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 先日、ソフィアと共に王都を発ったウルリカは、護衛を引きつれて馬を駆り、マルヴィルト宮殿から更に北、ブルムノア領主の住む屋敷へとやって来ていた。

 ウルリカたちを出迎えるため、屋敷の玄関を出たところに屋敷の者たちがずらりと並ぶ。

 その中に、ブルムノア卿とその奥方の姿もあった。ふたりともいいお歳であるが、しゃんと伸びた背筋からは老いを感じない。

 ウルリカは馬を降りてふたりの元へ歩み寄ると、膝を折って挨拶した。


「突然のご訪問、失礼いたしますわ」

「滅相もない。屋敷には寄っていかれるのですかな?」


 白く染まった髪を綺麗に整え、怜悧な光を瞳に宿した男がウルリカに尋ねる。

 この男こそ、ブルムノア領現当主、ブルムノア侯爵その人だった。

 ティルダとヒルドの祖父であり、王家を支持する保守派の筆頭でもある。


 そういえば、とウルリカは思った。

 ノリス伯爵とビジリア子爵が交わした約束について、この侯爵が知らないはずがない。孫娘が伯爵家から追い出されるかもしれない事態について、どう考えているのだろう。

 ウルリカは政治には全く興味はなかったが、馬鹿ではない。これまで小耳に挟んだ情報からすばやく頭を働かせた。


(ブルムノア卿にしてみたら、私たち王家に忠誠をつくしてきたにもかかわらず、真偽の定かでない噂ひとつから身内を守ってもらえなかったってことになるのよね)


 ウルリカは、そのうえで自分に置き換えたらどうするかを考えてみた。

 もし、ノリス領で採れる茶葉が今回の品評会の審査で洩れ、孫娘が伯爵家から追い出されるようなことにでもなったら――

 ウルリカの頭に亡きビビアン王妃の顔が浮かんだ。きっと、心情的にはウルリカがビビアンに寄せる想いと変わらない。


(私だったら、無能な王家に復讐するわね)


 そこまで考えてゾッとした。

 この人ならやりかねないし、やるだけの力も持ち合わせている。

 これまで動かなかったのが不思議なくらいだ。

 ウルリカは失礼にならないよう、丁寧に言葉を発した。


「いいえ。このままビルビス子爵のいるお城まで参りますわ。品評会まであまり時間がありませんもの。それまでにはマルヴィルト宮殿に戻らなくてはなりませんから」


 ウルリカがそういうと、ブルムノア侯爵の隣に立ったブルムノア侯爵夫人が「まあそうなの」とゆったりとした声を出した。


「それにしても……これから紅葉狩りだなんて。ウルリカ様にはいつも驚かされますわ」

 ブルムノア侯爵夫人が頬に手を当てる。ウルリカは背筋を正してにこやかに答えた。

「ビルビス子爵のおられるお城の裏手はすぐ山になっているのでしょう? 秋は見頃とうかがっております。一度見に行きたいと存じてましたの」

 ブルムノア侯爵夫人はひとつうなずくと、遠くに霞む山に目を転じた。

「うちの孫娘が、ちょうどそちらから来るようなことを申しておりましたわ」


 ウルリカは言葉を交わしながら内心恐々としていた。表面上はただの会話だが、それだけではないものをウルリカは感じた。


(エリクお兄さまったら、本当に碌でもないこと押しつけてくれたわね)


 もしかしたら自分は今、試されているのではないだろうか。ひいては王家をだ。仕えるに値しないと判断したとき、この侯爵はどう動くだろう。

 確かめたくはない、とウルリカは思った。


「でしたら、途中でご一緒するかもしれませんわね」


 ウルリカがそれでは、とその場を辞そうとすると、夫人がさらに言葉を重ねた。


「わたくしも、そろそろマルヴィルト宮殿へ参ろうと存じます。そちらでお会いいたしましょう」


 ブルムノア侯爵夫人は審査員として呼ばれている。

 ウルリカは、ええ、と答えて馬に乗った。侯爵夫妻が見ている前で跨ぐわけにもいかないので横乗りだ。

 後ろに控えていた護衛についてきた騎士たちもそれぞれ馬に跨る。

 見送る二人から見えなくなるところまで速歩(トロット)で駆けると、ウルリカは鞍から降りずに器用に跨ぎ直した。

 ここからビルビス子爵の居城までは平坦な道が続く。


「時間がないわ! 一気に駆けるわよ!」


 後ろをついてくる者たちに言外について来いと告げると、手綱を握って馬に扶助(ふじょ)を出した。

 ドレスの下には脚のラインにぴったり沿った薄手のズボンを穿()いている。

 ウルリカはドレスの裾がめくれるのも構わず、風の速さで平原を駆けた。




 折しも、マルヴィルト宮殿の庭で顔を合わせたソフィアと宰相は、天気の話をしていた。


「ウルリカ殿下が紅葉狩りに出られたそうですな」

 ソフィアは相変わらず耳聡いこと、と思ったが、おくびにも出さず広げた扇で口許を覆った。

「北の山はちょうど見頃を迎えているそうですね。こちらまで参ったついでに足を延ばそうと思ったようです」

 困った娘ですわ、となんでもないことのようにいう。

「北の山ですか」宰相はそう洩らすと、顎を撫でた。

「山の天気は変わりやすいと申します。なにごともなければよいのですが」

 含みを持たせたその言葉に、ソフィアは端然と微笑んでみせた。

「まあ! わたくしたちがこちらにきているのですもの。お天気が崩れるようなこと、決してありませんわ」


 ソフィアと宰相は、互いに火花を散らせつつ、ほほほ、ふふふと笑い合った。

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