39話
教室の席についた瞬間、なんとなく視線を感じた。
窓際に座って荷物を置いていると、斜め前の席から、誰かがこっちをちらりと見た気がする。
目を向けると、玲奈だった。
……けど、目が合いそうになった瞬間、彼女はすっと目線をそらして、自分の席に戻った。
気のせいかと思って、教科書を出そうとしたとき、咲が小声で言ってきた。
「最近さ、白川さんちょっと変じゃない?」
「変?」
咲は小さくうなずく。
「目が合うとそらされるっていうか……昨日の放課後、教室の前で立ってたし。誰か待ってたっぽい」
そこに、七海が加わった。
「下駄箱のとこでもいたよ。落ち着きない感じで」
「……ふーん」
俺は曖昧に返す。
正直、関係ないと思ってた。
でも──それでも、気にならなかったわけじゃない。
昼休み。
弁当を食べ終え、ぼんやりと窓の外を見ていたら、足音が止まった気がした。
振り向くと、玲奈が立っていた。
制服の袖をぎゅっと握りしめて、ほんの少しだけ俯いてる。
「……あの、朝倉くん」
「……なにか用?」
俺の返事に、玲奈は一瞬ためらってから、言った。
「今日、放課後……少しだけ話せないかな?」
その声が、少しだけ震えているように聞こえた。
咲がこちらをちらりと見て、七海は何も言わず食事を続けていた。
「……わかった」
俺は頷いた。
夕方の校舎裏。
グラウンドの隅にある木のベンチには、まだ少し暖かさが残っていた。
俺と玲奈はそのベンチに並んで座っていた。
さっきよりも風が冷たくなっていて、制服の袖口を握る手が少し震えているようにも見えた。
「……懐かしいね。ここで話すの」
玲奈がぽつりと呟く。
俺は特に反応せず、ただ空を見上げていた。
「前さ、ここで休憩したことあったでしょ。日が落ちかけてて、手がちょっとだけ寒くて……でも、なんか落ち着いたよね」
「……そうだったっけ」
話を合わせる気はない。
別に、思い出話に付き合う理由もない。
玲奈が、かすかに笑った。
「素っ気ないね。智也くん」
「今さら呼ばれても、正直どう返せばいいかわかんないけど」
自分でも意外なくらい、口調は淡々としていた。
懐かしさも、怒りも、寂しさも、全部がもう遠くなっていた。
「……うん、ごめん。そうだよね」
玲奈が小さく俯いた。
ほんの一瞬だけ沈黙が落ちる。
「……智也くんにこういうの言うの、変だよね。ごめん」
玲奈が苦笑いを浮かべながら、制服の袖をきゅっと握る。
「でも……誰かに言いたかったの。誰にも言えなくて、でも一人じゃどうしたらいいかわかんなくて」
そう言ったあと、少しだけ目線を外し、それでも意を決したように口を開いた。
「……最近、ちょっと、変なんだよね。彼が」
「田中先輩?」
名前を出すと、玲奈が少しだけ目を伏せた。
「うん……」
なにか言おうとして、でも玲奈は結局口をつぐんだ。
「そっか」
何か相談されたところで俺には全く関係のないことだから、あえて玲奈の話を広げようとは思えない。
玲奈は、そんな俺の態度にも特に何も言わなかった。
それからしばし気まずい沈黙の後、玲奈は立ち上がった。
何かを伝えたくて呼ばれたのか、それともただ話したかっただけなのか。
俺にはまだ、わからなかった。
「……ごめんね、ありがとう」
俺は返事をしなかった。
ただ、黙って夕陽に照らされたグラウンドのフェンスを見つめていた。
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