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episode4

「くそう! どうしたらパクれるんだ!」

 自宅のマンションに戻るなり、小山田は一人叫んだ。

 もはや、彼の頭の中には「どうやって小説を書くか?」では無く、「どうやったらパクれるか?」しか無かった。彼の思考回路には「オリジナル小説を書く」と言った選択肢は最初から無い。いかにして楽に他人の作品をパクって小説を書き、印税で儲けるのか。この一点しか彼の頭の中には無いのだ。

 思考のラビリンスに突入した小山田は、再び謎の舞を踊り始める。

 どうしたらあの作品をパクれる? そうだ、音読と言うのはどうだ。誰かにあの小説を朗読してもらい、それを聞きながら小説を書く。これなら活字が苦手な俺でもなんとかなるかもしれない。だが、一体誰に頼めば……?

――ピンポーン。

 その時、小山田の思考を遮るかのようなチャイムの音が部屋に鳴り響いた。

 小山田の眉間に苛立ちを示すシワが寄る。

 こんな土曜の真昼間に一体誰だ? 新聞の勧誘か? せっかく人が集中していたのに、ふざけやがって。誰が出てやるもんか。

――ピンポーン。ピンポーン。

 再びチャイムが鳴り響く。今度は二回。しつこい新聞屋だ。

――ピンポーン。ピンポーン。ピンピンピンピンポーン。

 さらに鳴り響くチャイム音。小山田は、この嫌がらせとしか言いようの無いチャイムの鳴らし方をする人物に心当たりがあった。彼の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。

――ピピピピピピ、ピピッピッピ、ピンポピンポ、ピピッピピンポーン!

 そして連打。まるでリズムを取っているかのように鳴り響くチャイム音に、小山田の予想は確信へと変わる。あいつだ。

 小山田は立ち上がると、ノシノシと大股歩きで玄関に向かいドアノブを掴んだ。

「ピンポンピンポンうるせーんだよ! 近所迷惑だろうが!」

 勢い良く扉を開けたその前には、小山田の予想通りの人物が居た。

「あ、生きてた」

 目の前の少女は、チャイムを押したままの姿勢であっけらかんとつぶやく。

「生きてるわ! 勝手に殺すんじゃない!」

「えい」

――ピンポーン。

 再び鳴り響くチャイム音。

「うるせーって言ってんだろ! 意味無く鳴らすんじゃねーよ! ったく、お前は一体何しに来たんだ」

「チャイム鳴らしに」

「帰れ!」

 興奮気味に小山田は玄関前でわめき散らす。だが、少女は気にした様子も無く鼻歌を歌っている。反省の様子を見せない少女に、小山田は悔しそうにキーッと地団駄を踏んだ。

 小山田はジロリと少女を睨み付ける。

 Tシャツに短パン、小麦色の健康的に焼けた肌と、ポニーテールの髪が無ければ少年と見間違えるかのようなこの少女。名前は大神天音と言う。年の離れた小山田の姉の子で、いわゆる姪っ子である。

 そして、もう一人。

「お、お姉ちゃん。おじさん怒っているよ。ちゃんと謝らなくちゃ……」

 天音の背中に隠れ、オドオドしている少女が消え入りそうな声で呟く。

 真っ白な薄地のワンピースにショートカットの髪。まるで人形の様に可愛らしい格好をしたこの少女の名は大神琴音。同じく小山田の姉の子で、天音の一つ下の妹である。

「お母さんが、最近おじさんの姿を見ないから様子を見に行けってさ」

「こ、これ、お母さんからの差し入れです。昨日の晩御飯だった肉じゃが……」

 顔を真っ赤にしながら、琴音はおずおずと風呂敷に包まれた肉じゃが入りのタッパーを差し出す。

「ああ、そっか。最近小説書くのに忙しくて、あんまり顔を出していなかったからなぁ」

 差し入れを受け取りながら、小山田は呟く。

 それを聞いた天音は、口元に手をやると嫌らしい笑みを浮かべた。

「小説ぅ? おじさんが? あっはっは! 知性の欠片も無いおじさんが小説を書くだなんて信じられない! どれどれ、一体どんな小説を書くのか興味あるわ。ちょっと天音さんに見せてごらんなさい」

 そう言って天音は、小山田の返事を待たずに彼の脇をすり抜けると、部屋の中に勝手に入ってしまった。

「おっ邪魔しまーす」

「あ、おい待てこら! 勝手に入るな!」

「お、おじさん、ご、ごめんなさい……」

 小山田に向かって、琴音がすまなさそうに頭を下げる。小山田は慌てて首を横に振った。

「あ、いや、琴音ちゃんに言ったんじゃないんだよ。あのクソバカの天音に言ったんだ」

「相変わらず汚い部屋ねぇ。ちゃんと掃除しているの? なーにこの雑誌は? 何々? でらべっぴん? おじさんねぇ、エロ本はちゃんとベッドの下とかに隠しておきなさいよ」

 指でつまみあげたエロ本をポイした天音は、楽しそうな笑みを浮かべ、他にも何か無いか部屋を引っ掻き回す。

「ちょ、おい、おま! 勝手に人の部屋を漁るな!」

「お、お姉ちゃんがすいません……」

 玄関の前で、必死にペコペコと頭を下げる琴音。

 その様子を、隣に住んでいる近所でも有名な歩くスピーカーと呼ばれる噂好きの女、政子がジロジロと興味深そうに見ながら通り過ぎていくのが見えた。

 小山田の顔がサーッと青ざめる。

 ま、まずい。政子に見られた! こ、このままでは近所で何を噂されるか分かったものじゃない。

「あーもう! とりあえず琴音ちゃんも中に入って!」

 ペコペコしている琴音を家の中に引き入れ、小山田は慌ててドアを閉めた。

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