第61話「USC」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2026年8月初旬。
テレビのニュースが流れた。
「本日午後4時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。熊本県宇城市と氷川町で最大震度7を観測しています」
「また、地震の影響でイオンモール熊本においてガス漏れによる爆発が発生。10人の安否が確認できていません」
高道総理が記者会見に現れた。
「被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。政府は直ちに緊急対策本部を設置し、全力で救助・救援活動にあたります」
橘慎一郎は執務室でニュースを見ながら、冷めたコーヒーを持ったままだった。
2016年の熊本地震。2024年の能登半島地震。そして今日。また同じ場所が揺れた。
橘はスマートフォンを取り出して城島、牧野、片桐に同じメッセージを打った。
「明日、集まれ」
翌日。霞が関・内閣官房。
「熊本を見た。能登を見た」橘が口を開いた。「毎回同じことが繰り返されている」
三人が黙って聞いていた。
「自衛隊は動く。でも初動が遅い。装備が足りない。人が足りない。それは変わっていない。FEPAに施設大隊を作る」
城島が口を開いた。「国内は自衛隊の管轄では?」
「自衛隊から発注を受ける形にする。FEPAとしての主軸は海外派遣だ。海外派遣の頻度をこなしながら、高度レスキューの構築とAI機材の開発を行う」
「AI機材というのは?」牧野が聞いた。
「アスタコにAI学習リンクを搭載する。大中小の多脚型アスタコを将来的に開発するための情報収集を日立建機と始める。カメラ、温度、振動センサーによる人命捜索の研究も同時に開始する。Highlandersのヒューマノイドロボットも将来的に配備する予定だ。人員は限定的でいい。機械が主体になる」
片桐が続けた。「国内出動は自衛隊からの発注として処理する。FEPAは民間だから法的な問題もない」
「そうだ」
橘は別の資料を出した。「もう一つある。USCの構築だ」
「USCとは?」城島が聞いた。
「Ultra Strategic Computerだ。富岳NEXTとは全く方向性が違う。富岳NEXTは科学計算特化だ。USCは動かす、判断する、統合するための汎用AIだ。戦略・戦術管理、支援管理、フィジカルAI管理を複合的にこなす」
牧野が資料を見た。「規模は?」
「NVIDIA Vera Rubin NVL72を各拠点に複数ラック導入する。1ラックの製造原価が約780万ドル——約11億円だ。三拠点でトロイカ体制を取る」
橘は地図を出した。
「一つ目がジブチ。戦略・戦術特化だ。リアルタイム作戦管理、はやぶさ改・09式・FEPAの統合制御、フィジカルAI管理を担う。二つ目がイタリア・アンコーナ。商業と世界情勢解析特化で、JDETA販売戦略、NATO・EU・中東の情勢分析、国際金融・経済動向の分析をこなす。三つ目が愛知で、スマートドックとの連携、Highlandersの製造ライン最適化、09式・はやぶさ改の生産管理に特化する」
城島が地図を見ながら言った。「ジブチが動かす、アンコーナが売る・読む、愛知が作る、ということか」
「そうだ。NECと富士通が主軸、日立はフィジカルAIレイヤーで協力してもらう。Highlandersの東大チームも加わる」
牧野が計算した。「三拠点合わせていくらかかりますか?」
「FMS特会から5000億円を投資する。ジブチ本体が約2400億円、アンコーナが約1300億円、愛知が約1300億円だ。概ねこれで収まる」
「頭が必要だ」橘は続けた。「USC統括部長を置く。牧野、Anthropicのケビン・ナカムラという人物を引き抜いてくれ。Constitutional AIの設計に深く関わった人間だ」
牧野が止まった。「Anthropicですか?」
「そうだ。頼む」
城島がスマートフォンを取り出してジブチの田中現場所長に電話を入れた。
「田中くん、USCのジブチ地下施設の件だが」
「あ、ちょうど良かったです!」田中が言った。「格納庫の防爆仕様について相談があるんですが」
「聞こう」
「屋根はRC1.5m厚の二次製品で作りたいんですが、吊り上げ設置するのにLiebherr製の2500トン吊りクローラークレーンが5台必要です。手配してもらえますか?」
城島が少し間を置いた。「2500トン吊りを5台か」
「そうです。あと壁はコンクリート製残存型枠で壁厚1mで製作したいんですが、大量に必要なので国内のタカムラ総業に大量生産体制をとって船便で送ってもらえますか?」
