52話
画面の端に表示される数字がじわじわと伸びていく。
最初は100を超えて驚いていたのに、気づけば同接は400を超えていた。コメントの流れはもう視界で追い切れないほど速い。
ただ、視界が騒がしくなるのと反比例するみたいに、不思議と胸の奥は落ち着いていく。
「……よし、じゃあ次の曲いきます」
マイクに口を近づけ、軽く笑う。
《いいね!》
《待ってた!》
イントロが流れ、声を乗せる。
文化祭や動画投稿では何度も歌った曲だけど、リアルタイムで何百人も聴いている前で歌うのはまったく違った。
コメントが流れるたびに、背中を押されるみたいに声が伸びる。
曲が終わると同時に、コメント欄が拍手スタンプで埋まった。
モニター越しの熱気がまるで実際に目の前に観客がいるかのように感じられる。
「ありがとうございます。……すげぇな。こんなに聴いてくれてんのか」
照れ隠しみたいに笑いながら言葉をこぼすと、コメントはさらに盛り上がる。
《文化祭から追いかけてます!》
《動画のときより生の声がもっといい!》
《学校でも有名になってるよね?》
「はは……学校じゃ別に。俺はただ歌ってるだけだから」
軽く流しつつも、胸の奥では確かにざわめきがあった。
深呼吸を一つして、口角を上げた。
「じゃあ……次はリクエストからいこうかな」
コメント欄は一気に「これ歌って!」「あの曲お願い!」とうれしいことに追いつかないほどのリクエストが来る。。
その中から一番多く流れていた曲名を拾い上げた。
動画にしたことのない人気曲だ。
「これか……。動画でいつかあげようと思ってたんだ」
先ほどまで歌みたをあげたことのある曲のみだったから、緊張で喉が固まりそうになる。
けれど、最初のフレーズを歌い出した瞬間、頭の中が真っ白になって代わりに声だけが進んでいった。
《うますぎ》
《声質がめっちゃ合うね》
コメントが視界の端を通り過ぎるたびに心が熱を帯び、歌声に感情が乗る。
気づけば目を閉じて全力で声を放っていた。
歌い終わると、少し息が上がっているのがわかる。収録やカラオケとは異なる環境のせいかもしれない。
息を整えて画面を見ると数字は500を超えていた。
「やば、めっちゃ見に来てくれてるじゃん」
背中を支えてくれている二人がいて、リスナーがいて。
つい笑みがこぼれる。
「改めて……聴いてくれてるみんな、本当にありがとう」
深呼吸してから言葉を続ける。
「動画を上げ始めたときは、誰も聴いてくれなくてさ。正直やめようかと思ったこともあった。
でも、コメントで元気もらえたとか救われたとか……そういう言葉をもらって、俺の方が救われてた」
《こちらこそありがとう!》
《なにこれ最終回?w》
素直なコメント、茶化すコメント。どのコメントもうれしかった。
「だから……これからも歌っていく。もしよかったら、聴いてくれ」
照れくささを笑いでごまかす。
「最後に……一曲だけ。俺にとって大事な歌を歌って締めようと思います」
流したのは、俺が最初に投稿した曲。
あの頃は衝動と痛みだけでぶつけた歌。
今、同じ曲を歌うのはまるで別物だった。
咲の笑顔、七海の言葉、文化祭の光景。いろんなものが頭をよぎって、声に熱が宿る。
ただ叫んでいたあの日よりも、ずっと強い想いを込めて歌い切った。
最後の余韻が静かに消えていく。
《最高》
《めちゃめちゃ鳥肌w》
《泣いた》
「……これで終わりです。本当にありがとう」
軽く会釈をして、配信を切る。
無音になった部屋に、椅子へ沈み込む自分の呼吸だけが残る。
「やった……」
小さくつぶやく。
全身が汗ばんで手はまだ震えていた。
スマホが鳴る。七海からの通話だ。
「おつかれ! バッチリだったじゃん」
明るい声に思わず笑ってしまう。続いて咲の声も届く。
二人は一緒にいるらしかった。
「すごくよかったよ。智也くんの歌。ずっとがんばってるの見てきたから、なんか、うん。その、言葉が出てこないんだけど……ほんとによかった」
咲の言葉は途切れ途切れだったけど、強い感情がこもっているのが感じられてなぜか目頭が熱くなる。
「……ありがとう」
続けてきてよかったなぁ。本心からそう思った。
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