第32話「量産化の確定」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2025年10月10日。霞が関・地下会議室B。
西破内閣はまだ続いていた。
総辞職まであと十一日。レームダック状態の内閣の下で、橘慎一郎は動いていた。
会議室に集まったのは六人だった。
城島哲也。野中誠一。桑原(三菱重工)。永井(IHI)。荒木(日本製鋼所)。そして橘。
「時間がない」橘は開口一番に言った。「高道内閣が発足したら、すぐに補正予算を打つ。その前に量産化計画を確定させる。今日がその会議だ」
全員が頷いた。
「まず09式の量産ラインから」城島が資料を出した。「基本方針を確認します。車体はMAN、メルセデス、VOLVOからの安定調達で賄う。国内は最終組み立てに集中させる」
「組み立てラインは何本確保できますか」橘が言った。
「現状で三本です。追浜(日産)、三菱重工・相模原、川崎重工。それぞれ独立したラインとして動かします」
「一本が止まっても残り二本で継続できる」
「そうです。冗長性の確保が目的です。ラインごとに得意分野を持たせられる。追浜は車体組み立て、三菱重工は砲塔・レーダー統合、川崎は品質管理と検査に特化させる」
「月産のペースは」
「通常一交代で三ライン合計月産四十五両です」
「3交代制にしたら」
城島が頷いた。
「日本の労働法上、3交代制は問題ありません。2交代や残業は規制にかかりますが、3交代なら法的にクリアです。長期休暇やメンテナンスの余裕を見て、現実的には月産八十両から九十両程度になります」
橘が計算した。
「年間千両近い。自衛隊向け二百両とウクライナ供与八百両——合計千両の目標が一年強で達成できる」
「そうです。ただし人員確保が問題です」
「UDから来た技術者を全員投入する。追浜の既存人員も3交代に切り替える。賃金は補正予算で手当てする」
「将来的にラインを増やせますか」
「設計段階から拡張できる形にしてあります。牧野が経産枠でもう一社引き込む話を進めています。四本目が加われば月産百二十両近くになります」
橘が頷いた。
「車体調達の安定化、牧野に急がせてくれ」
城島が頷いた。
「連絡します」
「次に11式キャニスターの後付けユニット」城島が続けた。「橘さんから三ヶ月でと言われた件です。桑原さん、進捗は」
桑原がため息をついた。
「設計は固まりました。砲塔後部に左右一基ずつ、計二基のキャニスターを後付けできます。しかも量産型への後付けも可能な設計にしました」
「さすがだ」城島が言った。
「それと」城島が続けた。「三菱のBMDキャニスターの開発状況は」
桑原が少し間を置いた。
「SM-3 Block IIAの技術を転用した小型BMDミサイルです。11式のキャニスター枠に収まるサイズにする必要があって——」
「プラモじゃないんですが、という顔だな」城島が言った。
桑原が苦笑した。
「プラモじゃないんですが——試作品は6ヶ月で出せると思います」
「思います、ではなく」
「やります」
橘が頷いた。
「量産型への換装が完了した時点で、09式は弾道ミサイルへの対処も可能になる」
「それが本当の意味での複合対空システムですね」桑原は静かに言った。
「ただし——」桑原は永井を見た。「電源の問題が出ました。永井さん」
永井が立ち上がった。三十代の若い男が、今日は少し緊張した顔をしていた。
「IM400の件をご報告します」
「聞こう」橘が言った。
「実は——」永井は資料を出した。「IM400は素の状態で25トンと15トンの二台構成です。合計40トン」
城島が止まった。
「40トン?」
「はい」
「09式の車体より重いんじゃないか」
「そうです。そのままでは搭載不可能です」
会議室が静まった。
橘が永井を見た。
「最初からそれを言え」
「申し訳ありません」永井は続けた。「ただし、社内で改修案を検討していました。コージェネレーション機能を外して発電専用に特化し、二台を一台に統合する。サイズは素の40パーセントまで落とせます。重量は約16トン」
「発電量は」
「約2250kVAになります。元の半分ですが——」
「35mm砲塔とAESAと射撃管制を同時に回して余裕がありますか」
「はい。必要電力の倍以上あります。11式キャニスターを追加しても問題ありません」
桑原が永井を見た。
「それを最初から言えば三ヶ月早かった」
「プラモじゃないんだから、社内調整に時間が——」
「プラモじゃないんだからと言いたいのはこっちだ」
永井が赤くなった。
城島が橘を見た。
「改修版IM400の開発、補正予算で手当てできますか」
「できる」橘は静かに言った。「永井さん、改修にどのくらいかかりますか」
「試作品の完成まで四ヶ月です」
「三ヶ月でやれ」
永井が止まった。
「……やります」
桑原が苦笑した。
「橘さん、全員に無理難題を言いますね」
「できると思っているから言っている」
「次に35mm砲の弾薬生産」橘が続けた。「荒木さん」
荒木が立ち上がった。六十代の白髪の男が、落ち着いた声で言った。
「エリコンとの技術協定が正式に締結されました。日本製鋼所の室蘭工場で弾薬の量産ラインを立ち上げます。年内に試験生産を開始できます」
「量産体制が整うのはいつですか」
「来年度の第一四半期です」
「補正予算のタイミングと合いますね」
「そうです。ただし——」荒木は少し間を置いた。「HEATとエアバーストとRAPの三種類を同時に生産するとなると、ラインが三本必要です。設備投資の規模が大きくなります」
「数字を出してくれ。補正で手当てします」
荒木が頷いた。
「分かりました」
全員が立ち上がりかけた時、橘が口を開いた。
「もう一つ」
全員が止まった。
「量産型が三十両に達した時点で、五両をC-2に積み込んでポーランドのNATO基地に入れる」
城島が眉を上げた。
「五両だけですか」
「最初はそれでいい。実戦環境でのデータが欲しい。そこから先はNATOが判断する」
「片桐に話を付けてもらいますか」
「もう入れてある」橘は静かに言った。「パリの密談の時に、ポーランドとの根回しは片桐に頼んでおいた」
野中が静かに言った。
「C-2がNATO基地に——これは輸送名目ですか」
「豊田通商の輸送案件だ」
野中が黙った。
それ以上は聞かなかった。
一時間後。会議が終わった。
桑原が橘に近づいた。
「橘さん、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「これは——本当に動くんですか。09計画全体が」
橘は桑原を見た。
「動いています。あなたが試作機を六ヶ月で出した時から、もう止まっていない」
桑原は少し間を置いた。
「分かりました」
桑原が部屋を出た。
最後に残ったのは橘と城島だった。
城島が言った。
「補正予算、本当に通るか」
「通す」
「根拠は」
「高道さんが旗印にすると言った。片貝さんが財務省を動かす。倉橋が枠を作る」
城島は頷いた。
「永井、本当に三ヶ月でIM400の改修できるのか」
「できなければ四ヶ月でやる」橘は静かに言った。「でも三ヶ月と言った。やるだろう」
城島が笑った。
「プラモじゃないんだがな」
「そうだ」橘も静かに笑った。「プラモじゃないから、人間がやる」




