38話
廊下を歩いていると、ちょうど教室のドアの前で咲と目が合った。
「あれ、遅かったね。大丈夫?」
何でもないような顔で言う咲に、俺は曖昧に頷いた。
「……ちょっと、長引いた」
咲は小さくうなずき返して、そのまま一緒に教室に入る。
中では七海が自分の席に弁当を広げていて、俺を見ると小さく手を振った。
「おかえり。なんか暗くない? 顔」
「そうか?」と俺はごまかすように笑いながら席につく。
咲も自分の席から椅子を引いて、俺と七海の間に割って入るように腰を下ろした。
「ねえ、今日おにぎり三個なんだけど。ひとつ食べない?」
「なんで俺?」
「なんとなく。顔がしょんぼりしてるから、塩分足りてないのかと思って」
「塩でなんとかなる問題じゃないけどな……」
結局、断りきれずにもらった鮭のおにぎりを頬張る。
しっかり塩が効いてて、ちょっとだけ気分が戻った。
「うまいな、これ」
「でしょ? ママ特製なんだから」
そんな他愛もないやり取りのあと、三人でいつも通りの昼休みが始まるはずだった。
「ねえ、あれ……田中先輩じゃない?」
七海が視線をドアの方へ向けた。
つられるように目をやると、教室の入り口付近に、見慣れた男子が立っていた。
髪型は整ってて、制服の着こなしもどこか余裕がある。
スマホをいじりながら、ちらちらと教室の中を見ている。
「なんだろうね?」
咲が声を潜めて言う。
「ねえ、あれ見て」
廊下の奥から、玲奈が帰ってくるのが見えた。
友達二人と笑いながら話していたけれど、田中先輩の姿に気づいた瞬間、表情が変わる。
けれど、それは一瞬だけだった。すぐに笑顔に戻って、何でもないような顔で近づいていく。
田中は、スマホをポケットにしまいながら玲奈の肩をぽんと軽く叩いた。
そのまま話しかけると、玲奈は頷いてふたり並んで歩いて行った。
なんとなく引っかかった。
「……あの人、けっこうよく来てるよな」
俺がぽつりと呟くと、咲がすかさず反応する。
「田中先輩のこと?」
「ああ。最近、やたら教室の前にいる気がするからさ」
特に意味のないつぶやきのつもりだったけど、咲が少しだけ眉を寄せた。
「そういえば、前もいたね。玲奈と関係ない子と話してたことあったかも」
「へえ、そうなんだ?」
前に七海が「玲奈の彼氏、評判よくないよ」って言ってたのを、ふと思い出した。
「校門の前とか、昇降口とか……しかも、違う子といるの見たことある」
七海と俺が同時に「え」と言って、咲のほうを向く。
「ほんと?」
「うん、先週も見た。うちの学校の子じゃないかもだけど、かなり距離近かったし……」
「玲奈、あれでちょっと盲目的なとこあるよね。いま、朝倉のこととか絶対意識してるだろうし」
「……どういうこと?」
俺が思わず聞くと七海が肩をすくめた。
「前に比べて、なんか彼氏といる時のテンションが空回ってるっていうか。SNSも微妙に匂わせっぽくなってきてるし」
なんだそれ、と思いながらも七海がやけに詳しいのが少し面白かった。
七海が急に真顔で言った。
「玲奈、気づいてないんだろうね。いろんなこと」
それってどういうことなんだ、と聞く前にさっと別の話題にされてしまった。
なんとなく腑に落ちないものがありながらも、気にしないようにするしかなかった。
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