第3話「手はあるか」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
永田町の党本部に着くと、エントランスの警備員が無言で頭を下げた。深夜の党本部に橘の顔を知っている警備員がいること自体、この場所に何度来たかを物語っていた。
望月邦彦の執務室は四階の奥だった。ノックをすると、間を置かずに「入れ」と声がした。
先客が二人いた。
赤松誠一郎——対米交渉担当大臣。五十代半ばにして既に老けて見える男が、ソファに沈むように座っていた。目の下に濃い隈があった。ここ数週間、ろくに眠れていないのだろう。
その隣に佐藤貴子が背筋を伸ばして座っている。望月の側近にして、この場で唯一疲れていない顔をしている女だった。
望月は窓の外を向いたまま口を開いた。
「明後日にドランプが戻ってくる」
煙草を持たない右手が、机の上を意味もなく叩いている。橘がこれまで見てきた中で、望月が最も落ち着かない時の癖だった。
「第一次政権の時より露骨にやってくるだろう。在日米軍の経費負担、同盟のコスト——全部テーブルに乗せてくる。その前に手を打てるかどうかの話だ」
赤松が顔を上げた。
「防衛費二パーセントの財源が固まっていません」掠れた声だった。「財務省が首を縦に振らない。議論が堂々巡りで——正直、もう手詰まりです。外務省も財務省も、これ以上は無理だと言っています」
沈黙が落ちた。
「しかし」
佐藤が口を開いた。やや前のめりになっている。
「日本の防衛自主権という観点から申し上げますと、米国の圧力に屈する形での予算積み上げは、長期的な安全保障の自立性を損なう可能性があり——」
「貴子ちゃん」
望月が静かに遮った。
「宗男さんみたいな物言いはここでは無しにしてくれるか」
佐藤が口を閉じた。一瞬だけ唇を引き結んで、また背筋を伸ばした。言いたいことは山ほどある、という顔だった。
橘は答えなかった。
窓の外、永田町の夜景が滲んでいた。冷めたコーヒーの味がまだ口に残っていた。
金額ではない。何を買うかが間違っている。
二十年、それを言い続けてきた。正しい手続きで、正しい予算で、正しい装備を——その結果がこの堂々巡りだ。財務省が首を縦に振らないのではない。説得できる中身がないのだ。
「橘君」
望月が振り返った。
「手はあるか」
橘は少し間を置いた。
「少し時間をください」
「どのくらいだ」
「三日あれば概要を出せます」
望月が橘を見た。長い沈黙の後、静かに頷いた。
「わかった。ただし、時間はない。就任式までだ」
橘は一礼して部屋を出た。
廊下を歩きながら、既にスマートフォンを取り出していた。時刻は午前三時二分。
発信先は三つ。
片桐隆文。牧野俊介。城島哲也。
送ったメッセージは一行だった。
「明朝七時、霞が関B会議室。来られるか」
三人から返信が来るまで、合わせて四十秒もかからなかった。
全員「了解」だった。
理由を聞く者は一人もいなかった。




