
「「勝利、万歳! 帝国、万歳!」」
「「勝利、万歳! 帝国、万歳!」」
「「勝利、万歳! 帝国、万歳!」」
帝国軍将兵達の歓呼が式典会場に響き渡る中、フェリシアは全裸でジークの足元で平伏したまま、両肘まで床に着け、身体を振るわせ声を押し殺して泣いていた。
フェリシアの黒い大きな瞳から大粒の涙が溢れ、床に落ちる。
ここに来て、ジークが動く。
ジークは、玉座から立ち上がるとヒマジンに告げる。
「・・・もうよい」
台本に無いジークの行動にヒマジンが驚く。
「は?」
ジークが大声で怒声を発する。
「式典は終わりだァ!!」
普段はクールで表情に乏しいジークが、周囲に初めて見せた怒りの表情と大きな怒声に周囲は凍り付く。
ジークの怒声に委縮したソフィアとアストリッドは、その場で跪きジークに最敬礼を取る。
壇上がジークの一喝で凍り付いたことで、式典会場に響いていた帝国軍の将兵による歓呼の唱和もピタッと止まる。
ジークは、自分が身に付けている皇太子礼装の白いマントを外すと、自分の足元で全裸で平伏したまま泣くフェリシアの身体を覆う。
ジークは片膝を着くと、足元で平伏したまま震えるフェリシアの肩に自分の右手を置く。
驚いたフェリシアがビクンと大きく体を震わせ、恐る恐るジークの顔を見上げると、ジークは穏やかにフェリシアに告げる。
「・・・もう苦しまなくて良い」
ジークの言葉を聞いたフェリシアは、緊張の糸が切れて気を失い、ジークにもたれ掛かる。
ジークは、気を失ったフェリシアの身体をマントで包んで抱き上げると、そのまま舞台袖へ向かう。
ジークに最敬礼を取っていたソフィアとアストリッドは、慌ててジークの後を追う。
舞台袖を通り抜けたジークは、そのまま揚陸艇に向かって行く。
舞台袖で呆然と立ち尽くしたまま、フェリシアを抱いたジークを見詰める将校にジークが告げる。
「・・・医務官を」
「は?」
「早く!」
「ははっ!!」
ジークの声で我に返った将校は、医務官を手配するため慌てて走り出す。
主役の居なくなった式典会場で、ヒマジン伯爵が降伏式の終了を宣言する。
式典会場の上でジカイラが傍らのヒナに告げる。
「・・・初めて見た。ジークの奴、キレた時の顔も、声も、ラインハルトそっくりだ」
「私も。・・・一瞬、ラインハルトさんかと思った」
「ジークが、あの帝国四魔将のヒマジン伯爵まで一喝するとはな」
「・・・やっぱり、ラインハルトさんの息子ね」
「ああ」
ジークがフェリシアを抱いたまま舞台袖に消えると、アレクは整列している教導大隊の隊列を離れ、舞台袖の方へ小走りで向かう。
アルが口を開く。
「おい! アレク! どこに行くんだ!?」
アルがアレクの後を追いかけて走り出すと、エルザも口を開く。
「ちょっと! 二人とも! どこ行くの!?」
アレクとアルの後を追って、ユニコーン小隊の面々も二人の後を追う。
アレクは舞台裏に回り、舞台袖を通り抜けて揚陸艇に向かうジークを見つけると、ジークに向かって走り出す。
アレクは、フェリシアに対して行われた仕打ちに怒り、その怒りの矛先をジークに向けていた。
警戒中の二人の帝国兵がアレクの前に立ち塞がる。
「おい! なんだ? 貴様!?」
二人の帝国兵は、アレクを取り押さえようとするが、アレクは二人の帝国兵を躱して走り抜けると、ジークに駆け寄る。
ジークに駆け寄るアレクの前に、ソフィアとアストリッドが抜刀してジークを背中に庇うように立ち塞がる。
「なっ!?」
「そんな!?」
アレクは、上級職のソフィアとアストリッドの二人をも躱して走り抜け、ジークに迫る。
アレクは、叫びながらジークに殴り掛る。
「相手は女の子一人だぞ! いくらなんでも酷過ぎるだろ!」
ジークは両腕でフェリシアを抱いたまま、アレクの方を振り向いて立ち止まり、アレクに殴られる。
ジークを殴ったアレクは、すぐにソフィアとアストリッドに取り押さえられる。
アレクに殴られたジークは、ソフィアとアストリッドに取り押さえられているアレクに目線を移すと、独り言のように呟く。
「『酷過ぎる』・・・か。私も、そう思う」
ジークはその一言だけ口にすると、フェリシアを抱いたまま揚陸艇に乗り込んで行った。