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「フィッツロイ公爵令嬢、わたしは真実の愛に出会ってしまいました。申し訳ないのですが、あなたとの婚約は解消させてください。わたしの真心はここにいるマーイ・アンジェ・フォーリー嬢へ捧げたいのです……!」
そう言うとコーブルク王国第二王子のジョセフ・チャールズ・コーブルクは、シルクのような黒髪にピンク色のドレスを着るマーイ嬢を抱き寄せた。
この台詞を言われた私は絶望しながらも、こうなる未来に気づいていたので、「分かりました」と、ロイヤルパープルのドレスのスカートをぎゅっと握りしめ、涙を堪えながら応じるしかなかった。
「あなたが幼い頃から王家の一員になるべく、研鑽を積んでいたことを知っています。そこは申し訳なく思うのですが……」
ジョセフ殿下は申し訳ないという表情で私を見る。彼の碧眼と私の紫紺色の瞳が見つめ合う形になるが、私はすっと視線を逸らす。
「それは……致し方ないことです。……では私はこれで失礼させていただいてもよろしいでしょうか。今日はこのまま……公爵邸へ帰ろうと思います」
「この後、舞踏会ですが……。いいでしょう。わたしの方でうまくやっておきますよ。……それではエントランスまで見送ります」
「殿下、それは結構です。もう婚約者ではないのですから、お気遣いは不要ですわ」
こうして私はプラチナブロンドの髪を揺らしながら、これから舞踏会が始まるため、宮殿に続々とやってくる貴族達に逆行するようにして廊下を進む。
いつもより早足で歩く私の瞳には、涙が溢れてくる。
(王家との婚約が解消になった公爵令嬢なんて、恥以外の何ものでもないわ。きっと私、もう結婚は望めないわね)
「お嬢様、どうされたのですか!? 舞踏会はこれからですよね?」
エントランスホールに向かい、従者に馬車を回してもらい、侍女を呼びに行ってもらった。そしてホールのソファに腰掛けていると、慌てた様子で侍女のマリエットがこちらへと歩み寄る。
「マリエット、私、殿下と婚約解消になってしまったの」
「ええっ! そんな! そのような重要なこと、旦那様は……旦那様はご存知なのですか!?」
「お父様は……きっとまだ知らないと思うわ」
そこで父が婚約解消されたと知ったら、どう思うだろうかと想像すると……。
(ダメ。お父様と顔を合わせられない)
「お嬢様、まず旦那様と奥様に会いに行きましょう」
両親も今晩の舞踏会に参加する。私とは別の馬車で宮殿に到着しており、おそらく会場となるホールにいるはずだった。
「……お父様とお母様はこれから舞踏会で社交があるのよ。私の話で水を差すようなことはできないわ。公爵邸に戻ったらちゃんと話そうと思うの」
「ですが……」
「マリエット、私、泣きそうなの。もう帰りたいわ」
「……! 分かりました、お嬢様!」
侍女と共に馬車に乗り込むと、私の瞳から涙が溢れる。
「お嬢様……」
マリエットは無理に私に何が起きて婚約解消になったのかと聞き出すことはしない。ただ私にハンカチを渡し、唇を結び、自身の涙をこらえている。
(ジョセフ殿下の言う真実の愛って何なのかしら? 十三年前、ジョセフ殿下が私に言った言葉は真実の愛ではなかったの……?)
