第36話「ウクライナの空」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2025年12月某日。ポーランド・ジェシュフ=ヤシオンカ空港。
NATO補給基地。
C-2輸送機が一機、滑走路に降り立った。
続いて二機目。三機目。
計七機。全機の塗装は白。豊田通商の輸送案件として処理されていた。
最初の五機のハッチが開いた。
ランプが降りた。
09式が一両ずつ、ゆっくりと地上に降りた。
五両。
ただし砲塔後部が妙にすっきりしていた。
11式キャニスターがない。
コワルスキが首を傾げた。
「キャニスターは」
「別便です」教官が答えた。「09式一両のペイロードがギリギリで、キャニスターを積んだら飛べない」
コワルスキが残りの二機を見た。
「あちらか」
「そうです。キャニスターと補給物資を満載してきています」
六機目と七機目のハッチが開いた。
11式キャニスターと補給物資が次々と降ろされた。
基地の補給トラックが横付けされた。
「現地での補給体制は」コワルスキが聞いた。
「キャニスターの交換は補給トラックで対応できます」教官が答えた。「その辺は普通のロジスティクスです」
コワルスキが頷いた。
「そこは普通なんだな」
「40トンの装輪車両を空輸する方が普通じゃありません」
コワルスキが笑った。
コワルスキは09式に近づいた。砲塔を見た。35mmの砲身を見た。
「ゲパルトより大きいな」
「重量は40トンです」
そこに教官が近づいた。
「ただし、これ一両で終わりじゃありません」教官は英語で言った。「五両揃って初めて本当の力が出ます」
コワルスキが男を見た。
「あなたは」
「教官です」男はそれだけ言った。
訓練は翌日から始まった。
格納庫の中に、09式が五両並んでいた。
ウクライナ兵が十五人、格納庫に集められていた。
年齢はバラバラだった。二十代の若い兵士、四十代のベテラン。全員、疲れた目をしていた。
教官が黒板の前に立った。
「まず基本から説明する」教官は英語で言った。「09式は単体で動かすものではない。五両がLink 22で繋がることで、初めて機能する」
ウクライナ兵の一人が手を挙げた。
「Link 22とは何ですか」
「NATOの戦術データリンクだ」教官は答えた。「五両のAESAレーダーの情報をリアルタイムで統合する。五両でひとつの広域レーダー網になる」
格納庫が静まった。
「どのくらいの範囲をカバーできますか」
「五両で展開すれば、半径六十キロの空域をカバーできる。しかも移動しながら」
ベテランの兵士が口を開いた。
「ゲパルトにはできなかった」
「そうだ」教官は静かに言った。「ゲパルトは単体での迎撃能力しかない。09式はLink 22で五両が連携して面的防空ができる」
コワルスキが格納庫の入口から見ていた。
「ゲパルトでは夢のような話だ」コワルスキは小声でつぶやいた。
三日後。訓練が本格化した。
09式が基地の外の訓練場に出た。
五両が展開した。
教官が無線で指示を出した。
「Link 22を起動しろ」
五両のAESAレーダーが一斉に起動した。
管制室のモニターに、五つのレーダー映像が合成された一つの画像が現れた。
広域の空が、一枚の地図として見えた。
コワルスキが息を呑んだ。
「これが——」
「五両の統合レーダー映像です」教官が答えた。「Link 22経由でNATOのシステムとも共有できます。今この映像は、NATO本部にもリアルタイムで送られています」
コワルスキがモニターを見た。
空域の隅に、小さな点が現れた。
「あれは」
「ドローンです。演習用です」
教官が無線で指示を出した。
「目標捕捉。射撃準備」
五両のうち一両が砲塔を旋回させた。
「サスペンションロック」
車体が低く沈んだ。安定した。
