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「お嬢様!?」
マリエットが驚きの声をあげる。
「お嬢様、おやめください!」
ドボン。
私は橋から川へ身を投げていた――
◇
推しに手紙を書き、マリエットに届けてもらうと、翌朝にはこっそり返事が届けられた。新聞を見て驚いたものの、円満であったこと。フィッツロイ公爵家の名を貶める様な論調もなく、安堵していること。よかったら近々で会えると嬉しい――ということが書かれていた。
さらにマリエットに頼み、探偵を使い、探らせたところ……。ジョセフ殿下は既に療養先へ向け旅立っていた。しかもその療養先のすぐ近くにフォーリー男爵家の領地があり、ヒロインはそこへ向かう準備をしているというのだ。表向きは秋の狩猟と収穫の視察目的。でも実際は……。
間違いなく、ジョセフ殿下がヒロインと会いやすくするため、王家とフォーリー男爵家との間で調整があったと思うわ。王家としてはジョセフ殿下がヒロインに恋してしまうのは想定外だったと思う。それでもジョセフ殿下があそこまで憔悴し、ヒロインを求めていると分かったら、対処するしかなかったはず。そうしないとジョセフ殿下は……あのまま儚くなってしまう……そう思えたことだろう。
療養先でヒロインはジョセフ殿下を懸命に支え、二人は静かに、穏やかに愛を育む。
本来はフィッツロイ公爵家を潰すことで、二人の絆は深まるが、イレギュラーな事態が多発している。さすがにこの世界の見えざる力も妥協し、この展開を許容すると思うのだ。
つまりこれで家族と推しが復讐という名のダークサイドに落ちる件は回避できたと思うわ。でも万全ではないのよね……。
小説の中で、キャロラインが身投げするシーンは象徴的なエピソードになっていた。何も悪くない悪役令嬢がなぜ命を落とす必要があったのか――読者は大いに盛り上がったわけだ。
つまりこのシーンはなかったことにできない。
そこで私は決意する。川から身を投げようと。
◇
「え、お嬢様、もう帰られるのですか……?」
「そうなの。ごめんなさいね。収穫祭のメインイベントのダンスタイムはまさにこれからなのに。どうしても眠たくて」
この日、私はマリエットを連れ、宮殿近くの広場で行われる収穫祭に遊びに来ていた。小説だと舞踏会が行われていたが、この時期は収穫祭があちこちで行われるのだ。
昼間は子どもたちでにぎわう収穫祭も夜になると大人たちが繰り出し、収穫した作物を味わい、ビールやワインで盛り上がった。王都で行われる収穫祭は貴族も顔を出したくなるクオリティの高いもの。だからこそ、両親も私の外出を許してくれた。そして夜、小説と同じ時間に橋から川へ飛び込むには今しかなかった。
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、私の緊張は高まる。
もう直ぐだわ。宮殿と橋の街灯が重なるその場所は──
「止めて頂戴!」
私の言葉にマリエットは「!?」と驚きながらも、まずは馬車が停車するのを待つ。
急に停車することになったが、大きく揺れることなく、スムーズに馬車は停車した。
まるで今から私が飛び込むことが分かっていて、お膳立てしてくれているみたいね。
そんなことを思う私にマリエットが問う。
「お嬢様、どうしたのですか?」と。
私はゆっくり扉を開けながら答えた。
「外の景色がとても綺麗じゃない? 宮殿と収穫祭の明かりと橋の街灯が重なって、川の水面も輝いているわ。ちょっと一息つきたくなったのよ」
私の言葉にマリエットは「なるほど」と応じた。
御者の手を借り、馬車から降りると、マリエットも私の後に続く。
「ほら、マリエット、見て! 水面に月も映っているわ。手を伸ばしたら届きそうよ」
「お嬢様、そんなに身を乗り出すと危ないです」
マリエットがこちらに近づくので、欄干を離れ、ダンスをするようにくるりと回転して、彼女から離れていく。
これだけ距離を取れば、マリエットは咄嗟に私を止めることは出来ないはずよ。
そこで私は勢いよく欄干を掴み、飛び越える勢いでジャンプした。収穫祭を歩いてみて回るために、ワンピースを着ていたので、難なく飛び越えることが出来たのだ。
「お嬢様!?」
マリエットが驚きの声をあげる。
「お嬢様、おやめください!」
ドボン。
マリエットの声を背後に聞きながら、私は川に飛び込んだ。
◇
川は冷たいと想定していたが、その想像よりうんと冷たい。
正直、昼間はまだ暑いけど、夜は……! しかも川は……。
早く水から上がりたいと思ったまさにその時──
「キャロ!」
「ウィル……!」
推しがしっかり私の体をホールドし、小型ボートの上に引き上げてくれた。すぐに侍女が駆け寄り毛布を肩からかけ、もう一人は髪を拭いてくれる。
「こちらへお嬢様!」
キャビンに入ると手早く濡れたワンピースを脱がされ、すぐに何枚もの毛布に包まれ、暖かいスープを渡された。
それを飲んでいると、上半身裸、既に乾いたズボンに履き替えた推しが毛布を肩にかけ、キャビンに入って来る。
「キャロ、失礼します。ボートを停める場所まで少し移動します。その間、体が冷えないよう、暖めさせていただいても良いでしょうか? 男性は女性より体温が高く、僕自身、この程度で体は冷えていませんので」
