第五十六話 宣戦布告
--夜 バレンシュテット帝国 辺境派遣軍 飛行空母 艦橋
艦橋にジークとヒマジンがやってくる。
ジークが口を開く。
「・・・頃合いだな。ヒマジン伯爵、全軍をトラキア連邦国境まで、進めてくれ」
「了解しました。帝国東部方面軍、及び帝国機甲兵団は、既に大型輸送飛空艇に分乗を済ませております。・・・それで、陛下からの通達に対して、トラキア連邦からの回答は、どのように?」
「トラキア連邦からの回答は、未だ無い」
『回答が無い』と聞いたヒマジンの目付きが変わる。
「ほう? トラキアごときが、皇帝陛下を・・・帝国を無視すると?」
ジークが不敵な笑みを浮かべる。
「そういう事だ」
「随分とナメられたものですな。・・・これは、身の程を教えてやらねば」
「回答期限の零時になれば、父上がここに来られるだろう。まだ兵を起こす必要は無い。寝かせておけ」
「判りました」
帝国辺境派遣軍は、飛行空母、飛行戦艦、大型輸送飛空艇に分乗して、州都キャスパーシティを出発し、夜の星空をトラキア連邦国境へ移動していく。
帝国辺境派遣軍が、トラキア連邦国境に到着した頃、程なく艦橋の一角に転移門が現れ、ラインハルトとエリシスが現れる。
ジークは、父である皇帝ラインハルトに一礼し、ヒマジンは最敬礼をとる。
ラインハルトはジークに尋ねる。
「ジーク。こちらにトラキア連邦からの回答は来たか?」
「いいえ。来ておりません」
ジークからの答えを聞いたラインハルトは、鼻で笑う。
「フッ・・・。良い度胸だ」
「父上。折り入ってお願いしたい事があるのですが」
「お前から願い事とは、珍しいな。・・・なんだ? 言ってみろ」
「トラキア連邦との戦いに勝利した暁には、飛び級で士官学校を卒業させて下さい」
「良いだろう。百回の座学より、一回の実践経験のほうが重要だ」
「ありがとうございます」
「ところで・・・、何故、卒業を急ぐのだ?」
「・・・早く身を固めて、父上の助けになりたいと思いまして」
ソフィアとアストリッド。
二人の妃の為にも、ジークは勝たねばならなかった。
「・・・そうか」
ラインハルトは、子供達の中で最も自分に似ていて、父である自分を目標として、背伸びをしてでも懸命に頑張る長男ジークが可愛くてしょうがない。
ジークの言葉に顔の表情こそほとんど変化は無いが、口元がにやける。
ラインハルトは、内心ではジークの言葉が嬉しくてしょうがなかった。
--零時。日付が変わる時間になる。
ラインハルトが口を開く。
「・・・時間だ。トラキア連邦は、帝国からの通達に対し、愚かにも無視するという選択をした。我がバレンシュテット帝国は、トラキア連邦に宣戦を布告する! トラキア連邦ごと鼠人を叩き潰せ!」
ジークとヒマジンは、宣戦布告を告げたラインハルトに深々と頭を下げる。
「畏まりました」
ジークが口を開く。
「開戦の勅命は下った。ヒマジン伯爵!」
ヒマジンが口を開く。
「ハッ! 飛行戦艦へ伝達、『花火を打ち上げろ』!」
伝令が答える。
「了解しました」
ジークとヒマジンは、艦橋の窓際へ歩いて行く。
やがて、飛行戦艦の主砲が一斉に火を吹き、トラキア連邦領内にある国境を監視している櫓を吹き飛ばす。
主砲の一斉射撃を受け、爆煙を上げて木っ端微塵に吹き飛ぶ櫓を望遠鏡で眺めながら、ヒマジンが口を開く。
「『花火を確認』。・・・砲手に伝えろ。『良い腕だ。今朝の朝食は、オレの奢りだ』とな!」
「ハッ!」
ラインハルトとエリシスは、窓際にいるジークとヒマジンの元へ来る。
ラインハルトが口を開く。
「ジーク。後は任せたぞ。吉報を期待する」
「お任せ下さい」
エリシスがヒマジンに片目を瞑って微笑み掛ける。
「それじゃ、頑張ってね。イケメンさん」
「あいよ」
ラインハルトとエリシスは、再び転移門で皇宮へと帰って行った。
ジークが口を開く。
「ヒマジン伯爵。得意の電撃戦を見せて貰おう」
「心得ました。帝国辺境派遣軍は、これよりトラキア連邦に侵攻! 一気に敵首都ツァンダレイを叩く!」
「了解!」
伝令が答える。
帝国辺境派遣軍の飛行艦隊群は、国境を越えてトラキア連邦領内へ侵攻する。
飛行戦艦、飛行空母は、四隻毎の雁行陣を取り、その後を大型輸送飛空艇群が隊列を組んで続く。
帝国辺境派遣軍二十五万の大軍の前に、トラキア連邦の運命は、まさに風前の灯火であった。
--未明 トラキア連邦 首都ツァンダレイ 議長府
湯浴みを済ませたフェリシアは、一人、暗い部屋の中で議長席に座り、目を閉じて瞑想していた。
ドアをノックする音の後、職員がドアを開ける。
「議長! ここでしたか! 一大事です! バレンシュテット帝国が『宣戦布告』してきました! 既に国境の監視櫓は、帝国軍の砲撃によって破壊され、連邦領内に侵攻中とのことです!」
フェリシアは、目を開いて答える。
「遂に・・・来ましたか」
フェリシアは、立ち上がると職員の方を向く。
「・・・議長」
「帝国が攻めて来ました。全軍、全国民に開戦の知らせをお願いします」
「判りました」
フェリシアは、再び暗い部屋の中で議長席に座り、目を閉じて瞑想する。
トラキア連邦は滅びるだろう。
だが、できる限りの事はしよう。
フェリシアは、悲壮な決意を胸にしていた。