雪と小雪
空色をしたカバンが揺れて、黄色い帽子が振り向いた。
「お父さん、今日の参観日絶対忘れちゃだめだからね! 絶対だよ!」
「任せとけ! 会社にも今日は1日連絡とらんと言ってあるからな」
「ありがとう! 大好きよ」
「父さんもだよ、気をつけてな」
集団登校の列を見送り、しなければいけない家事をさっさと済ませる。
普段仕事をしているという言い訳で、たまりにたまった洗濯物は、全てをベランダに干せなくて部屋の中まで占領してしまった。
ほんの少し前ならこんな光景きっと許さなかっただろうし、何よりこんなに家事ができる男になるとは思ってもみなかった。
参観日が終わったら、一緒にホットケーキでも食べに行こうかね。
そんな事を思いながら、シンクにたまった洗い物を済ませていると、いいかげん家を出なければ間に合わないと時計が知らせる。
「やばいっ」
飾られた写真に手を合わせ、慌てて家を飛び出した。
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「ねぇ……ちょっといいかな?」
どこか不安の混ざった声が後ろからして「どうした?」と振り向くと、彼女は白い棒を片手に俺の前で姿勢を正して正座した。
「できちゃった」
「へ?」
「その……赤ちゃんが……」
見せられたその棒には赤い線が2本、確かにくっきりと浮かび上がっている。
ゲーム脳になっていた俺の思考が一旦停止して、緊張しているらしい彼女――雪の顔をただただ見つめ続けた。
「これは?」
「妊娠検査薬だよ、できてるって反応が出たの」
「そっそうか……」
「やっぱり嬉しくないよね、なんとかして」
「やったじゃないかーーーー!!」
悲しそうな表情を浮かべる雪を、俺は無意識に抱きしめた。
結婚して半年、新生活にも慣れてきてゆったりした休日を送っていたときに届いた嬉しい知らせ。
いつかいつかと思っていたけれど、こんなに早く俺たちの元に来てくれるなんて思っていなかったから理解が遅くなった。
だらけていた思考が一気に動き出し、喜びが体中を巡って体温を上げる。
「嫌じゃない?」
「どこがだよ! 2人の子どもだよ? きっとカワイイ子が生まれて来るんだろうなぁ、俺ももっと頑張らなきゃ」
「陽君、ありがとう」
そうして始まった新しい生活。
純粋に子どもができたと俺は喜びまくっていた。
生まれて来る子どもの名前は何にしようとか、どんなことして遊ぼうとか、果ては結婚式はどんなに泣いてしまうか、なんて気の早い話まで考えてしまって、毎日が幸せで仕方なくて、仕事にも今まで以上に精が出るようになったのは言うまでも無かった。
けれど浮かれた気持ちばかりが先走り、妊娠生活と言うものを俺は甘く見ていた。
俺が知っている妊娠生活という華々しいそれが、本当はいかに大変なものなのかを分かっていない。雪はきっと想像以上に辛く苦しんでいたかもしれない。
もっと目を向けてやればなんて、今になって考えたところで後の祭り。
けれどその時は目先の幸せしか考えていなかった。
これは一生をかけて償うべきことだと、胸にしっかりと刻み込んでいる。
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