これには「えっ、毛布の下は素肌なのだけど!」と思うものの、体を冷やすのはよくない。
それに……推しとは婚約話が進んでいるのだ。
状況が状況だし、ここにいる侍女は推しが信頼している方なのだから、大丈夫よね。
そこで私は「お願いします」と頷く。
するとベンチ型のチェストに座る私の隣に腰を下ろした推しは私をぎゅっと抱きしめた。
毛布越しだけど、じんわり暖かさが伝わってくるわ。
侍女は引き続き、濡れた私の髪を拭いてくれていた。
「キャロの侍女には事情を話し、落ち着くように伝えています。この時間、収穫祭で盛り上がっているので、キャロが飛び込んだことに気づいた者はいないかと。大騒ぎになることはないと思います。なっても新聞社は抑えるようにしますので、大丈夫です」
「ありがとうございます……!」
推しは私をぎゅっと抱きしめ、「それにしても」と続けた。
「本当にこれは必要なことだったのでしょうか?」
「はい。これは……必要なことでした。主が枕元に立ち、告げたのです。理由があり、婚約は解消された。そうなったことに私に非はないと。ただ、ジョセフ殿下は……今も苦しんでいる。私も試練を乗り越える必要があると。これを乗り越えれば永遠の幸せが続くと言われたのです」
「主は乗り越えることが出来る人に試練を与えると言われています。ですがこんなか弱い令嬢にこの時期に川に飛び込めとは……」
そこで私は推しにさらに身を寄せて囁く。
「ですが無事、乗り越えることが出来ました。これもそれもウィルのおかげです!」
「キャロ……」
推しは一際強く私を抱きしめると、顔を上げた。
「そろそろ到着です。着替えを」
そう言って侍女に目配せをした。
「かしこまりました。坊ちゃま」
推しはタオルをさっと取ると、シャツを羽織った。その刹那に見えた引き締まった背中にドキンとしてしまう。
さすが毎日鍛えているだけあるわ! なんて逞しい体なのかしら……。
ドキドキしながら着替えをすることになった。
◇
この世界に転生し、悪役令嬢であると知った時は、お先真っ暗に思えた。闇落ちしてしまう家族と推しにどう対処したらいいのかと悩んだけれど……。
誰もが嫌う悪役令嬢になろうとして空回りして。でもそれは空回りではなく、ハッピーエンドの布石になっていた。さらに推しが生涯でたった一人の真心を捧げたいと願う令嬢に私を選んでくれたこと。その想いに私も応えたいと思いつつも、諦めていること。そこに母は気づいてくれていた。これもまた、一つの布石だった。
もしもジョセフ殿下との婚約を解消しても、私にとってそれはむしろラッキーでしかないと分かってくれる母がいることで、他の家族が全員、ダークサイドに落ちないで済んだと思う。さらに物語で重要な意味を持つキャロラインの身投げ。疑似的な演出だが、確かに私は川に身を投げていた。
悪役令嬢キャロラインがすべきイベントはこれでクリアしたと思う。
それにジョセフ殿下と別れて半年後、私は推しと無事婚約。そしてジョセフ殿下とヒロインも、そこから遅れて半年後に婚約を発表したのだ。
私の予想通りで、ジョセフ殿下とヒロインは療養地で出会った……ということになっていた。でも間違いなく、そうなるよう手を回した結果だろう。
そうであろうと二人が結ばれるのが正しい流れ。私は嫉妬することもなく、「よかった!」と思っている。やはりここはヒロインとヒーローが主役の世界。二人が幸せになるのが一番だった。
さらに本来は闇落ちした私の家族と推しと立ち向かうことでジョセフ殿下とヒロインの仲が深まるのが小説上の進行。しかし不能……にはなっておらず、心身共に弱ったジョセフ殿下を支えることで、ヒロインとの絆は深まった。間違いなく、ハッピーエンドの流れが出来た。
そう。なんだかんだで全方位、みんな幸せになれたと思う!
「キャロ」
「あ、ウィル!」
「僕は目標としていた鹿と雉とヤマウズラなど一通りの狩りを終えました。狩猟エリアではない場所で紅葉が綺麗なところがあったので、そこで昼食にしませんか?」
「え、もうノルマ達成ですか!? は、早かったですね……!」
「当然です。愛する婚約者が待っていると思うと、もたもたしていられません。……使用人たちは獲物を運ぶため、大わらわになっていますが」
それはそうだろう。開始して二時間も経っていないのに、全て終えてしまうなんて……。明日も明後日も狩りの予定なのに。
推しはもし跡継ぎでなければ、騎士団でいきなり指揮官クラスになれる武術の腕を持つと聞いている。剣も槍も弓も。すべてパーフェクト! さすがだわ。
「早く二人でのんびりしたいので、行きましょう」
推しが私の腰を優しく抱き寄せ、耳元で甘く囁く。
「分かったわ、ウィル、行きましょう」
その銀色の瞳を見つめ、答えると、推しは輝くような笑顔になった。
(おしまい)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
一話一話を丁寧に描写し、ラストまで更新できたのは読者様のおかげです。
心から感謝でございます。
作者からも読者様にありがとうの☆を山盛りでプレゼントしたいところです!
ということで本作をお楽しみいただけたようなら
ぜひページ下部の☆☆☆☆☆評価を★★★★★にしていただけると幸いです~
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