ガタ、ゴトと馬車が橋の上を進む。
橋の下を流れているのは、王都を南北に渡り流れる国内で最も長いテール川。工場の排水を規制することで、水質は保たれ、夏になると子どもたちの水浴び場となる。川沿いにはカフェも並び、遊歩道も整備されており、公園も多い。
この川と橋、宮殿が相まっていつ見てもテール川の景観は美しかった。夜になると橋の街灯が灯り、その明かりが水面を照らし、昼間とは一転、幻想的な雰囲気を醸し出す。警備隊の巡回もあり、治安も保たれている。夜でもこの橋の近辺は人出が多かった。
(そう言えばウィリアムともよくこの川で遊んだわね……)
私が婚約解消されたと知ったら、幼なじみのウィリアムも大いに驚くことだろう。
そこでいろいろな人から好奇の目で見られ、婚約解消された理由について必死に弁明する自分の姿が浮かぶ。それは実に息苦しいもの。
息苦しい……生きるのが苦しくなる……。
そこから先は衝動的な行動だった。
「お嬢様!?」
マリエットと御者が驚く声が聞こえるが、それを無視して私は馬車を止めさせた。そして馬車から降りると……。
「お嬢様、おやめください!」
ドボン。
私は橋から川へ身を投げていた――
そこで読んでいた33話は終わっていた。私は「ひぇ~」と思いながら、スマホを鞄にしまう。
ちょうど最寄り駅に到着するというアナウンスがあり、程なくして電車はホームへと滑り込む。大勢の客に紛れ、電車を降りると、ひんやりした空気を感じる。
残暑も終わり、日中はまだ汗ばむこともあるが、朝と夜はひんやりすることが多い。
薄手のカーディガンじゃ寒いかも。明日はジャケットを着て会社へ行こう。
そんなことを思いながら、スマホを斜め掛け鞄のポケットに入れ、家路に向かって、歩き出す。
家賃の安さから選んだ物件は駅から徒歩十五分……実際は信号もあるので二十分ちょいかかる。自転車の利用も考えたが、駐輪場代も都心だとバカにならない。それに普段から運動しているわけでもないので、こうやって歩くのはオフィスでパソコン仕事をしている私にはちょうどいい――とポジティブに考え、てくてく歩いて行く。
もう少し早い時間だと、同じ方向に向かって歩いている人もちらほらいる。だが二十二時近いこの時間だと歩いている人は少なく、車の往来がメインだった。
よし。この橋を渡ったらマイホームは目前!
どうってことのないありふれた橋を渡り始めた時。普段は気にも留めない川の様子がふと気になるのは、さっきまで読んでいた小説のせいだろう。
川に身投げ……。ここの川は浅いし、大雨でも降って増水していないと、ドボンにはならないわね。
暗い川を見てそう思った時、何かがキラッと光っていることに気づく。
「え、何……?」
思わず立ち止まり、欄干に手を伸ばし、川を覗き込むようにしたまさにその時だった。
「嘘……!」
斜め掛け鞄のポケットからするりとスマホが落ちてしまう。
まだ機種変更して3カ月しか経っていないのに!
思わず橋から身を乗り出した結果――
◇
とても心地が良い。
優しく撫でられ、思わず笑いそうになる。
「ねえ、あなた。今、キャロラインが笑ったように思えるのだけど」
「僕も昨日見たよ。まるで天使みたいな微笑みだった」
慈しみのある男女の声が遠くでささやかに聞こえ、目を開けようとするが、眠気が強い。
誰の話をしているのかしら? キャロラインって、どこかで聞いたことがあるような……。
そう思いつつ、猛烈な睡魔に襲われ、私は再び眠りに落ちる。
◇
「そんなにお口を動かして」
「ミルクが飲みたいのだろう?」
「そうね。今回は乳母ではなく、私があげるわ」
そんな会話が聞こえ、私の体がふわりと持ち上げられる。眠いながらも空腹を覚えていたので、ミルクの甘い香りに期待が高まる。
え、ちょっと待って。なんでミルクにこんなに興奮しているの、私!?
そう思った瞬間、口に柔らかい突起が触れる。
ミルク!
もう無我夢中で吸い付き、温かいミルクをごくごくと飲んでしまう。手が触れる柔らかさに身も心も蕩けそうになる。
ミルク、最高……!
心身共に満足した私はうっとりした心地で目を開けた。するとそこにはブロンドの髪に碧眼の若いハンサムな男性と、プラチナブロンドの髪にラベンダー色の瞳の美人な女性の顔が見える。
「旦那様、奥様、坊ちゃまをお連れしました」
「よく来た、オーランド! お前の妹だ。名前はキャロライン。仲良くしてあげるんだよ」
「わかりました、お父さま!」
そこでブロンドに紫紺色の瞳の整った顔立ちの美少年が視界に入る。
「わあ、かわいいですね、お父さま!」
「そうだろう。マーガレットに似た美人さんだ」
「はい! お母さまにそっくりです。……さわっても……いいのですか?」
「ああ、少しだけだぞ」
すると美少年が遠慮がちに私の方へと手を伸ばす。
「キャロライン、はじめまして。君のお兄さんだ。オーランドだよ」
私の……お兄さん……?
兄だというオーランドの指が私の手の平に触れる。私は無意識に、思わずその指をぎゅっと握ってしまう。
「まあ、こんなにぎゅっとして」
「オーランドのことが気に入ったのだろう」
その言葉にオーランドは笑顔になり……。
え、待って。私、どうなっているの?? アラサーだったはずなのに、え、今、私、赤ん坊なの……?
お読みいただき、ありがとうございます!
長編新作スタートです~
完結まで執筆済(全40話)、初日の今日は3話公開します♪
ぜひ最後まで、物語をお楽しみくださいませ☆彡
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