神は必要な物しか与えない
ノアがしれっとした顔で魔法を使って見せるけれど、ノアが使うのはやっぱりライトの魔法だけ。
依然としてノアは濡れた自身を乾かすことをしない。
否、火と風の複合魔法は使えないのだと思う。
「その手にはのらないよ。援軍がくるかもしれないからね。ここで私がこれ以上無駄に魔力を使うわけにはいかない。それだけだよ。それに魔法が碌に使えないのは君のことなのでは? 洗脳の魔法は繊細で神経を使う。そう連発できるはずもない」
ノアは自分が魔法がちっとも今使えないにも関わらず涼しい顔をして私の加護をつかう絶好のパスをしてきたのだ。
「それこそ使う必要がないだけさ。タネがばれた手品なんて意味がないだろう」
ゆらりとリスタンの言葉が浮かび上がり、彼の言葉にホントの文字が絡みつくが魔法を使えるのか使えないのかはわからなかった。
それにあちらには少なくとも土魔法の使い手が一人いる。
魅了の魔法がまだ使用可能だとしたら、ここでどちらかに使われてしまうという展開だけは何としても避けなけばならない。
目の前にとらえるべき人がいるとわかっているのに、それをどうにかする決定打になる力が今の私たちにはない。
時間がたてば、ノアが魔法で自分たちを制圧しようとしないということは、魔法がろくに使えないということがばれてしまう。
ゆえに私たちに残された時間は少ない。
何か何か打開策はないのかとやみくもに加護を私は使った。
でもそこに文字は浮かばない。
ここだけじゃだめ、もっと広範囲まで範囲を広げてそれでなんでもいい、なんでもいいの今を打開できる何か術を探さないと。
ぐらりと視界がゆがむ、それでも私は加護を使い続ける。
だって私にはこれしか残されてない。
ここで何かなしえなかったら、詰む。
辺境の地マクミランの名ばかり公爵令嬢ティアの人生は順風満帆なんかとは程遠かった。
公爵家にもかかわらず農作業に適した土地が少ないマクミランにある我が家は私が生まれたころから庭園なんて素敵なものはなく、見当たす限り皆が食べていくための作物が所せましと育てられていた。
庭がこのありさまなんだから、暮らしはいつもギリギリ。
来客があればメイドたちと一緒にやばいやばいって取り繕うために家族みんなで奔走するし。
それなりに見栄えのするドレスなんてものは王都のパーティーに参加するときくらい。
王都からは程遠く。
隣国に隣接した山岳だらけのこの場所に婿を呼び込めるだけの美貌もなければ、人の心の中に秘めたウソとホントだけを見抜く神がいたずらに私に授けた加護のせいで私はいつだって人を疑い、本心を探り、期待し落胆して。
達観して自分はもう結婚とかこの先のこととかまともな人生を誰かと寄り添ってなんて無理だと思ってあきらめていた。
それでも私があきらめていたのは、ミランダのように素敵な結婚をすることだけで。
この地のことじゃない。
王都から程遠い、それがどうした。
それが私の普通なんら困らないわ。
公爵家なのに社交界にろくに出ない? あんな悪意のウソがはびこるパーティーなんてこっちから願い下げよ。
従者たちに偉ぶりたいなんて思ったことはないし、一緒にお菓子をもちよって他愛のない話をするのが私は好きなの。
お父様とお母さま、そしてセバスはマクミランに残っていなくても。
この地には私の大切な人がまだたくさん残ってる。
地位に与えられた責務なんてこれまで考えたことはなかったけれど、私はマクミランが好きで、ここが私の生きていく場所。
神は必要なものしか与えないというなら、私のこの加護はきっと今日この時のためにあるはずなんだからと信じて私は明らかに身体に無理がかかっているとわかっても加護を使い続けていたその時だ。
これまでは何もなかった地面から無数の文字が浮かび上がる。
それらは私の知っている言語ではない、ミミズのはったような線や簡易的な絵のようなみたことのない文字が数えきれないほど浮かび上がる。
そして文字たちはゆっくりと私の知る言語に切り替わっていく。
そしてその文字に絡みつく赤い文字。
『何かがおかしい』ホント、ホント 、ホント。
『揺れるぞ』ホント、ホント、ホント。
『崩れる』ホント、ホント、ホント。
『逃げろ』ホント、ホント、ホント。
十や二十じゃない、百よりもっともっと多くそれこそ数えきれないほど……
最初に現れた見たことのない文字とこの数、そして湧き出してくる地面……
さっきの文字は文献なんかでも一度たりとも見かけたことはない、私の無駄にいい記憶力がそうはじき出す。
なら何なのか? 私の加護は絶対だ。
もしかして虫や微生物の言葉なの? 揺れる、崩れる、逃げろ。そして無理やりに彫られた穴と大量の水……これが本当だとすると。
私は目元を抑えてノアの服の袖をつかむと走り出した。




