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第5話「国家改造計画」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ

会合から三日後、橘のスマートフォンに牧野からメッセージが入った。


「倉橋と飲んだ。面白い話を聞いた」


その夜、霞が関の地下の蕎麦屋で、牧野は声を落として話した。


「PAC3の補充予算を来年度に積もうとしている。ところがレイセオンの生産ラインがウクライナ向けで完全に詰まっていて、発注しても納期が読めない状態らしい。倉橋の言葉を借りれば『予算を組んでも弾が来ない、絵に描いた餅だ』と」


橘はそばを一口すすった。


「倉橋は今どんな顔をしている」


「珍しく疲れた顔をしていた。あいつが愚痴を言うのは初めて見た」


「そうか」


橘は箸を置いた。


「もう一度飲みに連れて行け。今度は俺も行く」


牧野が眉を上げた。


「倉橋を取り込む気か」


「話をするだけだ。弾が来ないなら、弾が要らない迎撃手段を作るしかないという話を」


牧野がしばらく考えた。


「あいつは数字でしか動かない。感情には絶対に動かない。しかも京大出身だ。東大閥の論理を押しつけても逆効果になる」


「分かっている」橘は立ち上がった。「だから数字で話す。PAC3の補充予算と、09式200両のコスト比較を資料にまとめておいてくれ」


牧野が苦笑した。


「財務省の主計官に財務省の予算の使い方を教えるのか」


「教えるんじゃない。気づいてもらうだけだ」


三日後、四人は再び霞が関の地下会議室Bに集まった。今回は五人だった。


倉橋誠治は入口のそばに立ったまま、部屋を見回した。四十八歳。財務省主計局の主計官。京大法学部出身。切れ長の目が、室内の人間を一人ずつ確認するように動いた。


「牧野に呼ばれて来たが」倉橋は橘を見た。「橘参事官が同席するとは聞いていなかった」


「急に決まった」牧野が言った。「座ってくれ」


倉橋は椅子に座らず、腕を組んだ。


「PAC3の話をするんだろう」


「する」橘は資料を一枚差し出した。「ただしPAC3だけの話ではない」


倉橋は資料を受け取った。数字を追う目が、途中で止まった。


「09式?」


「装輪自走対空砲だ。一両あたり10億から15億で量産できる」


「200両で最大3000億か」倉橋は資料をめくった。「PAC3の補充予算と同規模だな」


「そうだ。PAC3の迎撃ミサイルは一発4億から8億する。レイセオンの生産ラインが詰まっている今、予算を積んでも弾が来ない」


倉橋が顔を上げた。


「それは財務省の内部情報だ。どこで聞いた」


「関係ない」橘は静かに言った。「問題は同じ3000億で何ができるかだ。PAC3の補充を待つか、今すぐ動かせる迎撃手段を200両揃えるか」


沈黙が落ちた。


倉橋は資料をもう一度見た。数字を確認するように、指でなぞっていく。


「弾が要らない迎撃手段、か」


「35mm機関砲とAESAレーダーの組み合わせだ。ドローンと巡航ミサイルに対しては、PAC3より確実に数をさばける」


「弾薬のランニングコストは」


「PAC3の迎撃ミサイルの百分の一以下だ」


倉橋がしばらく黙っていた。窓のない会議室に、空調の音だけが響いている。


「財務省として正式に動くことはできない」倉橋はゆっくり言った。「ただし——」


彼は資料を机に置いた。


「予算の組み方について、非公式に相談に乗ることはできる」


牧野が小さく息を吐いた。城島は表情を変えなかった。片桐が窓の外を向いた。


橘は頷いた。


「それで十分だ」


倉橋が帰った後、城島が口を開いた。


「財務省まで引き込んだか」


「引き込んでいない」橘はコーヒーカップを手に取った。冷めていた。「気づいてもらっただけだ」


「同じことだろう」


「違う」橘は静かに答えた。「倉橋が自分で判断した。それが大事だ」


片桐が苦笑した。


