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第33話「補正の設計」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ

2025年10月15日。霞が関。


高道内閣の発足まで六日。


橘慎一郎は財務省の地下の喫茶室に座っていた。


向かいに倉橋誠治が座っていた。四十八歳。財務省主計局の主計官。京大出身。冷めたコーヒーを一口飲んだ。


「補正予算の話ですね」倉橋は静かに言った。


「そうです」


「高道内閣が発足したら、すぐに打つということですか」


「できれば発足後すぐに閣議決定したい」


倉橋が少し目を細めた。


「事務的な手続きがある。ただし——」


「ただし?」


「査定が通っていれば、動けます」


橘は資料を出した。


「09計画の量産化に必要な予算の内訳です。各省庁の枠組みで処理できる形に整理してあります」


倉橋が資料を受け取った。数字を追い始めた。


しばらく沈黙が続いた。


「追浜の3交代制導入の賃金手当て——経産枠ですね」


「そうです」


「IM400の改修開発——防衛装備庁の研究開発枠」


「はい」


「室蘭の弾薬量産ライン——これは」


「日本製鋼所への産業基盤強化支援として経産枠で処理します」


倉橋が資料をめくった。


「AI化ドックの設備投資——国交省の造船技術研究開発枠」


「そうです」


「富岳NEXTの追加割当——文科省枠」


「はい」


倉橋は資料を閉じた。


「全部バラバラに見える」


「見えるように設計してあります」


倉橋が橘を見た。


「合算すると——」倉橋はメモに数字を書いた。「約三兆二千億円規模になりますね」


「そうです」


「三兆二千億の補正予算を——」倉橋は静かに言った。「財務省として、正式には難しい話です」


「非公式に動いていただけると」


倉橋がしばらく黙っていた。


喫茶室に他の客はいなかった。


「片貝さんは知っていますか」


「知っています。財務大臣として動いてもらう段取りは済んでいます」


倉橋が頷いた。


「PAC3の補充が来なかった話を覚えていますか」


「覚えています」


「あの時、予算を積んでも弾が来ないと言いました」倉橋は静かに言った。「今回は——弾が来る前に予算の枠を作る、ということですね」


「そうです」


倉橋はしばらくコーヒーを見ていた。


「分かりました。査定を通します」


橘は一礼した。


「ありがとうございます」


「ただし——」倉橋は橘を見た。「三兆二千億のうち、国民に説明できない部分がありますね」


「各省庁の枠組みで処理しています。全部本当のことです」


「本当のことだが——全部は説明しない」


「そうです」


倉橋は少し笑った。


「正直ですね」


「事実ですから」


翌日。同じ喫茶室。


今度は片貝かつきが座っていた。


次期財務大臣。切れ者として知られる女性政治家。コーヒーには手をつけなかった。


「倉橋から話を聞きました」片貝は静かに言った。「三兆二千億の補正です」


「はい」


「私が財務大臣として署名するということですね」


「お願いします」


片貝がしばらく橘を見ていた。


「橘さん、一つ確認させてください」


「どうぞ」


「この補正予算は——09計画のためだけですか」


橘は少し間を置いた。


「違います」


「では」


「JR貨物のダイヤ整備、AI化ドック、日産の量産ライン、UDの技術者雇用——全部含んでいます。日本の産業構造を変えるための予算です」


片貝が頷いた。


「高道さんの旗印と一致している」


「そうです」


「分かりました」片貝は立ち上がった。「署名します。ただし——」


「ただし?」


「国会での質疑には私が出ます。橘さんは表に出ないでください」


橘は一礼した。


「承知しました」


片貝が部屋を出た。


橘はコーヒーを一口飲んだ。


冷めていた。


数日後。


倉橋からメッセージが来た。


「査定、通しました」


橘はしばらくその一文を見ていた。


財務省の査定が通れば、あとは手続きだ。閣議決定、国会提出、審議、可決——全部順番に来る。時間はかかる。でも止まらない。


公明党がまだ連立にいる間に、補正を通す。それだけでいい。


橘は返信を打った。


「ありがとうございます」


窓の外に霞が関の空が広がっていた。


十月の終わり。


冬が来る前に、歯車はもう回り始めていた。

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