第36話 まだ見ぬ都へ、母の願いが導く道
翌朝、春人はミライ・インターフェース・ソリューションズに提出する追加テストの報告書を完成させた。
彼は文書の内容を慎重に確認した。
修正されたフォームの操作性は、彼が使用した環境では以前よりも改善されていた。
セッションの有効期限が近づいたことを知らせる警告も、確かな進歩だった。
一部の入力内容が保持されるようになったことで、最初からやり直す負担も軽減されていた。
しかし、セッションを延長するための操作ボタンは、彼の補助入力装置では依然として不安定だった。
そして、記録したすべての条件下で、確実に手続きを完了できるわけではなかった。
春人は問題を再現するための手順を記載した。
関連する観察結果。
テスト環境の制約。
そして、今後さらに調査すべき点についての提案。
すべてを確認すると、彼は契約で定められた成果物を陸へ提出した。
数時間後。
陸から返信が届いた。
丁寧な報告書への感謝と、受領したことを知らせる内容だった。
開発チームは、残されている問題について検討を進めるという。
また、修正された契約の範囲を超える追加テストについては、別途承認が必要になることも記されていた。
春人はメッセージを読んだ。
それから、自分のメモへ目を向けた。
まだ続けたかった。
調べたいことがあった。
新しい疑問もあった。
試してみたい条件も、いくつも残っていた。
しかし。
合意された仕事は終わっていた。
成果物も提出した。
そして、無期限にテストを続けるための報酬が支払われているわけではなかった。
春人は少しためらった。
それから、プロジェクトのフォルダーを閉じた。
「さて」
彼は美咲の写真へ目を向けた。
「母さん。どうやら僕は、恐ろしい結論にたどり着いてしまったらしい」
写真は何も答えなかった。
春人は微笑んだ。
「どうやら、仕事をするうえでは、いつやめるべきかを知ることも大切らしいんだ」
彼は小さく笑った。
そして、京都旅行の計画書を開いた。
画面の上部には、タイトルが表示されていた。
『僕たちの京都への道』
その下には、いくつもの項目が並んでいた。
交通手段。
宿泊施設。
介助体制。
必要な機器。
費用。
休憩時間。
そして、予期せぬ事態への対応計画。
横浜での一泊旅行は、春人に多くのことを教えてくれた。
今度は、その経験をさらに長い旅行へ生かす番だった。
◇ ◇ ◇
その週の後半、恵子も京都旅行の計画についての話し合いに参加した。
大地も同席した。
由紀は食卓で話を聞き、里奈は予定されていた春人の介助を担当していた。
まず、一同は横浜での一泊旅行を振り返った。
あの旅行は成功だった。
春人は、事前に手配された生活介助を利用しながら、一泊の旅行を実現できた。
鉄道の運行に問題が発生したときも、別の経路を選ぶことで対応できた。
バリアフリー対応のホテルで一夜を過ごした。
そして、無事に帰宅した。
しかし、その経験によって、無視できない重要な問題も明らかになっていた。
ホテルの浴室は、公表されていた寸法から想像していたよりも使いにくかった。
機器の配置には調整が必要だった。
夜間の介助者の引き継ぎも、慎重に行わなければならなかった。
そして、疲労の程度によって、春人が観光に使いたいと思う時間も変化していた。
恵子は春人を見た。
「一番大切だった教訓は、何だと思いますか?」
春人は考えた。
「浴室は邪悪な存在だということかな」
大地が笑った。
由紀はため息をついた。
「春人」
彼はにやりと笑った。
「ごめん」
それから、少し真剣な表情になった。
「寸法だけじゃ判断できないってことだね」
恵子はうなずいた。
春人は続けた。
「実際に介助を受けるとき、その空間がどう使えるのかを確認しないといけない」
彩花が以前行った評価でも、同じことが強調されていた。
ある部屋が技術的には必要な寸法を満たしていたとしても、そこで実施する介助の手順に適しているとは限らない。
恵子はうなずいた。
「そのとおりです」
一同は、京都にあるホテルの候補について検討を始めた。
まだ予約はしていなかった。
今回の話し合いの目的は、どの宿泊施設について、さらに詳しく調べる価値があるかを判断することだった。
春人は、バリアフリー対応の客室があると案内されている宿泊施設を、いくつか見つけていた。
恵子も、それらの施設に対して、より詳しい情報を問い合わせ始めていた。
必要なのは、正確な出入口の寸法だった。
浴室の配置。
実際に利用できる作業スペース。
ベッドの設備。
機器との適合性。
そして、春人が必要とする介助体制を受け入れられるかどうかについての情報。
さらに、同じ環境で複数の夜を過ごせるかどうかも考えなければならなかった。
大地が資料へ目を向けた。
「横浜より、ずっと複雑になりそうだな」
恵子はうなずいた。
「はい」
春人はため息をついた。
「素晴らしいね」
由紀がかすかに微笑んだ。
恵子は続けた。
「数日間にわたる夜間介助には、さらに綿密な計画が必要になります」
一同は、介助事業者の対応可能な日程について話し合った。
職員の引き継ぎ。
代替要員の確保。
必要になる可能性のある機器。
そして、旅行期間を通して、支援計画を維持できるかどうかを確認する重要性。
春人は耳を傾けていた。
それから、鉄道での移動について質問した。
恵子は、車椅子スペースの適切な予約方法や、乗降時の対応、駅のアクセシビリティ、そして移動に伴って必要になる支援について調べなければならないと説明した。
すべての列車や出発時刻が、春人に適しているとは限らなかった。
また、交通手段と介助体制を調整できるかどうかを考えずに、宿泊施設だけを予約することもできなかった。
春人はうなずいた。
理解していた。
複雑だった。
費用もかかる。
そして、腹立たしいほど時間がかかる。
それでも。
彼は京都へ行きたかった。
春人は画面に表示された京都の写真へ目を向けた。
寺院。
庭園。
古い街並み。
桜。
母が、いつか息子と一緒に訪れたいと夢見ていた街。
春人はかすかに微笑んだ。
「このまま進めよう」
恵子はうなずいた。
「もちろんです」
◇ ◇ ◇
その写真が見つかったのは、それから二日後のことだった。
大地は、古い家族の書類が入った箱を整理していた。
そのとき、一枚の写真を見つけた。