「タカムラ総業か。牧野に言っておく」
「お願いします。あと一点——Liebherrのクレーン、世界中から5台かき集めてもらうことになりますが、覚悟しておいてください」
城島が少し笑った。「分かった。橘に言っておく。それとUSC用に別系統の電力も必要か?」
「はい!IM400を40基追加してもらえますか? USCと格納庫の冷却を合わせると最低限必要な数字です。40基で160MWになります」
「橘に確認する」
電話が切れると城島は橘を見た。「田中現場所長、Liebherr2500トン吊りを5台、タカムラ総業に残存型枠の大量発注、IM400を40基追加したいと言っている」
「全部承認する。IHIに連絡を入れてくれ」城島がため息をついた。「世界中からLiebherrを5台かき集めるのか」
「田中現場所長が何とかする」
「そうだな」
片桐が口を開いた。「アンコーナのUSC施設の電力をどうするか問題があります」
「IM400で自前で賄う。IHIに増強システムを組ませる。ただしコージェネとして地域の電力供給網の再構築も提案する。イタリア、特にアドリア海側は電力供給網が老朽化していて不安定だ。アンコーナ周辺は特に割を食っている可能性がある」
「イタリアは再エネ推進の方針ですが」と片桐が続けた。
「コージェネは再エネの補完だ。太陽光や風力の不安定さをIM400が補う。敵ではなく補完関係だと説明すれば、デローニ首相は喜ぶ。アンコーナで実績を作れば、イタリア全土への展開も見えてくる」
片桐が少し笑った。「09式の発注への伏線になりますね」
「そういうことだ」
同じ頃。サンフランシスコ。FEPA連絡所。
牧野俊介は向かいに座った男を見た。四十代前半、細身で黒縁眼鏡のケビン・ナカムラだった。Anthropicの安全性研究部門・主任研究員で、Constitutional AIの設計に深く関わってきた人物だ。
「突然のご連絡で失礼しました」牧野は英語で言った。
「いえ」ケビンは流暢な日本語で答えた。「日本語で構いません。父が日本人なので」
牧野が少し驚いた後に続けた。「率直にお伝えします。USCのプロジェクトに参加していただきたい」
「USCとは?」
「Ultra Strategic Computerです。戦略・戦術管理、支援管理、フィジカルAI管理を複合的にこなす汎用AIです」
ケビンが少し間を置いた。「軍事AIですか?」
「違います。汎用からです。建設、介護、荷役——その順番で優先します」
「防衛転用は?」
「我々が後から勝手に利用します。あなたは関知しなくていい」
ケビンがしばらく牧野を見た後に言った。「それはAnthropicの設計思想と同じですね。Constitutional AIは『AIが何をしないか』を先に決める設計思想です。あなたたちは『人間が何に使うか』を後から決める。同じ構造だ」
ケビンが窓の外のサンフランシスコの空を見ながら続けた。「開発体制は?」
「NECと富士通が主軸です。日立がフィジカルAIレイヤーで協力します。東大のAIベンチャーも加わります。USC統括部長として三拠点——ジブチ、イタリア、愛知——を束ねる役割です」
ケビンがしばらく黙った。「考えます。1週間以内に返事をください」と言って立ち上がろうとした時に、「一つだけ聞かせてください。なぜ私ですか?」
牧野は少し間を置いた。「AIが人を助ける設計にこだわってきた人間が必要だからです」
3日後、牧野のスマートフォンにケビン・ナカムラからメッセージが届いた。
「行きます」
たった一言だった。牧野はスマートフォンを橘に転送すると、橘からすぐに「了解」と返信が来た。
東京・内閣官房。
城島が入ってきた。「田中現場所長から連絡が来た。Liebherrの2500トン吊り、世界中から5台かき集めるのに3ヶ月かかるそうだ」
「分かった」
「本社取締役の椅子、本当に要求してくるかもしれないぞ」
橘は少し間を置いた。「当然の要求だ。社内に掛け合ってやれ」
城島が止まった。「お前が言うか」
橘は答えなかった。窓の外に霞が関の夏の夜が広がっていた。
熊本が揺れた。でも同時に、ジブチでは格納庫の設計が始まり、アンコーナでは電力網の再構築が始まり、愛知ではUSCの地下施設が設計され、サンフランシスコではケビン・ナカムラが決断した。全部同時に動いていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばして飲んだ。やはり冷めていた。
USCはスーパーコンピューターのAI特化上位版と思って頂けると幸いです。




