18話
開店直後は、思っていたよりも静かだった。
日曜の日中ということもあって、お客さんは年配の女性や、スマホをいじる学生がちらほら。
緊張はしていたけど、レジの操作もメニューの場所も、七海の教え通りにやれば、なんとかなっていた。
だけど、ふと気が緩んだタイミングで、やらかした。
「アイスラテひとつと、マフィンですね」
「いえ、ホットです」
「あっ……す、すみません」
慌てて訂正して会計をやり直そうとするけど、操作ミスでやたら手間取る。
焦れば焦るほど、変な汗が出てきた。
「最初はしゃーないって」
横から、七海が軽く笑いながらフォローしてくれる。
その手つきがスムーズすぎて、かえって落ち込む。
「ありがと……」
「切り替えてこー」
次のお客さんが入ってきた。
俺はカウンターの中で姿勢を正す。
深呼吸して、口を開いた。
数時間が経つ頃には、だんだんと流れにも慣れてきた。
最初は声も硬かったけど、何度も「いらっしゃいませ」を繰り返しているうちに、少しずつ体が勝手に動くようになっていた。
ホットを間違えてアイスで出しかけたり、カップにフタをし忘れて七海にツッコまれたり。
それでも、「まあ初日なら合格でしょ」って店長が言ってくれたのは、ちょっとだけ嬉しかった。
「あと一時間ねー。終わったら軽くまかない食べてっていいよ」
店長の声が奥から聞こえてくる。
七海がそれを受けて、ちらっとこっちを見る。
「ね、朝倉。慣れた? まだ心折れてない?」
「いや、心はそろそろヒビ入ってる」
「それくらいで済んでるなら上出来じゃん」
笑いながら、七海はサーバーにアイスティーを注いでいた。
いつもの調子だけど、やっぱり動きに無駄がない。
俺とは段違いの慣れってやつだ。
カウンターの内側から、外の様子を見る。
ゆったりと流れる時間と、ほんのり甘いコーヒーの香り。
こんな場所で、こんなふうに働くことになるなんて、ちょっと前の自分には想像もつかなかった。
夕方、ちょうど陽が傾きかけた頃だった。
次のお客さんが来たわけでもないのに、ふと視線を窓の外に向けると、制服姿の誰かが歩いているのが見えた。
少しだけ髪が揺れて、表情はよく見えなかったけど、どこか見覚えのある雰囲気だった。
咲、か……?
こっちに気づいているのかいないのか、彼女は店の前を通り過ぎようとしていた。
……いや、少しだけ足を止めた。
俺はレジの奥から、その様子をぼんやり見ていた。
咲は、店のガラス越しに中を覗き込む。
目が合ったわけじゃない。
でも、たぶん俺が働いてるのを見てた。
それだけで、なぜか背筋が伸びた。
咲は何も言わず、手も振らず、そのまま歩き出していった。
少しだけ、笑っていたように見えた。
気のせいかもしれないけど、そんな気がした。
「あれ? 今、知り合いいた?」
七海が気づいたように尋ねてくる。
「……いや、なんでもない」
返しながら、ガラス越しの光景が頭に焼きついて離れなかった。
誰かが見てくれている、というのは、なんだか不思議な力になる。
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