照準が合った。
「撃て」
空砲だった。
でも軌道計算は完璧だった。
モニターの中で、ドローンの位置に赤い印が付いた。
「撃墜判定です」オペレーターが言った。
コワルスキが教官を見た。
「三日でここまで動かせるとは思わなかった」
「ウクライナの兵士は優秀です」教官は静かに言った。「教えることは少なかった」
一週間後。夜明け前。
09式五両が、基地のゲートを出た。
自走だった。
エンジン音が低く響いた。
ウクライナ兵が各車両を操縦した。
コワルスキが教官の隣に立って見送った。
「陸路でウクライナに入る。NATOの補給ルートだ」
「自走で行けるのか」
「装輪車両だ。道路を走れる」コワルスキは静かに言った。「ここから毎日何かが東に向かっている。今更珍しい話でもない」
五両が夜明けの道路を走り始めた。
重装輪の車体が、ポーランドの平原を進んでいった。
教官はその背中を見ていた。
「気をつけろよ」
誰にも聞こえない声で言った。
三日後。ウクライナ東部。
夜明け前。
09式が丘の陰に展開していた。
五両がLink 22で繋がった。
広域レーダー映像が立ち上がった。
指揮官はモニターを見ていた。
ウクライナ陸軍の中佐だった。四十代。ドネツクで三年戦ってきた男だった。
「日本の装備か」
副官が答えた。
「そうです。ポーランドから来ました」
「ゲパルトみたいなものか」
「最初はそう思っていましたが——」副官はモニターを指した。「広域レーダー網が張れます。五両で半径六十キロをカバーします」
指揮官は黙って画面を見ていた。
信用しきれていなかった。
アラームが鳴った。
「目標確認」オペレーターが叫んだ。「巡航ミサイル三発、シャヘド型自爆ドローン四機、同時接近中」
指揮官が舌打ちした。
PAC-3の残弾が頭をよぎった。
温存したかった。でも巡航ミサイルが三発来ている。
「……09式に任せる」
副官が振り返った。
「本当ですか」
「ダメなら切り替える」指揮官は静かに言った。「やらせてみろ」
副官が無線を取った。
「09式、全車対応せよ。巡航ミサイル三発にBMDキャニスター照準。ドローン四機に35mm照準。同時対処」
09式の指揮官が答えた。
「了解」
五両のサスペンションロックがかかった。
砲塔が旋回した。
BMDキャニスターが起き上がった。
「照準完了」
「撃て」
BBMDミサイルが六発、夜明けの空に飛んだ。
同時に35mmが火を噴いた。
Link 22が各車両の射撃データを統合した。
「アルファ——1発目命中。2発目自爆確認」
「ブラボー——1発目失敗。2発目命中」
「チャーリー——1発目命中。2発目失敗」
「巡航ミサイル三発、全弾撃墜」
「2号車、ドローン1機撃破」
「1号車、ドローン3機撃破」
「全目標撃墜——PAC-3使用ゼロ」
無線に歓声が上がった。
指揮官は無線を切った。
しばらく黙っていた。
副官が言った。
「どうですか」
「ゲパルトじゃなかった」指揮官は静かに言った。
「では」
「砲とミサイルが同時に動いた」指揮官は続けた。「ツングースカに似ている。でもレーダーが全然違う。ツングースカのレーダーはあんなに広域じゃないし、ミサイルも弾道弾対応は出来ない」
副官が頷いた。
「つまり——」
「別物だ」指揮官は静かに言った。「移動式PAC3のツングースカだな」
同じ時刻。東京・内閣官房。
橘慎一郎のスマートフォンが震えた。
城島からだった。
「ポーランドから報告が来た」
「聞こう」
「09式、初陣。弾道ミサイル三発、ドローン四機、全弾撃墜。PAC-3使用ゼロ」
橘はしばらくスマートフォンを見ていた。
「了解」
それだけ返信した。
スマートフォンをしまった。
窓の外に霞が関の夜明けが広がっていた。
冷めたコーヒーに手を伸ばした。
飲んだ。
やはり冷めていた。




