第五十八話 強行偵察
帝国辺境派遣軍は、国境を越えてトラキア連邦領内に侵攻する。
巨大な飛行戦艦、飛行空母、大型輸送飛空艇群が陣形を組み、二十五万の大軍が大空を行軍する様は、まさに威風堂々であった。
--夜明け。
東の空が明るくなり、飛行空母の艦橋に朝日が差し込んでくる。
ジークは、地平線から朝日が昇る東の空を見ながら伝令に告げる。
「ジカイラ中佐を呼んでくれ」
伝令が答える。
「了解しました」
しばしの後、ジカイラがヒナを連れて艦橋にやって来ると、ジークはジカイラに話し掛ける。
「中佐。全軍に先立ち、教導大隊にトラキア連邦領内の強行偵察を頼みたい」
「了解しました。トラキア連邦軍と交戦しても?」
「構わない。交戦は許可する。既に開戦の勅命は下された。可能な限り敵の情報を集めてくれ。時代遅れの奴らに遅れをとるような教導大隊では無いだろう?」
「了解しました」
ジカイラとヒナは、艦橋を後にする。
--飛行空母内 居住区画。
部屋のドアをノックする音でアレクは目が覚める。
ノックの後、ドアの向こうからエルザの声がする。
「アレク、起きてる? ジカイラ中佐から呼集よ! 二十分後に戦闘装備で格納庫に集合!」
「判った! 直ぐ行く!」
アレクの傍らには、想い人の腕の中で眠るルイーゼがいた。
アレクは、傍らで穏やかに眠るルイーゼの可愛い寝顔を見ると、起こしたくなかった。
ルイーゼの顔に掛かっている髪を指先で退けると、アレクはキスしてルイーゼを起こす。
「んんっ……」
「ルイーゼ。起きたかい? ジカイラ中佐から呼集だ」
二人は起きて身支度を整えると、装備を整えて格納庫へ向かった。
二人が格納庫に行くと、格納庫ではジカイラ中佐とヒナ大尉の前に教導大隊の者達が集まって整列していた。
ジカイラは、教え子達が時間通り集まった事を確認すると口を開く。
「傾注せよ! 本日未明、皇帝陛下による勅命が下された。バレンシュテット帝国はトラキア連邦に対し宣戦を布告。既に帝国辺境派遣軍はトラキア連邦国境を越え、一気に敵首都ツァンダレイを叩くため進軍中だ」
ジカイラの言葉に学生達はざわめく。
「宣戦布告……いつの間に」
「戦争になったのか」
ジカイラが続ける。
「オレ達、教導大隊の任務は『強行偵察』だ。巡航速度で航行する飛行艦隊群に先行して、飛空艇による航空偵察を行う。小隊毎に別れ、担当する地域を偵察すること。小隊長は、自分の小隊の担当地域を地図で確認するように」
傍らのヒナが地図を掲示板に貼り出すと、ジカイラは地図を指し示しながら説明を続ける。
「我々、帝国辺境派遣軍は、あらゆる障害を排除して一直線に進み、一気に敵首都ツァンダレイを叩く。トラキア連邦の政治と軍事の中枢を叩き、敵の組織的抵抗力を奪う。鼠人とトラキア連邦軍の両方が攻撃してくることが予想される」
アルはこっそりとアレクに耳打ちする。
「人間と鼠人の両方が敵か」
ジカイラが続ける。
「現時点では、トラキア連邦内の鼠人に関する詳しい情報は、ほとんど判っていない。 鼠人の勢力範囲やトラキア連邦軍の宿営地、兵站施設、補給基地なども、ほぼ不明だ。 各員、可能な限り情報を集めろ。各機のナビゲーターは、担当地域の偵察で確認したことを記録。各小隊は、正午迄に飛行空母に帰投すること。以上だ!」
アレクたちは掲示板の前に行き、自分たちの小隊が担当する地域の位置を確認する。
アルが軽口を叩く。
「前と同じか……」
