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氷姫の結婚  作者: 黒瀬 かすみ
真実
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27/36

ニ

 テーブルの上を照らすランプが、銀の毛並を柑子色に染めている。

 隙間風が入る木造のあばら家の中に、十人ほどの獣人達がひしめきあっていた。

 護警官の制服に身を包んでいる者ばかりではないが皆、体が大きい。部屋が狭く感じるほどだ。


 庭に紅葉の大木がある小屋は、老衰で亡くなった隣家の主が趣味部屋として使っていたものだ。

 今や家具は最低限、大きなテーブルと椅子があるのみ。

 一人が床を踏み抜いて大きな声を上げた以降は皆、慎重に動いている。

 電気は通っておらず、持ち込んだ石油ランプの明かりに頼るしかない。

 もうじき日が沈むのも、不穏な空気に拍車をかけている。


 使われていない小屋を拠点としたのには理由がある。

 住宅街を抜けた先、小屋の斜め前の家に、漉防隊のナンバースリーである三森庄平が立てこもっているのだ。

 今まで遠回りをしながらも、ようやく掴んだ居場所だ。

 絶対に逮捕せねばならない。


「筆頭、周辺住民の避難を開始しました」

「あの家の中には、三森と世話人がいます。世話人の老婆の年齢は八十代。斥候がばれた昼以来、老婆を盾にして家に閉じこもっています」

「表向きは、体を壊した実業家と名乗っていたようです。奴と接触のあった漉防隊のメンバーを二人、捕獲しております」

「家の見取り図はこれが最新のものです。大工に確認しました。隠し部屋はない模様です」

 次々にもたらされる情報に、ギーは冷静にひとつひとつ対処する。


 漉防隊は、大量の爆薬を隠し持っている。爆薬の管理は三森が行っていて、保管場所はリーダーである岩永も、幹部の竹下も知らなかった。

 それが今、三森のもとにあるとして、何かのきっかけで爆発したらこの周辺一体が火の海になる。

 目の前には家の見取り図。突入するとすれば、最も確実に三森を捕獲でき、且つ被害の少ない場所から攻めるべきだ。


 広げた地図の侵入経路を検討していたギーに、横合いから声がかかった。

 顔を上げずとも、匂いでわかる。

 副隊長であるケイリュウが難しい顔をして、白シャツ姿のギーにつめよった。

「何があったかは知らんが、せめて奥方はこんな殺伐とした現場ではなく、宿か派出所で保護した方がいいんじゃないか」


 視界の端には、すみれの姿がある。

 ぶかぶかのギーの上着を命綱のようにぎゅっとかき抱き、部屋の隅にある椅子の上で体を小さくしている。

 獣人の護警官が通り過ぎるたび、びくりと体を強張らせるのが痛々しくて見ていられない。

 俯いた顔は青白く、今にも倒れてしまいそうだ。

 周囲の護警官達もまた、気になってちらちらと視線を向けている。

 だが。


「すみれさんは俺の目の届く範囲に置いておく。決定事項だ」

 部下に指示を出しながら、ギーは答える。

 ケイリュウの眉間に皺が寄った。

「決定事項、って」

「すみれさんに手を出す輩は殺す」

 喉の奥から唸り声が溢れてくる。

 途端、抑えられない殺気が部屋に満ちる。

 異様な沈黙が部屋を支配した。


 腸が煮えくり返っている。

 この小屋に着く前にすみれから少しだけ聞き出せたのは、屋敷を出て、見知らぬ二人の獣人に馬車で連れ去られそうになったこと。


 なぜ、屋敷を出たのか。

 なぜ、一人で歩いていたのか。

 なぜ、獣人が襲って来たのか。

 問い詰めたい気持ちは多分にあったが、怯えているすみれにそれ以上追及することはできなかった。

 彼女は被害者だ。

 獣人など、ギーと結婚するまでは関わり合いなどなく生きてきたに違いない。

 ならばなおさら、力で敵わない獣人が恐ろしかっただろう。


 ようやく笑顔が見られるようになってきたのに。

 彼女を守れなかった自分にも腹が立つ。

 悲しみとも悔しさともつかない怒りが、ギーの中に渦巻いている。


「わかった、落ち着け。ここにいる誰も、奥方に危害は加えない」

 ケイリュウが両手を上げ、わずかに後退りする。

 ギーは「わかっている」と平坦な声で頷いた。

 聞き耳を立てていた周囲の護警官達からも、ほっとしたような息が漏れた。


「信頼してもらえて何よりだ。それより、ここはいいから奥方と話して来いよ。突入は深夜だ。もしくは、奴が眠りにつくまではこう着状態だろう」

「だが」

「怯えている女性を放置して仕事にまい進する男など、十年先までぐちぐち言われるぞ」

 なんとか山瀬夫妻の仲を取り持とうとするケイリュウの説得に、ギーは少し考えて椅子から立ち上がった。

 確かに、決着をつけるのなら早めがいい。


 これから護警官達は夕食の弁当を取り、夜に供えて少し休む。

 狼は夜目が効く。突入するのであれば、夜の闇に紛れて行動を起こすのが確実だ。

 人間が眠気に襲われているときなら更に好都合。

 人間の集中力は、長時間は続かない。

 多勢に無勢で、護警官で三森の家を囲んでもいいのだが、そうすると中にいる人質の命が危うくなるかもしれないし、三森が爆薬に点火するかもしれない。

 罪のない命が奪われるのだけは避けたい。


「すみれさん、失礼する」

 ギーはそう断って、再びすみれを抱き上げた。

 ギーの紺色の制服はすみれにとって大きすぎて、制服の中に埋もれているかのようだ。

 すみれは無言で体を固くした。

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