「お前は昔からそういう言い方をする」


「事実だからだ」


牧野が資料を片付けながら言った。


「次は休眠資産の話をしていいか。呉と長崎のドックの件だ」


橘が頷いた。


「話してくれ」


牧野は新しい資料を広げた。


「呉に死んでいるドックが三つある。長崎に二つ。舞鶴に一つ。全部合わせれば同時に複数隻のブロック建造ができる計算だ。ただし人手がない」


「人手はいらない」橘が言った。「AI化する」


城島が眉を上げた。「造船所をAIで動かすのか」


「富岳を直結する。設計から工程管理まで全部回せる。人間は監視だけでいい」


「文科省が黙っていないだろう」と片桐が言った。


橘は少し間を置いた。


「富岳NEXTの予算増額措置を手土産にする」


牧野が吹き出した。「それは黙るな」


「理化学研究所の所長は次世代機の予算を三年待っている。増額の確約一枚で何も聞かなくなる」


「鋼材はどうする」と城島が続けた。


「日本製鉄の休止高炉を再稼働させる」


「どこにある」


牧野が資料をめくった。


「君津、鹿島、和歌山。あとは室蘭だ」


「バラバラだな」城島が地図を見た。「ドックまで鋼材を運ぶとなると輸送が問題になる」


「海上輸送なら問題ない。君津から内航船で呉まで直接運べる。和歌山から長崎も同じだ。室蘭は舞鶴向けにちょうどいい」


片桐が頷いた。「海路は筋がいい。ただ陸路も組み合わせた方が柔軟性が出る」


牧野が苦笑しながら言った。


「陸路となるとJR貨物の問題が出てくる。あそこ、民営化してからスケジュール通りに貨物が届かないので有名になりすぎて、今じゃJXの下請けみたいな扱いになってるからな」


「JR貨物の現場の人間と話したことがある」牧野が続けた。「深夜ダイヤのキャンセルが月に何度もあると言っていた。東海や西日本が臨時列車を割り込ませる度に貨物が弾き出される。線路使用料を払っている側が強いから、貨物には発言権がない」


「工場への影響が出る」と城島が言った。


「出てる。製造ラインのスケジュールが狂う。しわ寄せは全部下請けに行く。それが続いて廃業するところも出てきている」


橘は黙って聞いていた。


三日前の掲示板の書き込みが頭をよぎった。


鉄鋼の下請け。50年やってた。跡継ぎもいないし仕方ないけど。


仕方なくない。仕方なくするなと誰かが決めた結果だ。


「国鉄分割民営化の時の設計が間違っていた」橘は静かに言った。「JR貨物に線路を持たせなかった。だから三十年間、間借り人扱いのままだ。今回それを変える」


「JR東海とJR西日本が黙っていないぞ」と片桐が言った。


「黙らせる」


「どうやって」


「深夜時間帯の線路優先権を国として召し上げる法的根拠を作る。インフラの安全保障上の必要性という名目で動かせる。国交省の次官は話が分かる人間だ」


牧野が苦笑した。


「公明党の大臣様の扱いはお手の物だしな」


「そういうことだ」


城島が腕を組んだ。


「つまり文科省には富岳NEXT、国交省にはスマート造船所の実績とJR貨物のダイヤ改革、経産省には製造業基盤の復活、日本製鉄には高炉再稼働の名目——全部本当のことだが、全部が09計画に繋がっている」


「そうだ」


「財務省は」


「倉橋が非公式に動く」


牧野が天井を見上げた。


「造船所の再稼働、高炉の復活、JR貨物のダイヤ改革——橘、これもう完全に国家インフラの再編だぞ」


「09計画のついでだ」


城島が静かに言った。


「……ついでって言葉の使い方がおかしい」


誰も笑わなかった。ただ牧野だけが、資料に目を落としたまま小さく笑っていた。


片桐が口を開いた。


「一つだけ聞いていいか」


橘を見た。


「これの本当の目的はなんだ。防衛費の中身を変えるだけじゃないだろう」


橘はコーヒーカップを置いた。


「後で話す。まず動かしてからだ」

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