「……原野に原生林。点在する小川と丘陵。前回と似たような地形だな」
トゥルムもアルと同じ意見であった。
ルイーゼが地図を指差しながら呟く。
「今の私たちの飛行艦隊の場所が、国境から少し進んだここ。敵の首都ツァンダレイがここ」
エルザも口を開く。
「……本当に真っ直ぐ飛んでいるのね」
ナディアも口を開く。
「ま、空には邪魔するものがないからね」
他の小隊の仲間たちが頷くと、再びルイーゼが地図を指差して呟く。
「私たちユニコーン小隊が強行偵察を担当するのは、飛行艦隊の航路の近くにある、この村周辺ね」
ドミトリーが口を開く。
「……村か。トラキア連邦軍がいるかもしれんな」
トゥルムが答える。
「鼠人かもしれんぞ?」
ナタリーも口を開く。
「鼠人だけでなく、人間とも戦うのね……」
アルがナタリーを気遣う。
「大丈夫。オレがついてるよ」
アレクが小隊の仲間たちに話し掛ける。
「そろそろ出発しよう」
アルが答える。
「行こう……朝食も食べてないから、ハラ減ったなぁ~」
ナタリーが笑顔で答える。
「そう言うと思って、皆の分、お弁当用意しておいた」
「そりゃ良い! 目標の村に着いたら皆で食べよう!」
アレクたちは地図で担当する地域を確認すると、自分たちが乗る飛空艇へ行き乗り込んでいく。
小隊全員が飛空艇に乗り込んだ事を確認したアレクは、整備員に告げる。
「ユニコーン小隊、出撃します!」
「了解!」
整備員は、同僚と共にアレクたちが乗る四機の飛空艇をエレベーターに押して乗せると、同僚の整備員に向かって叫ぶ。
「ユニコーンが出る! エレベーターを上げろ!」
整備員が動力を切り替えると、飛行甲板に向けてアレクたちが搭乗する四機の飛空艇は、エレベーターで上昇していく。
程なく、アレクたちが搭乗する四機の飛空艇は、飛行甲板に出る。
地平線から昇る朝日が飛行甲板に出た機体を金色に照らし出す。
早朝のいつもより冷えている上空の冷たい風がアレクの顔を撫でる。
アレクの吐く息が白くなる。
アレクは、伝声管でルイーゼに告げる。
「行くよ。ルイーゼ」
「うん」
「発動機始動!」
アレクは、掛け声と共に魔導発動機の起動ボタンを押す。
魔導発動機の音が響く。
ルイーゼが続く。
「飛行前点検、開始!」
ルイーゼは掛け声の後、スイッチを操作して機能を確認する。
「発動機、航法計器、浮遊水晶、降着装置、昇降舵、全て異常無し!」
ルイーゼからの報告を受け、アレクは浮遊水晶に魔力を加えるバルブを開く。
「ユニコーン・リーダー、離陸!」
アレクの声の後、大きな団扇を扇いだような音と共に機体が浮かび上がる。
「発進!」
アレクは、クラッチをゆっくりと繋ぎ、スロットルを開ける。
プロペラの回転数が上がり、風切り音が大きくなると、アレクとルイーゼの乗る機体ユニコーン・リーダーは、加速しながら飛行甲板の上を進む。
やがて飛行甲板の終わりまでくると、二人の乗るユニコーン・リーダーは大空へと舞い上がった。
二人の乗るユニコーン・リーダーは飛行空母の上を旋回して、小隊の仲間が離陸してくるのを待つ。
直ぐにアルとナタリーが乗るユニコーン二号機が飛行空母を発進し、上昇してくる。
続いて、ドミトリーとナディアが乗るユニコーン三号機とエルザとトゥルムが乗るユニコーン四号機が飛行空母から発進して上昇してくる。
四機全てが揃ったユニコーン小隊は、自分たちが偵察を担当する村を目指して、編隊を組んで向かった。




